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今日も今日とて、左から2番目の定位置で本日の一杯を考える。 私が唸るのも熟考し続けるのも、カウンターを挟んで目の前の人物はもう慣れたのか、特に何も言わないまま、ただただグラスを拭き続けていて、チラリとそちらへ目をやった。 今日もカッコイイなぁって思う。 最近この人とカクテルの事を考えない日はないと言える程、ハマってる自分が居る。 それでも毎日は残業とか親が夕飯作ってるとか完璧な暇人と思われたくないとかそんな理由で来られないし来ないようにはした。 せめて週2回、お酒もそんなに呑める訳じゃないから一杯だけと決めて、別に誰も気にも留めないのはわかってるけど、訪れる曜日も変えたりしてる。 今まで残業以外、真っ直ぐ帰って来てた私が夕飯を要らないという日が出来た事で、さっき母親に 「あんた彼氏でも出来たの?」 突然聞かれたのを思い出す。 「お気に入りの店に通ってるだけだよ!」 そう答えて電話を切ったけど、彼氏かぁ、なんて無意識に考えてしまった。 Welcome to Bar Calm 「あ、そうだ」 つい口を突いた言葉と上げた顔で、目がかち合ったのでそのまま続ける。 「軽食買ってきたんです」 隣の席に置かせて貰ってた四角い箱を持つとカウンターに置いた。 「サンドイッチなんですけど、バーマンさんもどうかなぁって」 「最近巷で話題の店か」 短く答えた瞳がお店のロゴを眺めていて、これは話が早いと答える。 「そうなんですよ。通り掛かったら丁度空いてて、カクテルサンドイッチって言うんですよねコレ」 何でカクテルって言うんだろうと気になって調べてみたら、お酒のカクテルと関係がある訳じゃなくて"色んな種類が混ざっている"という意味合いだと知った。 「どれが美味しいかわかんないからオススメ詰めて貰ったんですけど、他のスタッフさんとかにもどうぞ」 いつも1時間くらいで帰ってしまうから何人居るかわかんないけど、とりあえず大きめだしって事で6個買ってきてみた。 もっと多かったら半分に切れば何とかなるんじゃないかっていう安易な考えも 「他にスタッフは居ない。従業員は俺だけだ」 その言葉に思わず目を見開いてしまった。 「え!?そうなんですか?じゃあバーマンさんが此処のマスターってこと?」 「そうだ。マスターと言っても雇われだが」 てっきり開店作業を任された新人よりかちょっと上の人、みたいな立場なのかと思ってた。 だって見た目すごい若いから。 でも落ち着いてるから私の2、3個上とかそんなものなのかな。 「バーマンさんっていくつなんですか?」 「21だ」 「うっそ私の1個下…」 「…俺より歳上だったのか…」 すっごいわかりやすく驚かれてるけど、まぁそうだよね、その反応になるよね。 主任みたく大人の女性になれる日はきっと私には一生来ないんだろうなって最近自覚してる。 無意識に項垂れてしまったけど 「悪い意味で言ったんじゃない」 静かに出された声に、ゆっくり顔を上げた。 「Barもカクテルも初めてだと言っていたので最近合法的に酒が呑めるようになったのかと邪推に近い想像をしていただけだ」 …あ、何かちょっと、慌ててる…? もしかして私が落ち込んでるから? 弛んでしまう頬を感じて単純だなぁと思いながら笑顔を見せる。 「大丈夫です良く言われるんで。友達とかと居酒屋とか言っても必ず年齢確認されますもん。しかも私だけ」 「未成年へのアルコール提供は罰則が厳しい。店側が慎重になるのは当然だ」 「あー、まぁそっかぁ。それはそうですよね」 バーマンさんは提供する側だもんな。 もし主任と一緒じゃなくて、此処に一人で来てたら身分証の提示を求められてたのかも。 そう思うと何か複雑な気もする。 「あ、じゃあコレ他のお客さんと食べてください」 「良いのか?」 「勿論です。そのつもりで買ってきたんで」 「お前の分は…」 一度止めた言葉の意味を悟って、鞄の中を漁った。 「私のはちゃんと別にあるんですよ〜!じゃ〜ん!」 小さな紙袋を見せるとその紺碧色の瞳が少し丸くなった気がする。 「どうせ呑むならこれに合うカクテルないかなぁって考えてたんです」 また電子ノートに視線を落とした。 「ウィスキー系のカクテルってまだ呑んだ事ないなぁって思ったんですけど、初心者にはまだ早いですか?」 「量を調節すればそこまでじゃない。それに種類によっては日本酒やワインより遥かに呑みやすいウィスキーも存在する。それの具材は何だ?」 「…え?照り焼きチキンです。特製ソースが美味しいって…」 返ってこない返事にその顔を見つめると顎に手を当てて何やら考えていて、あ、その顔も好きかも、と思う。 「それならミント・ジュレップはどうだ?」 また聞いた事のないカクテル名に期待が膨らんでいく。 「ミントジュレップ?」 「ベースはウィスキーだが炭酸水とミントで割るため、さっぱりしていて味が濃い料理と共に良く呑まれている。砂糖を調節することで甘口に仕上げる事も出来るから比較的呑み易いカクテルだ」 「へー!じゃあそのミント・ジュレップお願いします」 返事の代わりに棚の瓶を取るために向けた背中をここぞとばかりに見つめてしまう。 すごいスタイル良いよなぁって。 男の人らしく筋肉も付いてるんだけど何て言うんだろう、繊細さがあるっていうか…。 色気?あぁ、そうだ色気だ。 特にあの腰が…うん、やめよう。 私変態みたいになってる。 考えるのをやめて、今知ったばかりのカクテル名を電子ノートに滑らせていく。 ついでに今日買ってきたサンドイッチの事も書いておこうとペンの色を変えるため画面をタップした所で、ガリガリッ!と何かを砕く音が聞こえて、ついカウンターの中を覗き込んでしまう。 「……かき氷作ってるんですか?」 湧いた疑問をそのまま口にしたけど、そんな筈ないのもわかってる。 けれど銀色のハンドルをグルグル回す動作はそうとしか見えなかった。 「クラッシュドアイスを作っている」 「クラッシュドアイス…?」 「カクテルに入れる細かい氷だ。いつもなら開店前に作るんだが、今日は忘れていた」 「へー。面白そう…」 「毎日だとそうでもない」 それでも涼しい顔でハンドルを回し続ける手が一度止まって視線を向けられた。 「やってみるか?」 「え?良いんですか?」 「少し待ってろ」 砕き終わった氷が溜まっているプラスチックの容器を取り出すとジッパー付きの袋へ入れる。 また手早く上部の蓋を開けて氷の塊を軽くアイスピックで砕きながら落としていくのに、慣れてるんだろうけど、冷たそうだしアイスピックで手刺しそうだな、とぼんやり考えていれば、蓋をするとそれをカウンターの上に置いた。 「…コレ、回せば良いんですよね?」 「あぁ」 グッと押し出したハンドルに、眉を寄せてしまう。 意外とこれは、力が要るんじゃないか、というのを瞬時に知ったから。 座ったままじゃ力が込められないと立ち上がってからそのハンドルを力を込めて回す。 「……んん〜ッ!」 一周するまでの道程が果てしなく長い。 少し砕いたといってもまだ大きさがある塊が時折刃につっかえるみたいで、ハンドルが何回も止まってしまう。 その都度勢いを付けて押し込むしかない。 バーマンさん、良くこんなの眉一つ動かさないまま回してたな…。 何とか回し続けて中にあった塊が全部下に落ちた事で急に軽くなったハンドルに重い溜め息を吐いて椅子に座る。 「…かなりの重労働なんですね」 「まだ3分の2残ってるが」 「えっ!?もう無理です!勘弁!腕もげる!」 「冗談だ」 全力で拒否する私にその機械を回収していく表情が心なしか楽しそうな、そんな風に思うのも気のせいかな…。 砕いた氷を袋へ入れるとしゃがんだ事でその姿が見えなくなって、何してるんだろうと思いながら、書き掛けだった端末を持つ。 "クラッシュドアイスを作らせてもらった。けどハンドルを回すのは大変…!"と一言書き加えた。 あの機械の名前は何ていうんだろう?あとで調べてみよう、とさっき初めて見たばかりのフォルムを簡易的にイラストにしていく。 ふと、ツン、と鼻を掠める匂いに「あ」と声と顔を上げた。 「…ミントの香り…」 人工的に作られた物じゃないその爽やかさに鼻を動かす。 すぐに氷を混ぜる音が聞こえたかと思えば、いつもと同じようにコースターと共に出された15cm位のタンブラー。 中には砕いたばかりのクラッシュドアイスが薄い飴色に染まっている。 添えられたミントの葉の匂いがまた鼻を抜けていった。 見た目だけでも清涼感が伝わってくる。 「…そういえば今日はシェイカー振ってないですけど」 ふと思いついた疑問に僅かに眉が上がったのに気付いた。 「炭酸をシェイカーで振ったらどうなる?」 「…あ…」 「シェイクだけがバーマンの技術じゃない。そこで使われるのがビルドという技法だ」 首を傾げた私に右手に持ったマドラーみたいに長いスプーンを見せた。 「難しい話じゃない。要はこれで混ぜるだけだ」 「へー」 それをビルドって言うんだ。 知ったつもりで居たけど、まだ全然知らない事ばかりなんだなぁと改めてメモしようとした手を遮ったのはバーマンさんから差し出された右掌だった。 「温めよう」 「え?」 一瞬何を言ってるのかわからなかったけど視線が紙袋へ向いていて慌てて口を開く。 「あ…大丈夫です。常温で食べれるって言ってたし。ニオイさせるのはちょっと流石に…」 苦笑いをする私に、今度はバーマンさんが腑に落ちないって顔してる。 「食べ物のニオイって結構長い間籠るから…ここ窓ないし余計かなって。すっごいオシャレさを期待してBarに来たのに照り焼きチキンのニオイが充満してたら嫌じゃないです?私だったらそのまま扉閉めて照り焼きチキン食べに行きますね」 「………」 あ、今笑った。絶対笑った。 すぐ顔を逸らしたから一瞬だったけど間違いなく笑った。 「……クラッシュドアイスは溶けやすい。味が変わる前に呑んだ方が良い」 「あーはい…!」 そうだった。 まだ顔を逸らしてるバーマンさんから視線をグラスに移して両手でそれを持つ。 爽やかな香りを一吸いしてから口に含めば想像していたより軽い呑み口に笑みが零れた。 「…おいしっ」 もう一口呑んでからコースターへ戻してサンドイッチが入った紙袋を開けようとして、両手で差し出された真っ白いおしぼりに目が点になってしまう。 「……」 見つめたまま固まってしまった私に答えるように 「今日業者から納品されるようになった」 簡潔な台詞に、小さく頷いて受け取る。 「…あったかい、し良いニオイ…」 思わず鼻に近付けて堪能する私に、バーマンさんの表情が柔らかくなった、気がした。 「ベルガモットの香りだ。柑橘系はお前が喜ぶと思った」 心臓が止まってしまいそうになる。 その顔、すごい卑怯だと思う。 期待してしまいそうになっちゃうよ。 もしかして貴男も、私と同じ気持ちを少しは持ってくれてるんじゃないかって。 「おしぼりが今日からって事は…ここオープンしたの最近とか?」 「お前と上司が来たのが初日だった」 「うっそ!何で言ってくれなかったんですか!?」 「……?言って何かあるのか?」 あります!と言い掛けてやめたのは、あ、これって完全にこちらの私情だなって気付いてしまったから。 「だから集客力に重きを置いてないのかな…」 小さく呟いてグラスを傾けたのをずっと不思議な顔で見られてる。 この際だから気になってた事を口にしてしまおう。 「…儲かってます?このお店」 ストレートに訊いてしまった私に険しくなっていく眉間に、だろうなぁって思った。 「正直、すんごい勿体ない事してると思います」 「何処がだ」 「まずセルフブランディングがめちゃくちゃ下手」 「…セルフ…?」 「何で表に看板出さないのかなって。何処に続くかわかんない階段なんて誰も下りてこないし、下りて来ても開いてるどうかわからない扉を開ける程、勇気出ないですよ」 「俺は盛況させたい訳じゃない。夜が更けた頃はそれなりに入る」 「それで黒字になってますか?」 黙り込んだ姿に身を乗り出した。 「少し工夫するだけでバーマンさんの作る綺麗で美味しくて素敵なカクテル、皆に楽しんでもらえるのに勿体なくないですか!?」 目を合わせたその表情が明らかに怯んでいて、自分でも勢いが良すぎたと思う。 それでも引くに引けなくなって見つめ続ける私に、その口唇から溜め息が零れ出たのを聞いた。 「具体的に何をすれば良い?」 真っ直ぐ見据えてくる瞳に、こんな時でも脈打つ心臓が聞こえてしまわないよう願いながら答える。 「まず人目につくのが大事かなって。階段の前に広告みたいに看板を置くのと、入口の前にオープン時間と定休日とか掲げた方が良いと思います。あと今オープンなのかクローズなのか分かりやすい札とかあった方が良いかなぁ…んー、あとは…」 ミント・ジュレップを呑んで少しスッキリした頭で考えた。 「あ。公式ホームページとか作ったりすると全然違ったり!」 「俺には無理だ」 「それなら私がやります!」 「…出来るのか?」 その顔が単純に驚いてる。 「私の会社、一部コンサルも請け負ってるんで私も少し知識は持ってるんですよ。大丈夫ですイケます!」 所詮2年目だから齧った程度だけど、それ言うとめっちゃ不安を抱かれそうだから黙っとこう。 グッと親指を立てた私に、バーマンさんの表情が柔らかくなった、気がする。 ほとんど変わらないから凝視しても気がする、としか言えないんだよね。 「ならば頼む」 「了解です!善は急げですね!」 電子ノートを持ち上げようとした右手を押さえられて心臓が止まりそうになったものの 「カクテルを呑んでからで良い」 そうして細めた目に 「は、はい…っ!」 素っ頓狂な声を上げてしまった。 Mint・Julep 明日の希望 ← |