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 小さい頃から、文章を書くのが好きでした。
何故かと訊ねられれば、それほど大きな理由はありません。ただ強いて言うなら、紙と筆しか自由に使えるものがなかったからでしょうか。

 将来は誰もが知る文豪に、なんて、そんな夢を見ていた日もございました。
そうしたらお金が儲かるからです。……そんなことを直球で書いている時点で私に才能がないのは重々承知の上で、あえて文頭を書かせていただくとするなら、あのですね。

 目が覚めた時、目の前にいたのは天狗でした。

驚きませんか?

驚きますよね?

想像してみてください。
貴方は寝ています。
良く寝たなぁとか思って目が覚めたら、いるんですよ。天狗が。
真っ赤な顔をしてそれはそれは鼻の長い天狗が。さぁ、どうしましょう。

逃げる
死んだふりをする

私は咄嗟に二つの選択肢しか浮かばなかったので、後者を選びました。

何故そちらを選んだのかって?
簡単なことです。昔から得意だったので。白目を向くのが。
これはもう敵を欺ける得意技だと自負していました。私にとっての必殺技です。

それなのに、あからさまに気まずい雰囲気が流れたあとで、不思議なことを言うのです。その天狗。

「儂は熊じゃないんだが……」

というかまず喋ったんです。しかもちょっと困ったように、というか呆れながら。それはもう驚きでしょう?

戻した黒目で見えたのは、良く見れば天狗のお面でした。ということは人間です。

これはとてもお恥ずかしい。

私ったら焦りから勘違いをしていたようです。

赤くなった顔を隠すためにそのお面を譲っていただきたい。結構本気で。

「言葉が通じるなら最初からそう言ってくれませんか!?思いっ切り騙されました!」
「お主が勝手に勘違いしただけだろう。儂は何も言っていない」

至極尤もな回答をくださいました。これはもうぐうの音も出ません。

「ぐう……っ」

本当に出ないのか試してみたら出るには出ました。ということは、これはぐうの音しか出ませんの間違いです。

「ここで何をしている?」
「見てわかりませんか!?」
「わからないから訊ねている」
「そうですね!考えてみたら私もわかりません!ここはどこですか!?」

辺りを見回しても木と木と木しかありません。
ということは森でしょうか。

「狭霧山だ」
「なるほど山ですか!言われてみればそんな気がしてきました!」

山だから木ばかりなのは頷けますね。うんうん。

「で、私はどうしてこんなところで寝ていたのでしょう?」
「儂が知るわけなかろう」
「それもそうですね!」
「目が覚めたのなら帰れ。陽が暮れれば本物の熊が出るぞ」
「出るんですか!?」
「あぁ、出る。山を下れば鬼も出るが」
「鬼も出るんですか!?それどっちにしても絶望的じゃないですか!」
「だから早く帰れと言っている。今なら完全に陽が沈む前に人里には出られるだろう」
「……。帰、る」

呟いてみて、思い出しました。

「すいません!帰るところがないんです!」

そうだ、思い出したんですよ。

「私、実は家出してきたんです!もうあんな家いられるか〜って!一大決心して!なので拾ってください!」
「断る」
「早くないですか!?もっと考えましょう!?」
「考えるまでもない。お主に何があったかは知らんが儂には詮なきことだ」
「詮なきことじゃないですよ!今私を助けてくれるのは天狗さんしかいないわけで!」

そう。うすうす気が付いてたんですけど、私ここまでどうやって来たか覚えていないのです。
だから当然どこにどうやって帰ればいいのかもわからないうえに、やっぱり帰りたくないんです。

「このまま放置されたら私は熊か鬼かどちらかのご飯になりますが大丈夫ですか!?」
「知らん。それが嫌なら早く帰れ」
「帰れないんですよおお!どうやってここまで来たか覚えてないんです!」

こんなこと言ったらヤバイ奴だと思われると思ったから言わないでおこうと思いましたが、背に腹は代えられません。
そういえばだいぶお腹も空いてます。

「ちょっとでいいのでお家に置いてくれませんかああ!?ほんとにあの!寝るところがあって時々お風呂に入れて毎日美味しいものが食べられればそれでいいんで!!それだけでいいんで!!あ、お茄子は嫌いなのでそれはちょっと勘弁してほしいです!!」
「謙虚なふりして随分と注文が多い奴だな」
「そんなことはないですよ!?それに家事手伝いはできるのでむしろ戦力です!拾って後悔はさせません!」
「儂はお主を拾うつもりはない」
「……ぐう」

なんということでしょう。はっきりと断られてしまいました。本気でぐうの音しか出ません。

「だが」

差し出された手はしわくちゃで、でも分厚くて、温かそうです。

「仮宿なら提供しよう」

その言葉に泣きそうになって、恐る恐る触れた予想以上の温かさには堪え切れず泣いていて、

「泣いてるのか……?」
「ぐうっ」

結局のところ、肝心な時でもそうなんだなって思いました。


やっぱりぐうの音出る

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