Welcome to Bar Calm | ナノ
童話のお話って辛くって哀しくって、でも最後はハッピーエンドで終わるでしょ?
特にシンデレラなんてわかりやすく玉の輿。
本当は狙って靴を落としていったんじゃないかとか、結婚してからも苦労するかも知れないとか、王子がとんでもなくロクな人間じゃなかったのかもとか、今でさえやっかみを買われてて、それだけシンデレラは皆が羨むような幸せを手に入れたんだなって。
シンデレラが不幸になれとかは思わないけど、良いなぁっていうのは素直に思う。

私には魔法使いも現れないし、カボチャが馬車になる奇跡もないし王子様が追いかけてくる事もない。
"普通の人間"にはそんなチャンスすら訪れないのはわかってるから、ただただ羨ましい。
もうこの歳でお姫様だの王子様がどうのとか、言えないし信じてもないけど。

ジェットコースターみたいに浮き沈みが激しい人生と、ただ同じ場所を一定の速度で回り続けるメリーゴーランドみたいな人生なら、どっちが幸せなんだろう、とか、大人になって少し考えるようになった。


Welcome to Bar Calm


「…電波が!入る!」
画面の右上、現れた扇形に感動の余り左手の拳を握る。
「ぐっじょぶです!バーマンさん!」
その紺碧の瞳を少し細めただけですぐに手元へ向けるものだから、私も大人しくスマホへと戻した。
Wi-Fiのモデムを契約したのはつい数時間前の事だという。
バーマンさんの上司に当たる人物に直談判してみたところ、あれやこれやと言った具合に繋いでくれたそうだ。
流石バーマンさんを育てたというお方、話も仕事も早い。
とか言って会った事ないけど、何かすごい出来る人を勝手に想像してる。
とにかくこれでBar Calmの宣伝作戦は大きな一歩を踏み出した訳で、今日は少し進展が期待出来そう。
こんなに早くネットが繋がるならタブレットも持ってくれば良かった。
とりあえず今優先させるのは納期が掛かるもの…名刺と名札かな。

「昨日の続きなんですけど、こういう感じでイメージが来ました」
お昼過ぎに取引先から送られてきたバーマンさん…"冨岡義勇"さんの名前が入った名刺と名札。
折角知ったんだから、名前で呼べば良いんだけど、どうも何て呼んだら良いかわかんないし、"バーマンさん"呼びがもうしっくりきちゃってて今更変えるのもなぁって考えてる間に完全にタイミングを見失ってしまった。
「今の表の看板のイメージに合わせてブラックとゴールドで統一させてみたんですけど、どうです?」
スマホを一瞥するとまた手元へ視線を落とすものだから、何をしてるのかとついつい覗き込みたくなってしまう。
「それより注文しないのか?」
「…あー、後でにします。お酒入ると考えてる事忘れちゃいそうなんで」
「見たところ軽食も持参してないようだが」
その言葉にもう一度「あー」と自分でも良くわかってない声が出た。
「食べてる時間も勿体ないんで会社から此処来るまでの間に詰め込んできました」
500mの間にサンドイッチ一個を胃に収めるのは結構しんどかったけど、出来ない事じゃないらしい。
「…歩きながら食べてきたのか」
「え?ダメですか?」
「いや…随分熱心だなと思っただけだ」
「熱心にもなりますよ!此処が潰れたら困るんで!バーマンさんのカクテル呑めなくなっちゃったら私死んじゃうんで!」
「誇張し過ぎだ」
眉一つ動かさない表情は少しは喜んでくれてるのかも知れない。
わかんないけど、確実に怒ってはない。
「あ、で、そうだ。どうです?このイメージ。金箔押しとかにしたら高級感が出ると思うな〜」
「正直好みじゃない。俺は高級さを売りにしたい訳ではないし、お前も敷居が高いと入り辛いとこの間言っていた」
「えー、そうですか?でもあの看板は…」
「オープンと納期の擦り合わせで場当たり的に用意したものだ。全く異なるものに変えても構わない」
「あー、そうなんですね。えーと、じゃあ…基調になるシンボルカラーから選んでいった方が良いかなぁ」
そういえばCalmってどういう意味なんだろう、と質問しようとした姿が呼び止める間もなく奥へ消えていって、持っていたスマホで検索を掛けた。

"Calm カーム"
静かな、穏やかな
落ち着いた、冷静な、平静な

出てきた単語に、あぁ、とすごく納得してる。
確かに全部バーマンさんっぽい。

音も立てず戻ってきた姿に口を開くも
「バーマンさん、Calmって…」
その言葉が止まってしまったのは目の前に差し出された真っ白い皿のせい。
「食後のデザートを作った。食べると良い」
驚き過ぎて一瞬息を止めていた。
「…なにっこれ!すごっ!え!?何ですか!?これ!」
「リンゴだ」
思わず身を乗り出してそれをまじまじと見つめる。
それはただ切られただけのリンゴじゃない。
二輪の花を模っていて、その花びらには立体的な蝶が添えられている。
「…これ全部リンゴの身と皮で出来てるんですか…?花は…ユリかな…」
繊細過ぎる造形美に自然と感嘆の声が出てしまう。
「良くわかったな」
「誰でも見たらわかりますって。上手過ぎですよ」
「俺が特別上手い訳じゃない。フルーツカットはバーマンなら誰もが持つ技術だ」
「へー…それでもすごいです…この蝶とか…今にも飛んでいきそう…」
「食べないのか?」
「勿体なくて食べれないですよ!」
「…そうか」
戻そうとする右手を反射的に掴んだ。
「わー!ちょっとストップ!食べます!食べたい!けどもうちょっと堪能させて!」
「下処理していないためすぐに酸化して味も色も変わる」
「え?そうなんですか?じゃあ待って!写真撮らせてください!」
スマホを両手に構えて全部の角度から撮影していく。
「何処から見てもすっごいキレイ…」
もう一周分撮っとこうかなと考えた所で視線に気付いて顔を上げれば、穏やかに微笑んでるバーマンさんと目が合った。

…すごい優しい顔…
初めて見た…。

けれどそれも息を止める間もなくいつもの表情に戻ると顔ごと逸らされて、もうちょっと見たかったのに、と口惜しい気持ちになる。
しかしそれも次に出た閃きで意識の外に追いやった。
「そうだ、これもホームページに載せたらどうですか!?」
「断る。思い付きで作った稚拙なものだ。こんなものを載せたら良い恥さらしになる」
思い付きで此処まで出来るバーマンさん、どんだけ器用なの…?
でも、何だろう…、ちょっと機嫌損ねちゃったみたい。
身体ごと逸らされて、早々に後片付けを始める横顔が何となく怖い、気がする…。
まだ良くわかんないな。
バーマンさんがされて嬉しい事とか、言われて嫌な事とか…。
「いただきますっ」
考えてもしょうがないと手を合わせるとフォークを手に取ると花びらに突き刺す。
心が痛むとはこういう事を言うのか…。
これを壊して跡形もなくしてしまうと考えるとめちゃくちゃ心苦しい。
あまつさえそれが自分のお腹に収まるなんて、贅沢どころの騒ぎじゃない。
それでもこのまま葛藤しても仕方がないので意を決して持ち上げてから知った事実に目を見開いた。
「……。え?…これ…全部繋がってるんじゃないんだ…」
てっきりその形を擬えてるだけかと思ったら、一枚一枚の花びらがきちんと独立していて、食べやすいようになってる。
「…え!?すごっ!バーマンさん!これ!すごい!!」
思わず交互に見比べてしまった私に視線は向けてこないものの、その口元が弛んだ、気がした。
さっきと同じ優しい表情、はすぐに元に戻ると
「早く食べた方が良い」
冷静な一言に大人しく口に運ぶ。
「…ん、おいしっ」
みずみずしくて甘さがさっぱりしてる。
出来る限り原型を崩さないように食べ進めていった所で、急に思い付いた事で不安が過ぎった。
「…バーマンさん…、コレ、おいくらですか?」
恐る恐る訊ねる私に、紺碧の瞳が向けられる。
「俺が勝手に出した物だ。代金は取らない」
「…え!?それはちょっと良くないと思います!お金払います!原価とか技術料とか!その他諸々あるじゃないですか!」
「突然態度が変わるな…。先程の怯え様は何だったんだ?」
「それは…めっちゃ高いのかなっていう恐怖が…。こういう所でフルーツ盛りとか頼んだら何万もしたとかこの間会社の人が言ってたんで…」
「…何処のぼったくりBarに騙されたんだそいつは…」
「あー、やっぱぼったくりなんですね…。これは?いくらなんですか?」
半分程食べ終えたお皿へ視線を落とせば、一瞬間が出来て、もう一度バーマンさんへ顔を向ける。
「それはメニューじゃないため値段も決めていない。そもそもこの店でフルーツ類の提供はしないと決めている」
「…え?だって、これ。…え?何で?出さないんですか?こんなにすごいのに…」
「それは腕を鈍らせないために試作しただけだ。提供しないと決めたのは時間が掛かるフルーツカットは物理的に一人で注文を捌くのが難しい。それに俺はカクテルを作る事に重きを置いている」
その言葉にどうしてさっき機嫌を損ねてしまったのか、唐突にわかった。
私…ちょっと、間違ってたかも。
そりゃぁ、バーマンさんの作るカクテルを色んな人に呑んで欲しいなって思ってたのは、思ってたけど、でも、心の何処かで考えてた。
こうやってバーマンさんの力になる事で存在意義を見出せるんじゃないかって。
何か、その考え方、すっごいズルイ。
バーマンさんを利用してるみたいじゃん。
やだやだ、ほんっと最低。
勿体なくて手を付けてなかった赤色の蝶々を摘まむとひと思いに一口で食べた。
気合いを入れ直そう。もう一回仕切り直し。

「美味しかったです!ごちそう様でした!」

勢い良く手を合わせてしまった事で鳴らすつもりのなかった拍手が出て、あぁまたうるさくしちゃった…と思うと同じく、それを下げていく右手は特に何も気にしてないようで少しホッとした。
「あ、それでお金は払います!帰りにちゃんと請求してください」
「良い。値段を付けられるようなものじゃない」
「バーマンさん、そうやって金銭面の事なぁなぁにしてるとほんとお店傾いちゃいますよ?」
思わず怪訝な顔をした私に、その紺碧が少し驚いてる。
「身内だからってうやむやにしてたら気が付いたら借金まみれで自己破産寸前とかほんっとにたくさんあるんですから。明日は我が身だと思った方が良いです」
「ならばお前にもきちんと依頼料を払わねばならない」
「…あー、私のは良いんです。正式なものじゃないですし、ちゃんと資格がある訳じゃないんで逆に戴けないです。そんな事したら会社クビになっちゃうんで」
「…そうなのか?」
「そうなんです。コンプライアンスに厳しいんでうちの会社。だからあくまで個人的な相談事、という形に留めといてもらえるとすごい有難いです」
「…わかった」
納得してくれたようで皿を洗い始めた、と思う手つきに、そうだ何処まで考えてたんだっけ?と頭を働かせた。
「…そうだ、このお店の名前の由来って何ですか?」
突然の発問に、一度手が止まる。
見えないからわからないけど何となくそんな気がした。
「Calmの意味調べたら穏やかとか落ち着いたとか出てきたんでそういう空間をって事だったり?」
「…意味合いは遠くないが少し違う」
流れる水の音が止まった事で、黙って続きそうな言葉を待つ。
「Calmの意味は凪だ」
「…なぎ?」
「聞いた事ないか?」
「あ、それって…凪?海の?」
「そうだ」
凪…。何だろう、すごい今しっくり来てる。
「バーマンさん、このお店のシンボルカラー、ブルーはどうですか?」
紺碧の瞳が向けられたせいか、うん、これは良いのではないかと勝手に考えた。
「一言でブルーって言っても色んな種類があって…」
スマホからカラーチャートを出すとわかりやすくブルー系統だけを見せる。
「どうです?この中で良いなって思う色あります?」
「……細かい違いがわからない」
「何となくで良いんです。こういうのは直感が大事っ!」
「…左下」
「ディープブルーですね」
何回か頷きながら電子ノートへペンを滑らせていく。
うーん、白地に濃い青じゃ想像しただけでも少し安っぽいというか違うなぁ。
濃紺に文字を白く…それも単色だと弱い気がする。
それに、そうだ。きちんとした名刺じゃなくったって良いんだ。
バーマンならもっとお洒落な感じな方が…ダメだ電子ノートじゃ細かい色味が出せないしこれじゃ私の中のイメージが伝わらない。
それでも出来る限り近付けたイラストを見せようと顔を上げた所で、また急にシェイカーを振り出したバーマンさんの動作に驚きと同時に見惚れてしまう。
ほんと、いつ見てもキレが良くてしなやかでそれでいて力強いんだよなぁ。
ボーッとしてしまっていた目の前に差し出されたタンブラーには氷と共に赤みがかった液体に満たされていて、縁にはカットレモンが添えられている。
「根を詰めすぎるのは良くない」
もしかして、ちょっと心配してくれたりしてる…?
「…えーと、これは?」
齧った知識ではすぐには見分けがつかないカクテル名を訊ねれば、動いた口唇が楽しそうなのが今度ばかりは絶対に気のせいじゃない、そう思った。

CaliforniaLemonade
休息