Welcome to Bar Calm | ナノ
大事なものだけを拾って、大事なものだけを抱えていけたら、その他大勢のものはどうでも良いって、そんな風に生きていけたら、何も悩んだりしないのかなって、時々思う。
どんなに大切に思っても、上手く行く事って実はそんなになくて、想ったら想った分だけ、返して貰える訳じゃない。

"これで終わり"

エックス・ワイ・ジーを出された時、いつだか見たカクテル言葉を思い出した。
これも調べた時、面白いカクテルだなって思ったから覚えてる。
アルファベット文字の最後の3文字、X・Y・Zから取った名前。
だから"これで終わり"

バーマンさんの、気持ちの現れなんだろうなって思った。
というか、お客さんに戻りたいって言った私に対する回答、かな。

勢いに任せて告白してきたくせに、今度は何なんだ、とか思われてるだろうな。
自分でも、そう思うし。
それでも冷静にカクテル言葉で返してくれるバーマンさんが好き。

好きだから、これ以上は困らせたくないんだ。
母親に言われて、ちゃんと本気で考えて、Calmに訪れて、漸くわかった。

私は、バーマンさんの彼女になりたくない。

だってなっちゃったら、元々自信なんかないのに、嫉妬とかそういうのでぐちゃぐちゃになる。
その度に、泣いて塞ぎ込むんだろうなって実際なってみて思い知った。
1人で落ち込んでる分にはまだ良いけど、いつかきっと、絶対それをぶつけてしまって、バーマンさんは困ってしまう。

私が好きになったのは、バーマンとして楽しそうにしている冨岡義勇さん。
Bar Calmという何より大事な場所を、私の存在で歪めたくないんだ。

そう思ってから、もう少しちゃんと、精神的に大人だったら良かったなとかそういうのも思うんだけど、いきなりはやっぱり変われないから、距離を置くしか道を選べなかった。

大事だから、傷付けたくない。
バーマンさんはあったかい、私の止まり木だから。
常連客として、看板を描きに来る同志として、カウンター越しにその存在に触れていたい。

恋愛ごっこみたいだったって思えば、すごく楽しかったな。
楽しい思い出すぎて、これからそれを超えてくるものなんて、人なんて、何もないんじゃないかな。

そんな事をぼんやりと考えて、いつもの通りに鞄から社員証を取り出そうとしてから気付く。

「…あれ?」

つい疑問を口に出してしまった。
いつもの内ポケットに入れてる筈なのに、わざわざ見なくても取り出せる紐がない。
鞄中を漁ってみたけど、何処にもない。
え?まさかどっかやった?何処!?
社員証がなきゃ退社出来ないから、家に置きっぱなしにしてきた?それか、落とした?
その可能性を考えた瞬間、血の気が引いてく。
どうしよう、全然何処で失くしたかも心当たりがない。
電車の中?バス?それとも歩いてる時?
顔写真入ってるから悪用される事はないだろうけど、ただ再発行に時間が掛かるし手続きがめんどくさい。確か始末書とかも書かされた気がする。
もし近くで落としてたら、届けて貰える可能性もゼロじゃないけどあんまり期待出来ないかも。
ひとまず主任に報告してって考えると、また迷惑かけちゃうなぁって大きな溜め息が出た。


Welcome to Bar Calm


「苗字ちゃん、何かあったでしょ〜?」

顔を合わせるなりすっごい険しい顔で見つめてこられて、目を逸らすしか出来ない。
主任のこういう勘、ほんとに侮れないなって。
「休んだ挙句、社員証失くしちゃってすいません…」
「それはどうでも良いのよ。バーマンくんと喧嘩でもした?」
「あー、いや、喧嘩っていうか…何でですか?」
どう説明したら良いか迷った挙句、訊き返すしか出来ない。
こういう時にちゃんと上手く言葉に出来たら、そもそもこんな選択肢も選ばないんだろうな。
「苗字ちゃんが休んだ日からCalmも閉まってるのよ。何かあったって考えた方が自然でしょ?」
「え!?Calm閉まってるんですか!?」
「そうよ?昨日もクローズの札出てたわね」
「何で!?」
「ほらぁ、その驚きよう。知らないって事はやっぱ何かあったんだ?」
訝しむ主任の視線も今ばかりは気に留めていられない。
私が休んだ日からって事は金曜から。
土曜は貸し切りって事にしてるって言ってたから、実質3日間営業してないって事になる。
しかも週末の一番集客が多く望める時に。
何で?どうして?
折角あれだけお客さんが来るようになったのに、このタイミングで休業し続けてたら固定客がつく前に皆離れていっちゃって、また閑古鳥が鳴くお店になっちゃう。
もしかしてバーマンさん、忙しすぎて嫌になっちゃったとか…?有り得るかも。
繁盛しすぎるのはバーマンさんの理想とは違うから
「まぁそんな苗字ちゃんにはちょっと酷なんだけど」
「あ、はい」
そうだ。今はそれじゃないんだ。考える事。
「今日、決戦なのは変えられないのよ。大丈夫?」
「大丈夫です!」
「そ。良かったわ。じゃ、また後で」
ポン、と肩を叩かれて、今はその事を考えようって気合を入れ直したのは一瞬。
「それまでに始末書頑張って書いといてね」
からかい口調で言われて、一気に肩が重くなるのを感じた。

デスクに向かいながら"紛失事由"の項目に頭を悩ます。
それがわかってたら、失くした場所もわかる気がするんだけどな。
いつまで持ってたかなって記憶を辿って、会社を出てCalmに行くまで。
考え事しながら歩いてたから多分無意識に鞄に入れたんだろうけど、それ以外の事は覚えてない。
家に帰ってから、鞄の中を漁ったのかも記憶にない。あ、でも電子ノート投げたから、漁ってはいたんだろうな。
また思い出してしまった光景に心がズキッてした。
もしかしてCalmに落ちてないかなって思ったけど、もしそうならこの間、会った時教えてくれる筈だし。
止まったままのボールペンを無駄に横に振りながら、またバーマンさんの事考えてるって笑ってしまった。

「苗字ちゃん苗字ちゃん」

扉の外から小声で手招きする主任に、あれ?もしかしてもうその決戦の時間?って思ったけど、まだ同期が外回りから帰ってくるらしい15時にはなってない。
「はーい」
何だろうって思いながら、ついでにこの紛失事由をどう書いたら良いか訊こうと、紙とボールペンを手に主任の元へ向かう。
「予定変更。同期くんが帰ってきたからこのまま決戦に繰り出すわよ」
「え!?」
ちょっと待って。まだこれ書けてないし、心の準備が…って言っても私その場に居れば良いんだけど。一応証人って形だって、主任もそう言ってたし。
「あー、じゃあこれだけささっと書いてきます!」
「始末書?良いわそれ。破棄しちゃって」
「え?でも…」
ポケットの中から何かを取り出したかと思えば、首に掛けられた物に動きが止まってしまった。
「もう失くしちゃダメよ?」
「あ、え!?何で!?」
「落ちてたらしいわ」
「…何処「あとで話しましょう。ほら、行くわよ」」
社員証を確かめる前に引かれた手に、あ、そうだ今はそっちを考えなきゃって廊下を進みながら気持ちを切り替える。
連れて行かれた先は、この間と同じ会議室。
「…お疲れ様です」
先に座ってる人事の元カレさんに挨拶をして、今度はその横へ座るよう促された。
そっか。今度は営業の係長と同期から話を聞くから私はこっちなんだって納得してから、顔を上げる。
「あ、じゃあ私飲み物用意してきます」
こういうのって多分一番下っ端がやらなきゃいけないんだろうなって、この間の主任を見て気が付いた。
同期にまで入れるって考えるとちょっとムカつくけど、でもそこで感情的になるのはそれこそ子供だから、そこは冷静に平等にって言い聞かせる。
給湯室に向かおうとした所で
「飲み物は良いわ大丈夫」
主任に立ち塞がれて、疑問が湧く前に椅子へと誘導されてしまった。
給湯室に視線を向けようとしたけど、その前に元カレさんと目が合う。
「こういう尋問の場では、相手に飲み物の類を出さないのが定石なんだよ」
「…へー、そうなんですか?」
「そ。苗字ちゃんも緊張すると喉が渇くでしょ?」
「はい」
「それがまた追い詰められてるっていう焦りに繋がるのよ。そうすると平常心が殺がれてボロが出るって訳。浮気を白状させたい時なんかも、水分を取らせない作戦は結構効くわね」
にっこりと微笑う主任は、きっと実践経験があるんだろうなぁって考えるとちょっと怖い。

コンコン。

短く響いたノックの音で、その場に緊張が走る。
「…来たわね」
姿勢を正す主任と元カレさんに挟まれて、ちょっと居た堪れなさを感じながら、でも堂々としてなきゃって同じように背筋を伸ばした。

挨拶もそこそこに、テーブルを挟んで向かい合わせに腰を掛ける係長と同期。
何処に視線を向けたら良いかわからず、無意識に顔を下げてしまっていたのを
「で、苗字さん、気持ちは固まったかな?」
名前を呼ばれて視線を上に向けた事で気が付いた。

「その前に、お訊ねしたい案件があります」

穏やかな口調で切り出した主任の横顔は、ほんとに探偵みたいでカッコイイなって思う。
淡々と話が進んでいく中で、時々元カレさんが主任に資料を渡してて、あれ?何で私間に挟まれてるんだろう?邪魔じゃない?って考えた。
でも距離があっても凄く息がピッタリで、そういえばこの2人ってどうして別れたんだろう?なんて思考がそっちにいってしまっていたから
「そうよね?苗字ちゃん」
主任の呼び掛けに必要以上にドキッとしてしまう。
「あ、はいっ」
ヤバイ。全然聞いてなかった。
「それを踏まえると、苗字ちゃんが処理しようとした請求書控えは改竄された後、そう考えれば自然なんです」
核心に触れていく主任の勢いに、目の前の2人が凄く、今まで見た事のないような顔してる。
焦ってるような困ってるような、どうやって誤魔化そうか、そう考えてるんだろうなっていうのが伝わってきた。
「でもそれは営業の俺達だけじゃ出来ないですよね?」
同期の言葉に主任の目が輝いて、元カレさんからは小さく溜め息が出たのを耳に入れる。
「そうなのよ。だから此処が今回のスゴイところっ」
主任のスイッチが入った。そう思った。
あ、だから今溜め息吐いたのかな。
「貴男、経理の子、ほぼ全てに手を出してるわね?しかもそれだけじゃなく営業先の子にも。だから営業成績も常に上位をキープ出来てる。なかなかやるじゃないの〜色男〜」
「…うっそ」
つい呟いてしまったけど、続く気持ち悪って言葉は心の中だけにした。
此処で私が同期を逆上させたら、主任達の迷惑になるってわかってるから。
「それ何かの勘違いですよ。全部が全部俺から言い寄った訳じゃないし、それで不正してるとか言われてもちょっと納得出来ないですよね。恋愛に関しても口出しするんですか?この会社」
さっきまで焦ってた顔してたくせに、今この台詞だけは凄いスラスラ言えてて、もし何かあったらそうやって言い訳しようって考えてたんだなっていうのがわかった。
私でも気付いた事を、主任が察しない筈もない。
にっこりと微笑む姿は、ちょっと怖いなって思う。
「個人間の事に関しては何も言わないわ。だけど貴男、ちょっと女を舐めすぎたみたい」
タイミングを図ったように、床に置いてあった紙袋を持って立ち上がる元カレさん。
そういえばお名前を存じ上げないなって思った瞬間、容赦なくテーブルへぶちまけられる紙の束に息を止めた。

「これが何だかわかるかしら?」

それを凝視する係長と同期に、私まで同じ動作をしてしまう。
何だろう?LINEのやりとりとか、写真、とか?
「…何ですかコレ」
「貴男が今まで、利用するだけ利用して棄ててきた女の子達から貰った証拠」
「え!?こんなに!?」
思わず声を上げていた。
だって凄い大量すぎて、ビックリする所の話じゃない。
「この中には貴男が係長から指示された、事細かな金額を伝えるLINEも残ってるわ」
「はは!嘘だ!そんなLINEした事ないですよ!しかもこれ同じじゃないっすか!」
笑い出したかと思えば指を差した先、確かに全部同じ画像をコピーしたものだって気付いた瞬間、眉を寄せた。
「ちゃんと読むと、ただの恋人同士のものだなぁ…」
係長も安心しきった顔でそれを1枚手にしてる。
え?じゃあこれ全部ハッタリって事?
主任、もしかして証拠集まらなかったんじゃ…?
黙り込むと目を伏せる横顔に、そのもしかしてというのが現実だと知る。
「え?これだけで俺達の事呼んだんですか?」
明らかに場の空気があっち寄りになっていくのを嫌でも感じた。
嘘。2人共動かなくなっちゃった。
どうにかしなきゃ。でもどうやって?だって私、全部主任達に任せてたから何も知らないし。
「話にならないな」
「そうですね」
心の底から安心したような笑顔は、良かったバレなくてって顔してる。してるのに。
「益々優秀な人物をこんな上司の元で働かせる訳にいかなくなったなぁ」
「ですね。苗字、やっぱ営業来いよ」
嫌だ嫌だ嫌だ。私のためにって動いてくれた主任が馬鹿にされたまま…、私もその利用される女の子達の1人になっちゃう。
そんなのやだ。絶対嫌だ。
でも反論なんて…
そうだ、まだある。というか多分これしかない。逆転するなら、これしか。

「だったらカクテルに薬を入れたのは…?」

頑張って、私。
多分これはもう、最後のチャンス。
今此処でどうにかしないと、私のせいで主任達がその立場を追われてしまうのは間違いない。
私がやらなきゃ。私が、頑張らなきゃ。

「カルーア・ミルクに薬、入れたよね?」

真っ直ぐ見つめた。怖くない。大丈夫。

「は?何の話だよ?」
途端に圧を掛けてこようとするその口調も目つきも嫌い。ほんっとに嫌い。
「あの時他のお客さんが見てたんだよ。私のグラスに薬入れたの。だからバーマンさんが零してくれたの。自分が作った大事なカクテルを」
美味しかったな、カルーア・ミルク。
こいつのお陰で、もう二度と呑みたくないカクテルになってしまったけど。
私があの時、Calmにこんな奴を連れていかなければ、今みたいな事にはなってないんだろうな。
そもそも私がCalmのコンサルなんて、そんな生意気な事しないでただのお客さんで満足してれば良かったんだ。
どうして、こう、何もかも上手くいかないのかな。誰かに迷惑掛けようとか、貶めようとか、そんな事考えてる訳じゃないのに。

傷付けたくないし、傷付きたくないだけなのに。

「そんな話知らねーよ。バーテンがお前の気を引くために嘘吐いたんじゃねーの?俺のせいにすんなよ」

人間って、多分怒りが頂点に達すると、真っ白になるんだなって知った。
あと多分、何かが切れる音。ブチッて。ほんとに聞こえるんだって。

「はぁ…?バーマンさんがそんな事する訳ないし…何…、ほんと…何言ってんの!?マジでふざけんな!!アンタ達が不正してようがどうでも良いよ!ほんっっとにどうでも良いっ!何ならアンタが生きてても死んでてもどうでも良い!!今は心底死んで欲しいけど!!めちゃくちゃほんっとに苦しんで死んで欲しいっ!!ってか死ねっ!!」
「…苗字ちゃん?ちょっと落ち着いて…?」
主任が苦笑いになってるけど、一度溢れてしまったものはどうにも止まらなくなってる。
「証拠なんかなくたってアンタ最低だよ!腐ってる!!平気な顔で嘘ばっか吐いてさ!利用して踏み台にしてさ!!そんな奴に一生懸命頑張ってるバーマンさんの事悪く言う資格なんてない!!謝ってよバーマンさんに!!アンタみたいに卑怯な事しないもんっ!!バーマンさんはっ…!絶対っ!そんな事しないもんっ…」

泣きたくないのに、涙が出てくる。

そうだよ。バーマンさんが私の事2番目とか、そんなの言う訳ないし、出来る訳ない。
わかってたのに。わかってたくせに、何でお客さんに戻りたいとか、そんな馬鹿な事言っちゃったんだろう。

戻りたい。戻ってやり直したい。
無理だってわかってるけど。

拭っても止めどなく落ちてく涙が止められない。
こんな奴に泣いてる所なんて見せたくないのに。

「はいはい、すんませーん。これで良いだろ?」
「ふざっ「はーい、わかったわ」」
溜め息混じりに両掌を見せる主任が間に入ってくれて、同期に対する言葉は止まった。
「でも主任!」
「苗字ちゃんをここまで怒らせて、泣かせても何にも思わないのね。本当、腐ってる」
そう言ってにこやかに微笑うと頬杖をついた所で、また紙袋を取り出した元カレさんが、今度はドンッ!と音を立ててテーブルの真ん中に置く。

「これが、本当の証拠」

途端に焦ったように中身を確認していく2人の表情が驚きに変わってから、青ざめた。
いつの間にか空気は激変してて、完全に主任が主導になってる。

「苗字ちゃんは確かに優秀よ。人の気持ちを想像出来る、理解出来る、だからとっても傷付きやすくて優しい子なの。純粋なその訴えで、少しは腐ったその心も動くんじゃないかと思って最後のチャンスをあげたのに…。どうしようもない位に腐り切ってたみたいね」

はぁって重たい溜め息を吐いた両隣に、あ、息ピッタリだなって思った。
そっか。一度形勢が逆転したように見えたのは、主任達の作戦だったんだ。

「とっても残念」

言いながらもにっこりと微笑うその顔が怖い。
多分そう感じてるのは、私より目の前の2人だろうけど。

「大事な部下を泣かせた罪は重いわよ?お2人さん?ケジメはつけて貰いますから。それはもうキッチリと、ね」

更に青くなっていく表情からもう一度聞こえた溜め息に顔を向けると
「…やっぱこうなるんだよなぁ」
って元カレさんが呟いてて、何か、良いなぁこの2人の関係って、少し羨ましくなった。



「すいません、さっきは…」

散らばった紙を集めながら、同じ動作をする主任をチラリと見る。
自分達がした事を漸く認めた係長と同期は、人事部に連れていかれて、これから更に厳しい尋問をするって、元カレさんが言ってた。
だから多分、これで不正とかそういうのは解決すると思う。
結局私、何にも力になれなかったなぁっていう、ちょっと自己嫌悪。
「良いの良いの。アタシがそう仕向けたんだから。もしそれで少しでも反省の気持ちが見えたら上への報告の仕方を考えようかって、話してたのよ」
「そうだったんですね…」
「まぁ、それなりに責任は取らせるけどね。それに苗字ちゃんも、アタシ達が勝手に証拠突き出して解決しても、心の中で吐き出せなかった気持ちはずっと残るんじゃないかなって老婆心よ」

吐き出せなかった、気持ち…。
そうかも。今少し、スッキリしてる。
主任ってやっぱ優しいなぁ。しかもカッコイイ。

「でも、私すっごい支離滅裂な事しか…しかも死んで欲しいとか…」
「良いんじゃないの〜?伝わってきたわよ?苗字ちゃんの本気の怒り。あとバーマンくんが大好きって気持ち」
クスクスと笑う主任に、思い出すと余計恥ずかしくなってしまう。
「ほんと、すいません…」

トン

紙を揃えた音がやけに響いて聞こえたのは

「自分の気持ちを他人に伝えるのはとても難しいものよ。だから諦めたくもなるわよね」

まるで私の事を全部知っていて、それでも責めないで寄り添ってくれる優しさを感じたから、かな。

その後に見た主任の笑顔は少し寂しそうで、きっと私では想像出来ないような、たくさんの事を経験してきたから、そう、言えるんだろうなってふと、そう気が付いた。
主任はきっと諦めなかったから、そうやって堂々と立って、揺るがない自分で居られるのかな、とか考える。
私も諦めなければ、自分に嘘を吐かなければ、そうなれるかな。

「…苗字ちゃん」

私の方を無言で指差す主任に、意味がわからないまま視線を下へ向ける。
何だろ、社員証?そういえばぶら下げたままだった。
ケース部分を手に取って視線を上げた先、笑顔で頷かれて、取り出してみる。
何も変わった所はないけどって顔を顰める前に裏側の紙に首を傾げた。
何だろうこれ。私こんなの入れてな

"Calmで待ってる"

すぐに思い浮かんだ姿に心臓が跳ねる。
バーマンさんだ!バーマンさんの字だ…!
え?でも何で!?
答えを求めるように自然と主任へ顔を向けていて、その顔が呆れたように笑ってる。
バーマンさん、もしかして届けに来てくれたの?やっぱりCalmに落ちてたんだ。
「え?あ、でもこれいつ!?」
「さっきよ。直属の上司をご指名だったから正面玄関まで行ってきたの」
「…そう、だったんだ…」
じゃあ、これって今日、Calmに来て欲しいって事、だよね?
「素直にぶつけてきてみたら?今の苗字ちゃんの気持ち」
主任、どこまで知ってるんだろう?バーマンさんと何か、話したのかな?
疑問ばかりが湧いて出てくるけど、私の気持ちはってなると、急に考えられなくなっちゃう。
こんなにグチャグチャな想い、どうやって伝えれば良いんだろう?
私は主任達みたいに、冷静に自分の事とか見極めたり、言葉を選んだり出来ないから、伝えようと思っても、きっとバーマンさんを傷付けてしまうんじゃないかって、それがとても怖い。
「…さっきみたいに良くわかんなく、なっちゃいそうで…」
「それが良いんじゃないの〜。勢いと必死さは伝わるわよ!」
励ましてくれてるのは伝わるんだけど、ちょっと半笑いなのは気のせいかな。
さっきの私、そんなにやばかった?
落ち込みそうな表情を読んだのか
「もー、ほんとにっ。だったらこんな時こそ、カクテルで伝えてみたら?」
なんて言われてそっちの方を考える。

そっか、カクテル言葉。
でもそれで"これで終わり"って言われてるんだし。
終わったのにまたって思われるんじゃ…。
ぐるぐるする思考に、つい俯いてしまう。

「じゃあまた私から苗字ちゃんにカクテル言葉を贈るわ。うーん、そうねぇ」
顎に手を当てて天を仰ぐ主任は、ほんとに大人の女性って感じ。
「あぁ、そうだわ」
パチンって指を鳴らすのもカッコイイ。
「ワイン・クーラー」
「ワイン…クーラー?って冷やすやつ、ですよね?バケツみたいな…」
「気になるなら後で調べてみなさい」
そう言ってウインクをされて、ちょっとドキッとした。


WineCooler
あるがままの心で