Drink at Bar Calm | ナノ
今までにないくらい、義勇さんが近くて息が止まりそう。

そういうことをするのを夜っていう決まりはないって、今更気が付いた恥ずかしさもあって、とっさに目は開けれたけどそれ以上、身体が硬直して動けない。
でもだって、義勇さんさっきまで普通だったから、どうして?何で急に?って疑問はすごく湧いてくる。

「ルシアンのカクテル言葉を知っているから大人しくしてるのか?」
「へ!?」

あぁ、やだ。また変な声出し
「…ひゃっ」
ううん違う。今こそ変な声が出てしまった。

だって、急に耳舐められたから。

何か、何か言わなきゃって思うんだけど喉からうまく声が出ない。声どころか心臓が出そう。本気で。
さっき義勇さん何て訊いたっけ?その答えを考えなきゃって思ったはずなんだけど、それも飛んでしまった。

背中に回される腕とか首に動いていく口とか、どうしよう。どうしたらいいかわからない。
でも嫌じゃないっていうか、嬉しい。嬉しい、のかな?わかんない。ずっと心臓がバクバクいってて何も考えが纏まらない。
でも嫌じゃないのは本当。本当なのに、ベッドの感触を感じた背中と見下ろす瞳が現実なんだって、唐突に感じた。

大丈夫。こうしたいって、望んでたんだから。

怖くない、大丈夫。

迫ってくる顔に、反射的に瞑った目は「ふ」って吐息混じりの短い笑いで瞬きに変わる。

抱き締められてるって気が付いてから、頬に当たる義勇さんの髪がただの紺じゃなくて藍色が混ざっている勝色だっていうのを知った。

固まったままの私を、抱き締めながら笑いを堪えてる気持ちはわからないけど、何かちょっとだけ、硬直は解けた気がする。

「……あの」
「手が震えてる」
「え!?ごめ、ごめんなさい!」

身体が離れたから、ちょっと安心っていうか、ホッとはしたけど、顔の横につかれた手にはまたドキッとした。

「"誘惑"しているのかと思った」

どういう、意味?
瞬きしかできなかったのは、紺碧色の瞳がすごく穏やかで、あったかいものになってたからだと思う。

「そんな器用なこと、できるはずがないのにな」

髪を撫でる手もあったかくて、優しい。

瞬間的に、好きだなって感情が湧いてきて、答えるのが遅れてしまったせいか

「足、まだ痛むか?」

次の質問を理解するのが精一杯だった。

「…あ、大丈夫…です。義勇さんが手当てしてくれたから、もう全然っ」
「そうか」

また撫でてくれたあと、髪に落ちてきたキスのあとで言葉が続く。

「Calmまで降りよう。手は貸す」
「……え、あ、はいっ」

優しく起こしてくれる両手に、またドキドキしていく中で、これってこのままでいいのかなって気持ちにもなった。でも引き留めるのも、変な話?

「義勇さん、あの」
「ホワイト・ルシアン」
「へ?」
「白と黒のカクテルの名はホワイト・ルシアンだ。呑みたいんだろう?」
「あ、はいっ呑みたいです!」

思わず即答したのがいけなかったのかまた笑いを堪えられて、ちょっと腑に落ちないまま向かったCalm。
だけど、ホワイト・ルシアンを作ってもらっている間にこっそり調べたルシアンのカクテル言葉と義勇さんの行動が繋がった瞬間、顔が燃えそうなくらい熱くはなった。


Drink at Bar Calm


白と黒が半分ずつ綺麗に分かれたロックグラスの中は、差し込まれたマドラーでちょっとずつ混ざり合って、カルーア・ミルクみたいに優しく淡い色になっていく。

「コーヒーリキュールって自分でも作れるんですね」

まだ底に溜まって混ざり切らない黒色の液体が、義勇さんの手作りって聞いてから尚更美味しく感じるのはちょっと現金かな。

「果実酒を漬けるのと手法は同様だ」
「へー」

果実って、梅酒とか?そういえば前に母親が作ってた時あったっけ。
よく見てないから作り方はわかんないけど、こういうのも材料とかできっと変わってきたりするんだろうな。

口に運ぼうとするグラスを止めた手に、何だろうと顔を上げたと同じタイミングで
「もう少し全体を混ぜてから呑んだ方がいい。コーヒーリキュールは原液故に度数が強い」
そう言って心配してくれる表情に、嬉しくて仕方なくなる。
「了解ですっ」
一口目は生クリームと牛乳が混ざった白い部分だったから甘くて美味しい、だけだったけど、このまま白い部分だけ呑んじゃったら確かにその後が辛いかも。
クルクルとマドラーを混ぜてから口に含む。

「ん、おいしっ!」

これもまたお酒でもコーヒーでもないみたいに感じる。デザートみたいに甘くてグイグイ呑めちゃいそう。
だけど、分は弁えてるからゆっくり味わう。それはずっと忘れてない。

片付けを始める俯き顔を眺めながら、私ここに来た時からずっと義勇さんのこと好きだって思ってるんだなって、しみじみとした。
実感したからこそ、好きだけじゃ上手くいかないんだってことも、改めて思い知ってる。

「少し強くなった」
「え?」
これまた唐突な発言に、とっさに訊き返してしまった。
「アルコールだ。以前の名前なら例え甘味が勝っても、度数自体はきつく感じていた筈だ」
「…そう、なんですか?」
自分ではわからないけど少しは成長してるのかな?だったら嬉しい。
「じゃあ、呑めるカクテルもちょっとは増えた、かな…?」
「そうだろうな」
「えへへ」
我慢出来ずに出た笑い声に、不思議そうな顔をしてて、そっか、突然笑い出したらその反応になるかもって思って口を開いた。

「今までは酔ったら困るし、呑みやすいからってオレンジ系のばかり選んでたけど、呑みたいカクテル、実はたくさんあるんです」

だから、もしお酒に強くなっていってるならそれが呑めるようになるって希望になるから、とても嬉しいなって思った。
だけど義勇さんは、片付けしながらも怪訝な顔をしてて、何でだろう?って今度は私の方が不思議な顔になる。

「酔っても構わないんじゃないか?」

質問なのか、それとも言い切ったのか、わかんない台詞にも。

「え、でも……」
「カクテルは元々微酔を楽しむものだ」
びすい?って思ったと同時に
「お前は酔わないようにと常に気を張りすぎだ。それではカクテルを100%楽しんでいるとは言えない」
言い切られてしまって、確かに言う通りかも、とは思った。
「…でも、この間みたいになったら……」

蘇ってきた息苦しさと気持ち悪さと、割れそうに痛かった頭に居た堪れなくなる。

「あれは特殊な事案だ。俺のせいでもある」
「そんな!義勇さんのせいじゃっ」

真剣な紺碧色と向き合って口を噤んだのは、指先が触れたから。
いつもより冷たく感じるのは直前まで水を使ってたからかな。

「もうあんなにはさせない。責任は持つ」

ドキドキしちゃう。その言い方。わざとじゃないってわかってるのに。

「だから」

深くて優しい青に捉えたまま動けない。

「酔った名前を見てみたい」

そう言って頬を撫でる手の甲は、指先より少し温かかった。

「…え、っと?」
「伝わらなかったか?」
「……あー、いえっ」

一気に冷や汗が出てきて必死で考える。
義勇さんが言いたいのは、酔ってもいいってこと。そういえば私、あの酔い潰れちゃった時以外は、ほんとに酔わないように意識はしてた。
それも義勇さんは、見抜いてたってこと。
でもそれは帰りの電車もバスもあるし、それだけじゃなくて歩かなきゃいけないし…。

「帰りは送っていく」

考えてたことを全部見抜かれたみたいで、また心臓がドキッとした。

「今日くらい、呑みたいカクテルを好きなように呑めばいい」
「……あ、でも…」
「何と言おうと、どのみちその足で歩かせるつもりはない」

やっぱり義勇さんって優しい。そう思った。思った瞬間嬉しくて、でもちょっとわかりづらかったなっていう気持ちで笑顔になってしまう。

「じゃあホワイト・ルシアン呑んだら、次のカクテル頼みますねっ」

思いついたままの言葉を返したら、「ん」って小さく返してくれたあとバックバーに向かう背中はいつもの制服じゃないからか、ちょっと可愛く感じた。

だけど、その優しさは優しさのままで受け止めて、やっぱり自制すれば良かったって思ってる。

強くなったって言ったってそんなのほんの少しの変化で、劇的なものじゃない。

陽が沈まないうちから呑み始めたのもそうだけど、気が弛んだ状態で呑み干したホワイト・ルシアンは次に呑みたいカクテルを考えてる間に完全に回ったみたい。

「私思うんですけど、ほんとはあの家の子供じゃないのかなぁって」

気付いたらそんなことを口走っていて、少しぼやけた視界で見た義勇さんはなんとも言えないって顔してる。

「妹は母親に似てるし、姉は父親に似てるけど、私だけどっちとも似てないんですよね。っていうか誰とも?」
「昨日見た分では、母親にも妹にも名前の面影は感じたが」
「じゃあ中身だけ特別変異なんですかね〜?あははっ」

私が意味もなく笑ってるときって、大体義勇さんはスルーする。
寂しくなったのもそうだけど、単純に重くなった頭は背中を丸めてカウンターへ付けた。

おでこに感じる冷たさに、なんでこんなこと話し始めたのかって、ちょっと冷静になる。

昨日の今日だから、やっぱり自然と話題は母親のことになって、どんな印象だったとかそんなことを話したあとだった気がする。

「すぐに一緒に住むのは、やはり難しいだろうな」

多分、何かを感じた義勇さんはそう言って、私はフワフワした頭のまま返した。

「いざという時は強行するのも手ですよっ。親なんか関係ないし」

なんて、すごい軽いノリで。
でもそれがすごく嫌だったみたい。

「関係ないとは思わない。将来的なことを考えれば尚更だ」

ちょっとだけ口を曲げながらそう言われて、よくわかんないけど勝手に喋り始めてしまった。

「親の過保護が重い」
「もっと自由になりたい」

ってそんなことを、すごいつらつらと。

でも、結構いつも、そう思ってる。
私だけ、母親といつも衝突するし、だいたいいつも浮いてる気がした。
お姉ちゃんと妹の趣味とか好みは似てるけど、私だけどこか違うし。考えれば細かいこと、気にしなくてもいいことなんだけど、でもやっぱり、そこまで母親が私に入れ込む理由って何?って思っちゃうし、正直この不自由から解放されたいのが本音。

だけど、口に出したのは間違いだったって思う。

「……私、酔ってますね…」
「そうだろうな」
「ごめんなさい」
「何故謝る?」
「だって……」

楽しく酔ってるならとにかく、家族の愚痴とか言い出すのとか、それだけでつまんないしめんどくさいと思う。
しかも、義勇さんにとって"普通"は憧れで、私が抱える不満は全部贅沢なものなんだって、表情を見て気付かされた。

だから、顔を上げられないでいる。
正直消えられるなら、すぐにでも消えてしまいたい。それか義勇さんの記憶を消してしまいたい。

「酔った時が人間の本性だと言うが」

息を呑んだ。
やだな、失望したとか言われたらどうしよう。っていうか言われてもおかしくない。

「お前は酔っていようが、自分以外を貶したりしないんだな」

すごく優しい声色に表情が見たくなって、気付いたら顔を上げてた。
目が合った瞬間、細まる目蓋になんだか無性に泣きたくなる。

「……そう、ですか?」
「そうだ。自覚がないのか?」

考えてみても、わかんない。というか勢いで言った言葉達を正直全然、覚えてないし思い出せない。

「でも、母親のことすごい嫌だとか…」
「それは主観だろう。感じることは悪いことじゃない。名前が嫌だと言っていたのは、過保護で口うるさいという部分においてだが、それに関しても理には適ってると認めていた」

言ってる意味がすぐには理解できないのは、酔いが回ってるからじゃないと思う。

「客観的かつ高い識見は母親に似てるんじゃないか?」

でも、その優しい言葉にはやっぱり涙が出そうになった。どうにか鼻を啜って誤魔化そうとしたのに、涙は流れてない目尻を拭う人差し指で、誤魔化し切れてないってすぐにわかった。

「名前には名前にしかない苦悩があるだろう。俺に気遣う必要はない。酔いに任せてでも話せばいい」

本当に優しくて、あったかい。そう思ったら、涙じゃなくて笑顔が零れる。
でもすぐに口唇を噛んでから、言葉を出した。

「それならバーマンさんはっ!?」

身を乗り出したからビックリされたのもわかるけど、やっぱりここは引けない。

「バーマンさんにしかない悩みとか、苦労とか!私も聞きたいです!」

大丈夫、酔ってるからって変なこと言ってない。だって、ずっと思ってたことだから。

「どうせ酔っ払い相手だからとか、そう思って話してください!バーマ」

移動してきた人差し指をまた口唇で挟んじゃったって思った瞬間、

「呼び方」

ちょっとキツめの口調で言われて、どういう意味か考えた。

「へ?」
「またバーマンと呼んでいる」
「うそ!呼んでました!?」
「呼んでた」
「ごめんなさい!」

あれ?もしかしたらほんとにすごい酔ってるかも。全然覚えてないし思い出せない。
だけどフッて笑う口元と、下口唇を撫でてから離れた指先に、心臓は速くなってく。

「何が訊きたい?」

きっといつもみたいに気を張ってたらすごく狼狽えて、答えが出る前に呆れ顔をされてたと思う。

だけど、今は―…

「義勇さんが話したいことです。私に知ってほしいこと、全部」

落ち着いて言えたのは、間違いなく素面じゃないから。

でもお酒が入ってるからだけじゃないっていうのもわかってほしくて、せめて意識はちゃんとしてるって示そうと紺碧色に向き合う。
ちょっとだけ驚いたその瞳は、何かを考えるように伏せられて一点を見つめた。

「何となく漠然としたものは浮かんでいたが、ようやくわかった気がする」

間を置いて、多分そのまま続くんだろうなって思って待ってみたけど沈黙が続くから、これは私から反応すべきなのか迷う。

迷っているうちに出された

「何故、俺には何も知らされなかったのか」

その言葉は、すごく悲しみを帯びてた。

「親を亡くしたあと、そんなことを思った。姉はずいぶん前に死期を知らされていて尚、俺には知られぬよう気丈に振る舞っていたが、それが納得できなかったんだろうな」

内容をちゃんと理解するまでに時間がかかったけど、その分、"納得できなかった"その意味も少し噛み砕けた気がする。

多分、お姉さんと悲しみとか寂しさとか、同じように分け合いたかったんじゃないかな。
だけどお姉さんもご両親も、義勇さんのことを考えて、言わないって選択をしたんだとも思う。
きっと本人もわかっていて、でもやっぱりって想いは燻るから、そんなに寂しそうな表情をしてるのかもしれない。

「だから、嘘がないお前に惹かれたんだろうな」

それはすごく優しくて、でも聞き逃してしまいそうなくらいか細くて、嬉しいより、愛しいって気持ちが湧き出た。
同時に、申し訳ないっていう感情も。

「……バーマンさん」

言わなきゃって思った。
"嘘がない私"が好きだと言ってくれたのなら、尚更このまま隠してヘラヘラなんてしてられない。
訝しんでる紺碧の目はちょっと怖いけど、言葉を選べなくて傷付けてしまいそうで怖いけど。でもちゃんと、言わなきゃ。

「本当は、母親にやめときなさいって、言われました」

多分、今言わなきゃ、私ずっと言えなくなっちゃう。

きっと傷付くかなって思ったのは一瞬で、
「そうだろうな」
即答したバーマンさんは涼しい顔をしてる。
「……え?」
「俺に親がいないと知ったからだろう?」
余りにも的確な台詞に、頷くことができなかった。
だけど涼しい顔は崩さないままで続いた

「"普通"はそうなる。予測できていたことだ」

諦めに近い口調には、何でかわからないけど悔しさが込み上げる。

「でも私、そんなのやっぱり関係ないと思うんです!だから母親にも言いました!絶対別れないって!」

また勢いに任せて出した本音だけど、その紺碧色を柔らかくしてくれるから、ほんとに私は何も考えないでそのままのことを言った方がいいのかもしれないって思った。

「だから強行を提案したのか。名前らしくないとは思った」
「……あー、あれは、確かに。でも半分、本気です…」

今はまだ、母親も好きにしなさいって泳がせてるつもりだけど、きっと考えてる。

今日も家を出る前に冷ややかな視線を向けられたのもそう。

すぐに私が、母親の撒いた種につまづいて、予告した壁にぶつかること。そしたら勝手に別れるっていう期待をしてるのも何となくわかる。
だけどもし、想定より長くこの関係が続いたら、きっと小言が始まって、最終的には私が諦めるまで説得という名の説教に変わる。
そうなったら駆け落ちでもいいかな、なんて結構本気で思った。

「それくらいバーマンさんのこと好きだって、知ってもらいたかったから」

普通だとか普通じゃないとか、あっちがこう言うからそうしようとか、そんな風に流されるんじゃなくて、私は私の気持ちに従いたい。

柔らかくなったはずの瞳がまた何か言いたげに窄まって、あれ?って思った瞬間、

「呼称を変えてからもう一度同じことを言ってくれないか?」

不満気な声色に口元を咄嗟に押さえた。

「あっ」

流れたのは微妙に気まずい沈黙で、何でこう大事なところでヘマしちゃうかなって後悔が押し寄せる。

「義勇さん…」

しかもさっきと同じことって、結構恥ずかしいかもって思ったら

「あの、…好きです」

それしか言えなくなってた。

これって意味違くなってない?告白してるみたいじゃんって思ったら、顔が熱くなってくのが止まらなくなって俯く。
それでもすぐに顔を上げていたのは、

「俺も好きだ」

真っ直ぐに返してくれるあったかい紺碧色を見たかったから。

「……えへへ」

我慢しきれなくなった笑い声にも目を細めてくれて、義勇さんとこのままずっと一緒にいたいなって、強く思った。

「何を呑む?」
「…え?でも、やっぱりもう…」
だいぶ酔ってるしって言い掛けたのはすぐに止める。
「酔った名前をもっと見たい」
そんな風に言われたら、断るなんて選択できない。
「…あ、じゃあ……」
どうしようかなって考えるまでもなく、1つのカクテルが頭に過ぎった。

「ブルー・ムーンを呑みたいです」

多分っていうか、絶対にその紺碧色の影響。

ちょっとだけ眉を顰めた義勇さんには慌てて続けた。

「あのっ青色のカクテルって、そういえばそんなに呑んだことないなって!」
そんなにというか、最初の頃に呑んだブルー・ハワイだけかも。
「でも調べてみたら結構度数が高いのが多くて諦めてたから…、今呑んでみたいなって思いました!」
それにちょっと、カクテル言葉も伝わったらいいな、とかいう気持ちもある。

「今日は絶妙なところでカクテル言葉を選んでくるな」

だからドキッてした。それがすぐに伝わってるのに。
カクテルだけでもかなりの種類があるのに、そのひとつひとつのカクテル言葉を覚えてる義勇さんの記憶力ってほんとにすごいと思う。

「わかりました…?」

カクテル言葉を義勇さんみたいにカッコよくは使いこなせないけど、心の深いところにあるものをどうしても伝えたかったから、ブルー・ムーンを選んだ。
だから喜んでくれるかなって期待から顔が綻んでいくんだけど、裏腹に何とも言えない表情をしてるのが不安になる。

あれ?私、間違ってないよね?ブルー・ムーンのカクテル言葉は…

「その告白は受け入れられない」

至って冷静な声で、空気が一気に冷えた気がする。

「え!?」
「或いは、貴方には相談できない。ブルー・ムーンは誘いを断るためのカクテルと言われている」
「へ!?えぇ!?違います違います!え!?だって私が調べた時はっ」
「プルフェタムールから来たカクテル言葉だろう?」
「ぷるふぇ?」
「材料とされるバイオレットリキュールの名称だ。そこに焦点を当てたカクテル言葉は、断りとは真逆の意味を持つ」

……あれ?どういうこと?じゃあ、合ってるって、ことだよね?

「カクテル言葉はひとつとは限らない。ここぞという時に使うのは勧めない」
「あー…エックス・ワイ・ジーの時みたいにややこしくなっちゃいますもんね…」

全く悪気はなかったんだけど、黙り込んでしまったその表情にちょっと焦った。

「でも!ほらっこうやって!話せば解決するから!大丈夫ですっ!」

カクテルグラスを手にしたのを見て安心したの束の間。

「詳説すると、ブルー・ムーンの色は青ではなく紫だ」

それは、もしかしてちょっと拗ねてるかもって思うような口調で、弛んでいく頬に力を入れる。
それもすぐにバックバーに向かったからニヤけちゃったんだけど、じとっとした目で振り返る義勇さん。
そうだ、鏡ついてたんだったって思い出した。
両手で口を隠した私に、恨めしそうな顔は無言でまたバックバーに向けられて、ふっと小さく吐いた息はそのまま止まる。

「カクテル言葉に関しては、俺も同様に感じている」

ちょっとだけ速くなった口調も、その意味自体も、隠そうとできなくなった喜びは、鏡越しにはっきり見えるように笑顔で伝えた。


BlueMoon
幸せの瞬間




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