Drink at Bar Calm
義勇さんが笑ってくれるなら、喜んでくれるなら何でもいいって思った。

多分それが嘘偽りなく私の望むことなんだってわかったから、心の底から幸せだとも思った。

例えばちょっとばかし寝坊をして母親に結構な小言を浴びても、持っていけと言われた傘を忘れたせいで駅から会社までの道のりを小雨に降られても、全然気にならない。

いつもなら嫌だな、面倒だなって思う仕事の案件も、これが終わったらCalmに行ける、義勇さんに会えるって思ったら、もうさっさと終わらせちゃおうって俄然頑張れた。

そのお陰か主任には、
「あら、苗字ちゃん。やる気に満ち溢れてるわね。頼もしい〜」
なんて、お世辞かもしれないけど褒められて嬉しくなって、もっと頑張ろうって思えた。

今まで流行りのラブソングとか聴いてもピンとこなかった歌詞の意味を、身に沁みて感じてる。

人を好きになることって、こんなに素晴らしいことなんだって。

ようやくちゃんと、本当のところで理解できた気がする。

自分が嬉しければそれでいいとか、そういう自分勝手なものじゃなくて"相手を思うこと"。

まだ全部は難しいけど、少しだけその心に近付けたような、そんな気がしてる。

終業まで心穏やかで、今日はいい日だったなんて手放しで言えそうなくらい清々しい一日は、

「一応、もう一度訊くわね?それって絶対に間違いない?」

珍しく主任の引き攣った笑顔と、若干低めの声で一変した。


"ごめんなさい仕事でトラブルがあって遅れます!"

簡潔なメッセージを入れてから、画面と向き合う。
それは私のじゃなくて、最近入った、といってももう何ヶ月も前なんだけど、とにかく派遣で入った人が使ってるパソコン。

何百件という気の遠くなりそうな保存ファイルの中、ひとつずつ開いては確認、その後でファイル名を編集していく。

正直、どうしてここまでわかりづらい状態で保存しちゃったのかなって思わなくもない。

プロジェクト概要と相手への請求書は番号で紐づけするっていうのは、前から決まってたことなのに何故かこれに入ってるのは"概要"とか"請求書"とか、一目見て内容を把握できないから検索もかけられない。

入った当初はちゃんとひとつひとつファイル名がわかりやすく保存されてたから、途中からめんどくさくなっちゃったのかな。

確かによほどのことがないと終わった案件を確かめたりしないから何となくその場で楽したい気持ちはわかるけど、でもここまで適当にされてた上に、

「請求書のデータ、いつの間にか失くなってたみたいです」

自分がしでかしてしまったミスなのに他人事のように報告する姿には、なんとなく気持ちもざわついた。

きっと私より、主任の方が何倍も頭にきてると思う。それでも何も言わないでとにかく作成と修正を急いでるから、私も態度には出さないようにした。

「苗字ちゃん、時間大丈夫?」
「大丈夫ですっ」

一瞬、義勇さんの顔はどうしても浮かぶけど、大丈夫じゃないですなんて会社をあとにすることはできない。

それは人目が気になるからじゃなくて、不正を明るみに出して、私を護ってくれた主任に対するせめてものお礼っていうか、恩返しみたいなものだと思う。

あの時主任がいなかったら、どうなっていたのかなんて考えなくたってわかる。

私がこうしてここに働けるのも、変わらずCalmに通えるのも、義勇さんと一緒にいられるのも、全部主任のおかげ。

だから少しでも、微々たるものでもいいから力になりたい。

派遣社員を雇わなくいけなくなったのも元々はごっそり人材がいなくなったからで、こうして積み重なったミスが今頃になって発覚したのはそこまで気が回せる余裕がなかったから。

以前の主任なら、きっととっくに気が付いてたと思う。

だってすごく周りのことが見えてる人だもん。

そうやって考えたら、私が負担を増やしてたのかもしれない。

チラッと窺った主任の表情はいつもより疲れたような顔をしていて、尚のことそう感じてしまた。


Drink at Bar Calm


ようやく完全に修正をきかせたファイルに漏れがないかまでを確認してからのこと。

「終わりました〜……」

安心から気の抜けた報告になってしまったけど、同じく何人かの溜め息が一緒に聞こえた。

「ありがとう。お疲れ様。ごめんなさいね、遅くまで」

そう言って早々に席を立つ主任には違和感しかない。
だっていつもならもっと労いとか、場が和むようなちょっと笑える言葉をかけてくれるから。
それに私達より先に帰ろうとかもしない。

いつもなら。

「主任っ」

不安になってその背中を追いかけてから、

「苗字ちゃん、お疲れ様。付き合ってくれてありがとう。お陰で予想より早く終わったわ」

振り向いた笑顔はいつもの主任で安心した。

「あ、あの、呑みに行きませんか!?」

意を決して誘った瞬間、笑顔が曇った気がする。

「……。すいません、もしかして用事、ありました?」

だから早く帰ろうとしたのかな。わかんないけど、多分そんな気がする。

でもまたいつもの強気の笑顔が見えたあと、

「やぁねぇ。大事な部下より優先すべき用事なんてないわよ」

そう言ってくれる主任は、やっぱりいつもの主任だった。


呑みに行く、なんていえばCalmしかないって言わなくてもわかっていたみたいに着いたその地下の扉を開けるのは、何だか緊張してる。

多分もう時間的に他のお客さんはいるだろうし、主任と一緒に来た理由をバーマンさんに話せるほどの暇もないと思う。

そう考えながら鐘を鳴らした先、すぐに目に入ってくるカウンターはほぼ埋まっていて、

「いらっしゃいま」

いつもなら朗らかな村田さんの動きも止まってた。

"RESERVED"のプレートが置かれた特等席の両脇はスーツの男の人達が占めてる。

「…あらぁ、だいぶ雰囲気変わったわね」

主任が物珍しそうに言いながら向けた視線の先のソファ。

そちらへ案内してもらえるよう村田さんへ目で訴えてみれば、すぐに理解してくれたみたい。

「こちらへどうぞ」

設置されたばかりのソファに通してくれて、いつもより深く会釈をした。

シェイカーを振るバーマンさんの視線は村田さんと合ったことですぐに逸らされて、あぁ忙しいんだなって知る。

「ただいまおしぼりをお待ちいたします」

そう言ってカウンターへ戻っていく村田さんを見送ってから、ぎゅっと両手を握った。

「主任、今日は私が奢りますっ」

今までのお礼、何にもできなかったからそう口に出したんだけど、それだけじゃ主任には軽くあしらわれてしまいそうだから続ける。

「何でも好きなもの頼んでください!」

真剣だって伝えるためにその目を覗き込めば、クスクスと笑い出すものだから罰は悪い。

「苗字ちゃんも大人になったのね」

どういう意味かわかわらない間に運ばれてきたおしぼりを、受け取るだけでテーブルに置く動作にはまた違和感が込み上げた。

ベルガモットの匂い。

今のって、わざと避けてたみたい。

「お決まりですか?」

優しい笑顔で問い掛ける村田さんに、

「そうね。じゃあ、オレンジジュースを」

いつもとは違う笑顔を見せる主任に思わず口にしていた。

「やっぱり具合悪いんですか!?」

声量なんて気にしていられなかったことを、すぐに後悔してる。
何人かの視線を受けて、すぐに縮こまった。

「うーん、ちょっと、ね。苗字ちゃんは?何呑む?」

そうやってはぐらかすのは、言いたくないってことなんだって私にもわかるから、距離を詰めようとしてた身体の力を抜いた。

「あ、じゃあ、私もオレンジジュースを」

村田さんが「かしこまりました」って言うのと同時に、主任の「遠慮しなくていいのに」って言葉が聞こえたけど、聞こえないふりでおしぼりを手に取る。

やっぱり主任、何か変。

仕事のこと?それともプライベートで何かあったのかな?
でも主任って、何があってもそういうの態度とかに出さないよね?
たまにスイッチ入るとマシンガントークになったりはするけど、尾を引いたりしない。

すごく気になる。

でも、これ以上は何となく訊けない。っていうか、訊いちゃいけない気がしてる。

「スタンディングスタイルじゃなくなったのね」
「あー、はい。バーマンさんがこっちの方がいいって」
「そう。従業員も雇ってるし、いいじゃない。最初よりはるかに余裕が出てきてるわ」

一目でCalmの経営状況を見抜く主任は、やっぱりすごい人。

「これも苗字ちゃんが傍にいるからかしら?」

綺麗な笑顔にドキッとしたしすぐに否定をしようと考えたけど、一瞬また下を向く表情はやっぱりいつもとは違う。

どうしたんですか?って訊いたところで、答えてくれるかな?

さっき話したくなさそうだったのに、また訊いてくるのしつこいとか思われたくないな。
見たからに疲れてるのに私まで主任に負担かけたら意味ないし。
でも今じゃあ、何を話せばいいのかって考えたら、それもわかんない。
どうして私、勢いだけで主任のこと誘ったんだろう?
自分から話題を作れるほど、そういうのに長けた人間じゃないのに。

そんなことがグルグル回っている間に運ばれてきた2つのピルスナー・ゴブレットは、当たり前のようにオレンジ一色で染まってる。

お互い無言で口をつけたけど、その後には笑顔が勝手に零れてた。

「おいしっ」

間違いない。バーマンさんが絞ったオレンジジュースだ。

「そうね。スッキリしてて呑みやすい」

良かった。主任もちょっと穏やかな表情になってる。

カクテルじゃなくてもこうやって人を笑顔にできるんだもん。やっぱりバーマンさんってすごい人。

言葉って大事だし伝えたり訊かなきゃいけないことはたくさんあるけど、こうやって何も言わなくても、訊かなくてもいい時もあるのかも。

それがBarの、ううん、Calmのあったかさなんだ。

だから背伸びするのはやめよう。

ただ主任がここで少しでも羽根を伸ばせればいいな、なんて願いながらもう一度オレンジジュースを一口飲む。

そういえばバーマンさんってどうやってこのオレンジ絞ってるんだろう?

普通のミキサーじゃドロドロになっちゃうし、こんなに舌触りもよくはならないから不思議。

今度こっそり教えてもらおうかな。そしたら私も家で作れるし、もしかしたらお店の仕込みの役に立てるかも。

「楽しそうね。苗字ちゃん」
「……へ?」
「最近ますますいい顔してるじゃないの。恋する乙女って感じ」

頬っぺたをつんつんとされて答えに戸惑った。

「いいわねぇ、その頃に戻りたいわ〜」

ソファの背もたれに寄りかかる主任が天を仰いで、そのまま止まってしまったことにもどうしたらいいかわからなくなる。

ただ沈黙が続く中、バーマンさんが振るシェイカーの音がいつもより遠くで聴こえた。

「苗字ちゃん、アタシね」

ゆっくりと体勢を戻して私を見た主任は微笑んでいるんだけど、どうしてだろう。

「妊娠したみたいなの」

泣いてるようにも見えた。

「……え?」

意味が理解できないまま、ただそう返してて、今のってすごく失礼かもって気付いた時には主任が声を出して笑い出してる。

「ホント苗字ちゃんの反応って期待を裏切らないから最高〜!」
「……え?へ!?」

バンバン背中を叩かれて、あれ?もしかしてこれって冗談とかだったのかなって思ったけど、そうじゃないってわかったのは目尻を拭ったあとの指先をいじって、それを見つめる瞳が真剣なものになったから。

「まさかでしょう?ビックリした?」
「……え?主任、ほんと……に?」

それしか出てこない。

だって最近、主任から彼氏ができたとかそういうのも聞いてなかったから……。

「苗字ちゃんだから言うけど、他の人間には言っちゃダメよ?」

念を押されて、勢いのまま頷いてから息を呑む。

「あ、バーマンくんとかには別にいいけどね。あくまで会社の人間にはって話」

そう前置きをして話し始めた主任は、何だかいつもより、いつもの主任だった。

* * *

「席、いつもの場所に移動する?」

村田さんにそう声をかけられて、自分がぼーっとしていたことに気付く。

思わず隣を見てから、あぁ主任、先に帰ったんだったって思い出した。

「今日はほんとに奢ってもらっちゃうわね」

ウインクしてCalmを後にする姿から、ふわりと漂ういい匂いがしなかったことで主任が話してくれたことが嘘じゃないんだって実感が湧いてる。

ベルガモットの香りも避けたのも、そうだったんだって今になってわかる。

"匂い"で吐き気が込み上げてくる。そう言ってた。

うちの母親も妹を妊娠した時はそれが酷かったらしくて、もう二度と妊娠なんかするものかって思ったっていつだったか言ってたっけ。

「あの〜」

村田さんの遠慮がちの声で我に返った。

「あ、ごめんなさいっ。あの、移動します」

客足も今は落ち着いたから、カウンターに戻っても迷惑じゃなさそうだし、また混んできた時に私がひとりでソファ席を陣取ってたらそれこそ邪魔だからそそくさと立ち上がる。

"RESERVED"のプレートを回収していく義勇さんの右手を手放しには喜べなかった。

「……どうした?」

そう訊ねられるのは、いくら何でも私だって予測できてたから落ち着いて言葉にする。

「あ、え、と……、会社でちょっとトラブルがありまして、主任がちょっと元気がなく見えたので誘ったんですけど……」

でもこの先って本当に口にしていいのかな?

主任はバーマンさんにならいいって言ってたけど、2人きりじゃないし。

すぐ隣にいるわけじゃないから聞こえないかも知れないけど、もしどこかで漏れてしまったらって思うと怖い。

コンサルの時でもよくあるから。
絶対に漏洩したりしないはずの守秘がいとも簡単にライバル会社に掴まれてたこととか。

思わず周りを見回す私の表情は、やっぱりわかりやすかったのかな?

「あとで聞く」

そうやって先回りしてくれた優しさが嬉しかった。

それと同時にふと気が付いて時計を確認する。

「あー、でもあと1時間くらいしたら帰るから……」

そしたらLINEとかでもって言いかけたんだけど、

「帰るのか?」

驚いた顔をするからたじろいでしまった。

「あー、えっ、はい。明日からちょっと早く出勤しようかなって思って……いて」

主任が万全の体調じゃないって、ましてや赤ちゃんがいるなんて聞いたらなおさら力になりたい。
出勤時間を早めたところでそこまで劇的な変化なんてないかもしれないけど、でも私ができることなら努力をしたいから……。

って考えてたところで見る見るうちに口元が下がっていってる。

……怒って、る?

「休日出勤か?」
「へ?違います、けど」
「なら明日は休みのはずだ」
「……え?」

嘘。だって今日木曜じゃ……。

とっさに確認したスマホには"金曜日"と出ていて、目を疑った。

「えぇ!?」

声を上げたことにはしまったってすぐに思って、口元を押さえたけどまだ信じられない。

本気で曜日間違えてた。今まで休みが待ち遠しくて勘違いすることはあってもその逆は一度もなかったのに。

「泊まっていくものだと思ってたんだが」

どうしよう。完全に声が怒っちゃってる。

でも、そうだよね。だって恋人同士なんだからやっと訪れたお休みに一緒にいられるって楽しみにするのは当然だと思う。

私だって明日休みだって知ってたら絶対、すっごく楽しみにしてた。

「……。もちろんっ、あの、そのつもりです…!」

他のお客さんの手前、抑え気味に言うけど、訝しんでるその表情はひどくなっていくばかり。

「ごめんなさい……。実は今日、木曜日だと思ってたから……その」

全然、何も用意してない。

心苦しくてその一言が出てこなかった。

今からでも母親に連絡すれば許可貰えるかな。着替えとかコンビニでどうにかなるかな。

えーと、それから……。

考えるのに必死で下を向いてたと気付いたのは、

「ここのところお前にとって色々ありすぎた。思い違いをしていても仕方ない」

優しい声が聞こえて顔を上げた時だった。

呆れたような、それでいてあったかさを感じる紺碧色の瞳は、きっと多分、私だけにしか向けられないものなんだって。どうしてか唐突に、そんなことを思った。

「ごめん、なさい」

バーマンさんは、自分がどんな状況にいようとどんな心境であろうと、私のことをちゃんと考えて、大切にしてくれる。

穏やかな、凪みたいに。全然変わらない優しさで。

それに気付いて、また自分がブレてるのを思い知らされる。

「謝る必要はない」

勝手に滲んでく視界の中、おしぼりをカウンターに置きながら近付いてくる顔が横で止まった。

「それより泣かないでくれ。今泣かれるのは分が悪い」
「……っ、ごめんなさい…!」

そうだ。他のお客さんに変に思われちゃう。
何とかして涙を止めようとした目頭に、一瞬だけその指が触れて、すぐに離れた。

多分、本当に誰も気付かないくらい、一瞬のこと。

「お前に泣かれたら、それこそ店を閉めたくなる」

困ったような、でも微笑っているような表情にどういう意味かって考えて、ようやくわかった時にはもうその両手はカクテルを作り出してる。

そのおかげで、涙も止まってた。

大事なんだって、伝えてくれたんだと思う。

Calmより、ううん、Calmも間違いなく大事なんだけど、今この時は私のことを一番に思っているよって、言ってくれた。そんな気がするから、嬉しくて涙なんてどっかに行っちゃった。

それにちょっと、今度は打って変わって目を合わせないようにするバーマンさんがどことなく照れ臭そうで何だか可愛いなって。

勝手に弛んでく頬はおしぼりで隠して、ベルガモットの香りを吸い込む。

主任のこと、バーマンさんに聞いてもらおう。

正直私ひとりじゃどうしていいか、わからない。

でも、それはあとでの話。

今はちゃんと、お客さんとしてここにいる。

「……あの、バーマンさん」

カクテルを作り終えたのを見計らって話しかけたんだけど、それより早く目の前に差し出されるコースターの上に乗るタンブラーグラスに動きが止まった。

「ひとまずこれを呑んでろ」
「あ、はい」

何だろう?初めて見た、よね?多分。

訊いてみようにも振り終えたシェイカーをカクテルグラスに注いでるのを邪魔したくなくて考えてみる。

茶褐色、よりブラックに近いような色味はこれまで見てきたカクテルにない。と思う。

手に取って近付けて、パチパチと跳ねる泡で炭酸だっていうのはわかった。

もしかして、これってコーラとか?

有り得るかも。

Calmの閉店まではまだ時間があるから、ひとまずって言ったのもそういう意味だったとしたら違和感ないもん。

私が酔い潰れたらそれこそ迷惑だし。

でも、Barでジュースを嗜むっていうのも、実はすごく贅沢なのかもって主任と飲んで思った。

お酒じゃなくてもこの空間を楽しむことはできる。

それならコーラでもいっか。

そう思って口に運んだところで、予想とはまるっきり違う苦々しさに顔を顰めた。

「…ぶっ」

辛うじて目を開けた先、バーマンさんが小さく笑ってる。
顔を背けてるけど間違いない。絶対笑ってる。

「……。これ、何ですか…!?」

もう完全に舌がコーラだって思い込んでたから、真逆の味に全然ついていかない。

「アメール・ピコン・ハイボール」

名前を聞いても、全くピンとこなかった。

「コーラだと思ったか?」
「……。はい」

答えた途端にまた顔を背けてるから笑ってる。間違いなく笑ってる。

「思った通りの反応だ」

まだ震わせてる声に悔しくなって、もう一口呑んでみた。

「……あれ?」

だけどさっきより、というか全然苦みを感じなくて、むしろちょっとさっぱりとした甘ささえある。

「……おいしっ」
「だろう?」
「でも、さっきは……」
「甘いものだと先入観を持っていたせいだろう」

まるで全部、読んでいたみたいにバーマンさん、笑ってる。

先入観、か。

でもほんとにそうかも。

コーラじゃないって思ったら、こんなにも味の感じ方が違うなんて。

「冨岡ぁ、オーダー」

村田さんの声でバーマンさんはまた新しくシェイカーを振り出したから、それ以上会話はなかったけど、このカクテルを出した意味を知りたくて、そっと調べたスマホの画面に顔は綻んでいった。



AmerPiconHighball
分かり合えたら