店内を一通り、ぐるっと回る間に色んなことを話した。 そのほとんどが、もしも一緒に住んだらっていう想像。 これは絶対欲しいとか、こういうのもあったら便利とか、こんな色の家具がいいとか、そういう他愛のないものだけど、お互いのことを少しずつ知っていってる感じが何だかすごく嬉しい。 多分、今までで一番話してるんじゃないかな。 展示家具の種類が変わる度にどちらからともなく、こういうのいいかもってなって、それに自然と答えを返して、また続く会話が楽しい。 「へー、今こんなのあるんだ…!」 目を丸くした先には、新商品と書かれたPOPに、自動開閉機能付きゴミ箱の文字。 さっきまで、ゴミ箱ひとつとっても色んなのがありますね、なんて話してたから自然とそうなったんだけど、置いてある四角くて黒い形をした見本へと手を近付けてみれば、触れてもないのに開く蓋に驚いた。 しかも数秒後、ちゃんとひとりでに閉まっていくのがすごい。 「…面白いな」 ボソッと呟いた義勇さんは、同じように手をかざすとちょっと目を丸くしてて、顔が綻んでいく。 Calmに置く椅子を見に来たという目的は、勿論頭にはあるんだけど、こうして色んな表情を見られるのは楽しい。 「でもゴミ箱にしてはちょっと高いですね」 「…そうだな」 4桁もする数字に、ちょっと冷静になるタイミングが同じだったりするのも楽しい。 結局全然関係ないものばかりに目が行った挙句に、何の収穫もない会話を続けながら、車へ戻った。 エンジンを掛ける横顔が好きだなって思う。 でも、ちゃんとまた気を引き締めなきゃ。 「…あ、じゃあ今度はリサイクルショップに?」 少しの間があって、「いや」って短く否定する義勇さんには、首を傾げるしかなくなった。 「少し予定を変更したい」 「はい」 すぐに返事はしたけど、何だろう?ってまた疑問が湧く。 「お前の母親と対顔するにあたって、カクテルの材料を買い足した方が良さそうだ」 「…えっと」 義勇さんがそう言い出したのはきっとって、考えてから質問してみた。 「ルビー・フィズの材料、とか?」 多分だけど、そうだと思う。だって急に予定変更したのは、私がその名前を出してからだから。 「そうだ」 短く返ってきた返事に、やった合ってたって思ったけど、一瞬寄った眉と険しい瞳が何かに気付いたみたいで一点を見つめ始めた。 正直これは、何を考えてるのか全く想像が出来ない。だから黙って待つ事にする。 「…念のため、ということになるが…とにかく行こう」 「あ、はい」 結局答えはわからなかったけど、車を発進させようとする動きに慌ててシートベルトを締めた。 幹線道路へ出て、車を走らせる横顔を気が付かれないように横目で見てみる。 やっぱりカッコイイなって、思うだけで胸がドキドキした。 肌、すごい白くて綺麗だけど何かスキンケアとかしてたりするのかな。 元々色白だなとは思ってたけど、いつもほとんどCalmでしか会わないからこうやって陽に当たってる姿さえ珍しい。 外で見てもこんなに綺麗だったんだっていう、また新しい驚きがある。 それくらい私はまだ義勇さんのこと、あんまり良く知らないんだなっていうのも思い知らされた。 手とか、やっぱり好きだなぁって。 カクテル作ってる時はすごくしなやかだけど、ハンドルを握ってる今は男性らしいというか。あとやっぱり大きい。 頬に触れた感触を思い出して、ちょっと熱くなった顔を見られないように窓の外へ向けた。 特別なことは何もないんだけど、こうやって流れていく風景は面白いと思う。 「…今日はずっと笑ってる」 「…え!?」 つい勢い良く向けてしまった顔。 紺碧色は、運転中だからか私をチラッと見ただけですぐに前を向いた。 できた間で、あ、これは私が答える番なのかもって考える。 「あー、えっと、楽しくて!」 言い終わってから、それだけじゃ何か違うって思い返して続けた。 「勿論Calmの備品とか買い出しとか!真剣に考えなきゃいけないことで、ちゃんと考えてます!でも何か…。色んな義勇さんを知れるのが嬉しくて、あとあの、デートみたいだな、とか」 ちらっと顔色を窺ったのは、ちょっとだけでも、義勇さんもそう思ってくれてたらいいなとか、そうは思ってなくても、楽しいとか感じてくれていたらいいなとか、そういう期待。 だけど驚いた表情と見つめ合った瞬間、ドキッとした。 やっぱりそんな浮ついてたのって私だけ―… 「デートじゃないのか?」 しれっと、ほんとにしれっと言ってのけた義勇さんに、ほら、そういう所!って言いたくなったけど、それよりなにより一気に込み上げる嬉しさで言葉に詰まる。 デートって、思ってくれてたんだ。 どうしよう。嬉しいの一言じゃ表せられないくらい嬉しい。 熱くなった顔とニヤケっぱなしの口を隠すけど 「本当にわかりやすいな」 笑いを含んだ声に、義勇さんにはもう全部バレてるんだろうなって手を離した。 でも恥ずかしいから、また外を眺めるふり。 ふりっていうか、こうやってるとちょっと冷静になれるというか、ドキドキしっぱなしの心が落ち着く気がする。 信号で停まった車の横を、女の子と多分だけどお母さんが歩いてる。と思えば、突然走り出してた。 「…あ」 大丈夫かな?って思った時には盛大に転んでて、大泣きする小さな体をお母さんが呆れながらも抱っこしてるのが、微笑ましくなる。 私も良くああやってたなって。めちゃくちゃ怒られたのと、痛かった記憶しか残ってないけど。 走り出した車輪は、当たり前に2人を追い抜いて、すぐに見えなくなる。 「どうした?」 掛けられた声で、食い入るように身を乗り出していた自分に気が付いた。 「今女の子が転んじゃったから、大丈夫かなって…」 赤の他人の私が心配したって何かできるわけじゃないから、しょうがないことなんだけど、でもやっぱりちょっとは気にはなる。 「…車に乗るといつも外を見ているな」 「そうですか…?」 「あぁ。その都度、楽しそうな顔をしてる」 今のはちょっと、ビックリした。私の心の内を言い当てられたみたいで。 「…楽しい、です」 こちらにちらっとだけ向いた紺碧色は、多分だけど話の続きを待ってるように感じた。 「車とか、電車とかでもそうなんですけど、何か、楽しいんですよね」 上手く言えないなって苦笑いしながら、前を見て考える。 先を走る車は、いつの間にか色も形も変わってて、ふと湧いた気持ちで、なんとなく理由がわかった。 「こうやって眺める景色って二度とないじゃないですか?そう言うと何か大袈裟なんですけど、さっき擦れ違った女の子も、もう会えないかも知れないし、どこかでまた擦れ違うかも知れないとか…」 何て言ったらいいんだろうってまた悩んでしまう。 これって楽しいっていう気持ちとはまた違うじゃないかなとか思うけど、でも… 「世の中には色んな人がいて、色んな人生があって、その中でも出会えるのってほんの少しなんだなぁって、こうやってると思うんです。それってすごいことなんだなって、たまにすごく感じる時があって…、だから、私がこうして義勇さんと居られるのも、すごいんだなっ、て…」 途中から何を言いたかったのかわからなくなってやめたけど、前を向き続ける義勇さんはどことなく穏やかな空気を醸し出していて、あ、素直に言ったのは間違ってなかったのかな、なんて思う。 でも今は違う。そう、デートだけどデートじゃないっていうか。ちゃんと考えなくちゃ。 浮足立ってたら強敵な母親にこれでもかって位に、こてんぱんにされそうな予感がする。 勘なんて全然いい方じゃないし、むしろどちらかと言えば悪い部類に入るけど、こういう時ってほんとに良く当たったりするから気は抜かない。 「買い出しはどこに行くんですか?スーパーとか?」 「いや、馴染みの店がある」 言われてから、あ、そっかって思った。 Bar専門の問屋さんには当たり前に詳しいだろうし、その中でも決まった仕入れ先とかがあるんだろうな。 納得したからこれ以上訊くこともなくなって、また窓の外を眺めた。 Drink at Bar Calm カランコロン。 鐘の音を鳴らした背中に続いて、Calmへと入る。 「ありがとうございます」 私が両腕で収まる位の箱を抱えてるから、扉を支えてくれてる義勇さんにお礼を言った。 でも私なんかより義勇さんの方が、大きくて遥かに重い瓶が入った段ボールを抱えてるんだけどな。 涼しげな表情はそんなの微塵も出さなくて、やっぱ男の人なんだなって当たり前のことを考える。 「これ、中に置いて良いですか?」 「カウンターの上で構わない」 「はいっ」 気遣ってくれてるってわかるから、早々にカウンターへとそれを置いた。 車からここまで運ぶのに、私も持ちますって言ったらちょっと渋ってたし。 「座ってろ」 その言葉にはちょっと反論したくなったけど、この中の物をどこにしまうかとか把握してない私がひとつずつ訊きながらじゃ余計な手間になっちゃうって大人しく椅子に腰掛けた。 でもカウンター内を動き回る義勇さんに何もしない訳にもいかないと、スマホを見る。 "バー 椅子 青"と打って、イメージに近いものを探してみた。 やっぱり色で指定すると選択肢は一気に狭まるなぁ。良い色味を見つけても、補色のオレンジは入ってないし値段も1桁違う。 やっぱりさっきの椅子が一番近いのかもって思った所で、バックバーに買ってきた瓶を綺麗に並べる背中へ視線だけを上げる。 カッコイイ。 思うのはただそれだけ。 ニヤける口元は今は隠さなくていっか、見えてないしって思った瞬間 「…また笑ってる」 ボソッと呟かれた一言に心臓が跳ねた。 何で?え!?だって完全に背中向けてるし見えるはずないのに。 「鏡を付けた」 考えてることも筒抜けなのかなって思ってしまう位、的確に返ってきた答えと振り向いた表情に意味がわからなくて固まったままになってしまう。 動いた視線の先を辛うじて追えば、斜め上にある丸いミラー。それでようやく気が付いた。 だから完全に後ろを向いてても、私の表情が見えたんだって。 でも何でわざわざ鏡を付けたんだろう? 浮かんだ疑問を口にする前に、 「ここは死角が多すぎる」 小さな呟きで、また違う疑問が湧いてくる。 「…死角があると、困るんですか?」 訊いておいてなんだけど、確かに色々あるなって思った。 "バーテンダー"っていう職業は、常に周りの状況を把握しておかなきゃいけないってどこかで見た気がする。 あと単純に、そうやって目視出来る時間が多くなった分、オーダーやお会計の時短になるとかそういうのもあるんだろうな。 義勇さんのことだから、私なんかじゃ思い付かないような思案をたくさん持ってる気がする。って、そう考えたけど、 「また俺が見てない時に薬物混入のような真似をされたらたまったものじゃない」 ちょっと強い口調にギクッとした。 あ、そっちを心配してたんだって、一気に申し訳ない気持ちが心を占めていく。 「…ごめんなさい」 「お前が謝ることじゃないし責めてもいない。ただ今後の再発を防ぐためだ」 片付けを再開させる手に、何て返して良いかわからないまま無言になった。 でも義勇さんって優しい。それは確実だなって感じてる。 普通なら経営してるBarで、自分が作ったカクテルにそんな変なもの入れられたら怒るに決まってるし、何なら少しくらい根に持ったりすると思う。 言い方は少し乱暴だったけど、あれも特有の"言い過ぎちゃう"部分なんだろうなってちょっと理解はできてきてるから問題はそこじゃなくて、そうやって冷静に解決策を探せる義勇さんって、本当に凄い。 たくさんのことを知って、考えてるから、ちゃんと最善の道を自分で選べるんだろうな。 それも最近、こうして近くに居て気が付いたこと。 箱から出された卵のパックを見た瞬間、母親の顔が浮かんだのは、それがルビー・フィズに必要なものだって聞いたからだと思う。 卵っていっても必要なのは、卵白だけって義勇さんは言ってた。 どんな味になるんだろうってその時はワクワクした気持ちしかなかったけど、約束の時間に近付くにつれ、ほんとにこれで準備万端と言えるのか不安が襲ってくる。 だって、もしも何かひとつ失敗したら、ちょっとでも綻びがあったら、きっと母親はそこを見逃さず突っ込んでくると思う。思うというか確実にそう。 だって主任でさえ手強いって言ってたし、泊まるアリバイ工作を買って出てくれた時も、結局嘘を吐くんじゃなくて最初から本当の事話した上で許可を取ったって、後から聞いた。 だから多分、嘘は通じないんだと思うべき。 でももうちょっと前もって準備はしとかないといけないんじゃないかって、そんな気がしてる。 ルビー・フィズを頼むってわかってるなら尚更。 中身を出した段ボールを畳んでいく姿は、いつもと変わらず落ち着いてる。 きっと義勇さんはこんなに漠然な焦りとか不安とか、感じないんだろうな。 感じたとしても、自分でどうにか消化出来るから、そうやって落ち着いてるように見えるんだろうっていうのもわかる。 だから少しだけでいい。その力になれたら。意を決して口を開いた。 「…あの、義勇さん!母親の情報なんですけどっ」 いつの間にか俯いていた顔を上げた瞬間、ドンッと音を立てて目の前に置かれた銀色の機械に目が点になる。 あれ…。これって 「クラッシュドアイスを作ってくれないか?」 「え!?あ、はいっ」 勢いで返事しちゃったけど、でもこれ、この間見たものと違う気がする。 だってかき氷器みたいなハンドルついてないし。 「電動のアイスクラッシャーを買った。ボタンひとつでできるため、これなら名前でも作れるだろう」 「…え!?すごいっ!やってみていいですか!?」 返事より早く出された角氷の山と、銀色のアイススコップに伸ばしかけた手を引っ込める。 「…どうした?」 「あー、手、洗ってないから…」 「洗えばいい」 そう言って視線を落とした先は多分シンクで、提案にちょっとビックリした。 「いいんですか?」 「今更だろう」 呆れというより困り顔をしてる義勇さんに、確かに心の中で頷く。 「…失礼しますっ」 でも嬉しいから、すぐにその内側へと向かった。 でも、カウンターの中に立つのは初めてだから、ちょっと緊張する。 「ハンドソープはこれだ。ペーパータオルはそれを使うといい」 短く指示をしてから、段ボールを裏へ持っていく背中を無言で見送ってからポンプを押した。 良く泡立ててから手首とか指の間とか、爪の隙間もちゃんと念入りに擦っていく。 直接氷を触る訳じゃないけど、飲食店って考えると綺麗にしないと気持ち悪い。 「…随分丁寧に洗うな」 背後から飛んできた声に肩が震えた。 ほんとにいきなり後ろに居るから、心臓が止まるし、平静なふりするのが大変。 「あ、飲食店のコンサルについて、いった時に色々教えて貰って…、実践も大事だからって、だから覚えてて…」 上擦る声もドギマギしてる表情も、きっとバレてるから水道の音で誤魔化す。 別に後ろに居るだけでそんなすぐ近くってわけでも、抱き締められたってわけでもないんだからって思った途端に回された両腕にドクッてした。心臓が。すごい音した。 そのまま固まるしかないのに、目線はずっと泳いでる。 どうしたらいいかわかんないまま、ただ水が流れていって、それを止める右手にもドキッてした。 「良く動く心臓だな」 囁きに近い声には肩まで揺れちゃったけど、上の方で聞こえる笑い声でちょっとだけ冷静にもなる。 「聴こえてますか…?」 「聴こえるというより感じる」 感じる?って、訊き返す前に強くなる腕の力でさっきより密着して意味がわかった。 私のじゃない心音がすぐ傍でしてる。 規則的な音は全然乱れてないのに、どんどん速くなっていく自分の鼓動は遥かに大きくて恥ずかしくなった。 「……あの、ごめんなさい…こんなで…」 「こんな、とはどういう意味だ?」 「落ち着きがないっていうか…っあの、ほんと雰囲気壊しちゃって……でもほんとに、慣れてなくて…っあの…」 言い訳みたいだなって思った瞬間、言葉が出てこなくなってしまう。 自分からわざわざ言って、義勇さんに返して貰える言葉に期待してる。 こんなこと言って欲しい、こんな私でも認めて欲しい。そんな風に。それってすごく良くないことだって思う。 だってそれって結局… 「緊張するか?」 「へ!?」 「母親との顔合わせだ」 「あー…」 そっちの方だって、思われたみたい。でもそっか。そうだよね。今日の目的はそれだし、私さっきからずっとそわそわしてるし、そう思うのも当たり前だと思う。 「緊張、します。ほんとに義勇さんの言う通り、手強いから」 これも紛れもなく本音だから、そういうことにしとく。 離れていくあったかさは寂しくなったけれど、差し出されたペーパータオルの気遣いで心があったかくなった。 「ありがとうございます」 そうだよ。気持ちを引き締め直そう。本来の目的を忘れそうになるところだった。 「クラッシュドアイス、作りますっ」 気合いを入れ直してからそそくさとカウンターを出た。いつもの定位置に座ったところで目の前に置かれたのは四角い氷の山。 「これを入れればいいんですか?」 「そうだ。ここに入れて蓋をし、ボタンを押す。それだけでできる」 「へー、すごい便利ですねっ」 そう返す間にも義勇さんはバックバーへ向かったから返事は返ってこないけど、とにかく言われた通りに氷をセットしてみる。 ポチッというボタンだけで動き出した機械にただただ感動した。 「その間に一杯作ろう」 「え?いいんですか?」 嬉しさからとっさに返しちゃったけど、でもそれってってまた思い直す。 私が俯いたからだと思う。 「度数は極力抑える」 そう言ってくれたのは。 もう嬉しさしかないわけで、断るなんて選択肢もない。 「お願いしますっ」 顔に出てるってわかっててもそうやって答えたら、嬉しそうに視線を逸らすから、義勇さんも多分、喜んでくれてる。そう思ったら尚更嬉しくなった。 「できましたっ」 クラッシュドアイスが満杯になったところで顔を上げた先には、タンブラーグラスに注がれたオレンジ色。 「あ、もしかして!」 思い浮かんだカクテル名に身を乗り出していた。 「ミモザじゃない」 「……」 口に出す前に否定されちゃって、すごすごと戻ったけど。 「バックス・フィズだ」 コースターと一緒に差し出されるグラスを見つめた。 バックス・フィズ……。 フィズは、簡単に言うと炭酸が入ったものってさっき義勇さんに教えてもらった。 そう言いながら真剣に炭酸水のボトルを吟味してたから、もしかしてそれが入ってたりするのかな? 見た目ではそこまで泡立ってないから、本当にオレンジジュースにしか見えないけど。 「いただきますっ」 とにかく呑んでみようって口にした瞬間、「おいしっ」って自然に出た。 けど、何だろう。 ほんとにオレンジジュース。っていうかますますミモザ。この前よりシャンパンの味がしないってだけで違いが全然わからない。 カクテルって奥が深いなってこういう時すごく思う。 「あの、義勇さん?」 「何だ?」 早々に始める片付けと、こんなこと訊いて失礼じゃないかなって考えるから恐る恐る窺ってみる。 「ミモザとバックス・フィズの違いって、なんですか?」 念のためもう一口呑んでみたけど、やっぱりわからない。 焦っていく私とは正反対に、義勇さんは少し、笑った気がする。 「呼び方だ」 「……呼び、かた?」 「シャンパンとオレンジジュースの比率、もしくは使用するグラスの種類の違いというバーマンも居るが、どれも正式に定められたものではない」 「へー……」 要は自由ってこと、なのかな?でも何で義勇さん、わざわざ―… 「カクテル名が変われば、当然カクテル言葉も変わる」 それだけ言って、奥に引っ込んでしまった姿にグラスを見つめていたのは束の間。 急いでスマホを手に取った。 多分じゃない。絶対何かがある。 それは私に伝えたいこと。口にはできないから、きっとカクテル言葉で。 ミモザは"真心" 出てきた文字の意味を考えてみる。 ついでに"真心"の意味も調べてみた。 偽りや飾りのない、誠実な心。 ちょっと今、ドキッとしたかも。 私、何とか母親に認めてもらえるようにって躍起になってたから。そこを義勇さんに見抜かれたのかも知れないって。 じゃあバックス・フィズのカクテル言葉ってなんだろう? 画面をタップして、息を吸ったまま止まった。 でもすぐにニヤけていく顔は止まらなくなる。 義勇さんがどう思ってるかなんて、すべて全部なんてわからないけど、でも嬉しいって思う。 さっき言い訳じみたこと言って後悔したの知ってたのかな、とか、それとも私が緊張してるって思ったからかな、とか、どんなことを考えても、その一文だけで嬉しさが沸いて出てくる。 時計を確認してから、気を引き締めた。ついでに顔も。 頑張ろう。 裏に行ったまま戻ってこない義勇さんに心の中でお礼を言ってから、グラスを傾ければ、引き締めたはずの顔がまた弛んでいくのを感じた。 Bucks・Fizz 心はいつも君と ← ×
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