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すっかり暗くなった駅までの道程を歩く。 左隣には錆兎さんの姿があって、ちらっと横目でそちらを見た。 バーマンさんも高身長だしスタイル良いけど、負けず劣らず背が高いなぁって思う。 「…すいません。送ってもらっちゃって」 そのまま黙り続けるのも気まずくて、小さく頭を下げた私に錆兎さんは灰紫色の瞳を向けると笑顔を見せた。 「気にするな。女1人で帰らせて何かあってからじゃ遅いだろ?駅の方ならついでだしな」 「…ありがとう、ございます」 最初はちょっと怖いっていうか、厳しそうな雰囲気を感じたけど、今は凄く話しやすくて良い人っていう印象に変わった。 コロネーションを呑み終わるまでの時間、色々な話をしたからかな。 確かに厳しいは厳しいんだけど、それは凄く拘りがあるっていうか、自分の理想とかビジョンがはっきりとしているからっていうのは少しだけどわかった。 錆兎さんの名前の漢字を知ったのは、個人的にCalmのコンサルをしている事を話した時に、その流れで見せて貰った名刺から。 "Cascade"と書いてあるそのBarは、バーマンさん達の師匠、鱗滝左近次さんという方が創設したというのも聞いた。 今は現役を退いて、育成に重きを置いているらしい。 その弟子がバーマンさんこと冨岡義勇さん、錆兎さん、あと真菰さんという方で、Cascadeを継いだのは錆兎さんと真菰さん。 バーマンさんのCalmは本当に、文字通りイチから立ち上げたものだって、それも全部錆兎さんが話してくれた。 途中で我に返ったみたいに 「何で俺が全部説明してんだろうな」 と困った様に笑ってたけど、バーマンさんは眉一つ動かさないままじっとハンター・カクテルを観察していて、多分その声は聞こえてなかったと思う。 思い返していたせいで遅くなっていた足取りと、歩調を合わせてくれている錆兎さんに気付いて顔を上げる。 「バーマンさんと錆兎さんは、師匠さんの所で知り合ったんですか?」 気になったそのままを問い掛ければ、少しその眉が寄った気がする。 もしかして、聞いちゃいけない事だったかな? 「…アイツ本当」 溜め息混じりにそう言った後、苦笑いへと変わっていく。 「義勇が喋る時ってカクテルの事しかないだろ?」 「あー、はい。カクテルについては凄い、ずっと話してくれます」 やっぱり、と言わんばかりに軽く笑い声を上げる錆兎さんは何となく楽しそうに見えた。 「アイツ人間好きなクセに意思疎通が下手過ぎなんだよな。さっきも全然喋んなかっただろ?」 返事を出す前に頷いて答えてしまった私に、錆兎さんは前を向くと続ける。 「あれ喋らないんじゃなくて喋れないんだよ」 「…そうなんですか?」 「あぁ。頭の中では色々考えてるけど、それが出ない、というか出さないんだ義勇の場合」 それってもしかして… 「口にすると言い過ぎちゃうから、ですか?」 少し心当たりのある事を質問で返せば、錆兎さんは「ははっ」と短く笑った。 「その言い方だと名前も既に義勇の洗礼受けてるな?」 「…洗礼って」 思わず私まで噴き出してしまう。 「実際そうだろ?ガキの頃からの仲だけどなかなかアイツの変調に付き合うのは骨が折れるぞ」 「へー、そんな長いんですね」 通りで凄い空気が違うと思った、と考えたのも一瞬 「まぁ、施設に居た時からだからな」 その言葉に足が勝手に動くのを止めた。 Welcome to Bar Calm 「…施設、って?」 聞き返して良かったのか、口に出してしまってから考えても遅い。 錆兎さんも立ち止まると一瞬だけ目を伏せてから私へ顔を向け、気丈に笑った。 「やっぱアイツ何も話してないか」 「…はい」 「俺達は「あー!ちょっと待って!」」 遮るために声を上げる。 つい両手もそれを止めるような動きをしていた。 「やっぱ良いです!そういうのはちょっと…」 「聞きたくないってか?」 何でだろう。錆兎さん、悲しそうに笑ってる。 「はい!」 間髪入れず答えてしまったせいで少し険しくなる眉間に、思い切り首を横に振っていた。 「ごめんなさい!今のは勢い!私が今此処で聞くのは何かやっぱりそれは違う気がするなって…だから…えーっと…」 考えなしに出した言葉は途中で纏まらなくなってしまう。 でも、そう、そう。 「聞くならバーマンさん本人から直接聞きたいなって!」 胸の前で握っていた両手の拳に錆兎さんの目線が向けられたかと思えば 「ブフッ」 小さく噴き出した瞬間に顔を逸らされた。 何か笑う要素があったのかと今度はそっちを考えてしまう。 「…ははっ、成程なぁ」 何に対しての成程なんだろう? 「…わかった。俺から話すのはやめとこう。義勇に直接聞いてくれ」 あ、その成程か。 「はい。あー、でも…話してくれますかね?」 自分で勢い良く言っといて何だけど、あんまり自信はない。 カクテル言葉で"あなたを知りたい"って伝えたのに、"あなたの作ったカクテルを知りたい"って受け取っちゃう人だし。 話してくれても、私がまた勝手に解釈違いを起こしちゃいそうな気もする。 「大丈夫だろ?」 あっけらかんと言う錆兎さんにアドバイスを貰おうか考えようとして、何に対してのアドバイスを求めれば良いのか、そこからまずわからない事に気付いた。 結局口に出す前に歩き出したその足に黙ってついていく。 「そうだ。カクテルグラス守ってくれたんだってな」 「…え?あー、じゃあカクテル談義で盛り上がったっていうバーマン仲間って…!」 「そ、俺と真菰」 やっぱりそうなんだ、と声を出さずに納得したけど、小さく笑い出す理由はわからず首を傾げた。 「アイツ、カクテルの構想が止まらないから寝間着貸してやったのに、急に"ガスの元栓を閉めたか記憶が曖昧だ"とか言って俺らに呑ませるだけ呑ませてさっさと帰ったんだよ」 「…へー、あのスウェット錆兎さんのだったんですね」 「それも知ってるのか」 私へと向いた顔がちょっとビックリしてる。 「あー、と、昨日出勤途中にCalmの前で丁度会って…私の職場とCalm凄い近いから…」 「……。成程な」 呟くと黙ってしまった横顔をチラリと見てから私も黙る事にした。 暫く進んだ所でまた立ち止まる革靴に右足を止め切れなくて前に出てしまう。 「これも俺が言う事じゃないかも知れないんだけどな…」 正面から見たその表情は真剣なものだった。 「同期だっていう男には、充分気を付けろよ」 「…え、っと…?」 「電話取るのに外出たろ?そん時に義勇から聞いた」 どうして錆兎さんが気を付けろなんて言うのかとか、どうしてそんな浮かない顔をしているのかとかは考えてもわからないから、次の返事を待つしかない。 「先に断っとくけど、俺も義勇も、名前を悪戯に怖がらせたい訳じゃない。ただ可能性として大いに有り得る事だと念頭に置いた上で、この話を聞いてくれ」 言い聞かせるような口調と強く向けられる灰紫の瞳に、何がなんだかわからないまま頷いたけれど次に動いた口唇が告げたのは、私にとって余りにも衝撃的なものだった。 * * * 鞄を放り投げて、そのまま自分のベッドへ倒れ込む。 「…は────…」 我慢していた分を全部吐き出すように長く大きな溜め息を出して、目を瞑った。 「あの男は、カルーア・ミルクに細工をした疑いがある」 錆兎さんの声が脳で響いた瞬間、下口唇を噛み締めていた。 家に帰ってきた事で少し余裕が出来たのか、さっきより現実として捉えられるようになってる。 そのせいで、さっきまでは感じなかった不安とか怒りとか気持ち悪さが沸いてきて心の中がぐっちゃぐちゃだ。 「確実な証拠は何もない。ただ状況を鑑みると、限りなく黒に近いと言わざるを得ないのが現状だ」 それは私がトイレに立った時。 あの男性2人組がバーマンさんにこっそりと耳打ちをしたらしい。 でもそれは手の動きが怪しかった、とか曖昧なものだったみたいで、バーマンさんが振り返った時にも、何食わぬ顔でビールを呑んでいたそうだ。 「それでも義勇は不穏なものを感じたと言っていた。そういう時のアイツの勘は外れた事がない」 そうやって言い切る錆兎さんは、バーマンさんの事良く知ってるんだろうなって、こんな時なのに、ちょっと羨ましくなった。 「もし薬か何かを仕込んだとしたのなら…」 はぁ、とまた溜め息を吐いて起き上がる。 髪の毛を直した手を下ろすより先に顔を覆っていた。 何かの冗談だって、間違いだって、そう言って笑い話に出来たら良かった。 でも、嘘でも冗談でもじゃない。 じゃなきゃバーマンさんがわざとカクテルを零すなんて事しない。 「睡眠薬、合法、或いは非合法ドラッグ、それとも…。現場を押さえられなかった今、推測の域を出ない。確実なのはその男が名前の事を、そういう対象として見ているのは間違いない」 錆兎さんは慎重に言葉を選びながら、だから私がアイツの事を男として見ていないのなら、今後一切2人になるべきではない、と。 そこだけは強い口調で諭された。 多分、心の中ではもっと言いたい事はあったんだと思う。 それでも 「義勇は、名前を必要以上に傷付けるんじゃないかと躊躇っていた。だから俺が伝えるって言ってこうして出てきたんだ。待ち伏せされてる可能性もゼロじゃないしな」 その言葉で、バーマンさんと錆兎さん、それぞれの優しさを感じた。 「でも傷付けないようにって難しいな。かなりショック受けただろ?」 急いで全力の否定をした私に小さく笑ってくれたのを思い出した事で、ざわついた心が少し落ち着いて、覆ったままだって両手を外した。 もし、あの時、他のお客さんが居てくれなかったら バーマンさんがカクテルを零してくれなかったら 私、どうなってた…? 本人に問い質す? 訊くために顔を合わせる──…? 無理だよ。怖い。 「Barではまぁ良くあるんだよな。そういう類の話。って言ったら余計怖がらせちまうか」 困ったように笑っていた錆兎さんを思い出しながら立ち上がると、机に置いてあるCalmの綴りに触れた。 バーマンさんは、どんな気持ちで同期と私を見てたのかな。 大事なカクテルを零してまで助けてくれたんだから、なんて、そこに期待をするのは違うよね。 バーマンさんならきっと相手が誰であれ助けてた。 じゃあ、どうして私にキスをしたんだろう? 呑み掛けのグラスに何か入れちゃうような男とホイホイBarに来るような軽い女だから? ううん、それも違う。 バーマンさんの事何にも知らないけど、そうじゃないのはわかる。 じゃあ何で?ってなると、その答えは見つからないけど。 「…会いたいな…」 さっき会ったばかりなのに。 天井へ顔を向けて、ふっと短く息を吐いた。 「よし!」 決意を込めて座ると塗料を手に取る。 ひとまずの目標、これを看板として仕上げる、バーマンさんに会いに行く、そんで謝る。お礼も言う。 私が今出来る事ってこれ位しかない。だから全力で頑張ろう。 もう落ち込まないし考えない。 丁寧に丁寧にディープブルーを塗ってから、それを乾かす間、一息つくのにスマホをいじる。 カメラロールに溢れるカクテルを作っている手を一枚一枚眺めては、好きだなぁって実感した。 手元だけじゃなくてこっそり全体も撮らせて貰えば良かったなぁ、なんて。 そういえばハンターのカクテル言葉ってなんて言うんだろう? ふと思い立って調べた所で 「…予期せぬ、出来事」 呟きながら、これ程にない位近いバーマンさんの顔を思い出して嬉しいんだか恥ずかしいんだか破顔してしまう。 そういえば、コロネーションを頼んだ時のバーマンさんの動揺具合、初めて見たけど可愛かったな。 私がもっと意味深なカクテル言葉を投げ掛けたら、どんな顔をするんだろう? ざっと出てきたカクテル言葉に、結構直接的な表現が多いんだなとスクロールする手を動かす。 "あなたと夜を過ごしたい"とか、これ、もし私が何も知らないまま頼んでたらと思うとちょっと恥ずかしいかも…。 いや、バーマンさんとなら良いかなって思うけど。 彼女とか居るのかな…? 居たら私にキスなんてしてないか。 …でも、わかんない。 上手くいってないからとか、本命と浮気相手は違うとか、そういう考え方もあるし。 都合の良い女にはなりたくないけど、バーマンさんがそれで私を見てくれるなら、それはそれで…って思っちゃうからダメなのかな。 だからカクテルに細工されたりするのかな。 そういう事しても平気だって、周りからはそう思われてるのかな。 バーマンさんも本当は… ううん、そういう事を考えるのはやめよう。 考えたってわかんないんだから。 "カルーア・ミルク"の文字を見つけて、ドキッとしてしまった。 カクテル言葉は、いたずら好き、八方美人、臆病。 何か…、嫌いになりそう。 いつの間にか変な顔をしてしまっていたのに気付いて、それを戻しながら画面を動かす。 「…あ」 まるで私の心情を的確に表す言葉に目を留めた。 カクテル名を更に検索して出てきた画像に笑顔が零れる。 言葉だけで探してたけど、これはただ素直に呑んでみたい。 決めた。明日はこれを頼もう。 大きく頷いてからスマホを置くと、看板作りに集中する事にした。 Prelude・Fizz 真意を知りたい ← |