short | ナノ






出逢ったのは、大学2年の頃。
勧誘されたサークルに、たまたまそこにいたのが義勇だった。

参加理由が印象的だったから、最初の自己紹介から全部鮮明に覚えてる。

"中学から付き合ってた彼女に浮気されて捨てられた"

両脇で保護者みたいに付き添う伊黒くんと不死川くんの説明を、当の本人は心ここにあらずみたいな表情をしていて、聞いていたかも定かじゃないし記憶にすらないかもしれない。

サークルなんて活動内容は本当に遊びの一環みたいなもので、合法的にお酒が飲めるようになった私達は先輩に連れられて色んなところに行ってたけど、暫くしても義勇は溶け込むこともなくて、いつも暗い顔してた。

だからある日の飲み会で酔った勢いのまんま、私が絡んだのが始まり。

あんまり覚えてないけど、とにかく元気を出せって内容で励ました気がする。

そこから顔を合わせると話すようになって、何となくそういう雰囲気になって、付き合うようになった。

劇的な出逢いでもないし、ドラマみたいな展開もない。今の今までそんなの体験したことがないけど、でもそこに不満はなかった。

義勇なりに私を大切にしてくれてるのは伝わってきてたし、私も義勇との関係を何より大事にしてきた。


だけど今は、何ていうか―…


「今日彼とホテルの最上階でディナーなんですよぉ」

仕事中にも関わらず嬉しそうにメイクを直す姿を思い出して、溜め息が出てしまう。

強がりじゃないと思ってたけど、多分相当、羨ましいんだろうな。

誰が何と言おうと、あの子は幸せで輝いてる。

それは変えようのない事実だ。

いいな。

その言葉が浮かぶ度、なんだか酷く惨めに思えて力任せに寝返りを打ったところで、扉の動く音が聞こえた。
開けた主なんてわざわざ起き上がらなくても知ってるから、そのまま目を閉じる。
無言で隣に横になるのはもう慣れたもので、特に何も言わない。
あぁ、やっと仕事が一段落したんだろうなってことだけは考えた。

一緒のベッドに入っても、ドキドキしなくなったのはもう随分と前からだ。

結婚すらしてないのに倦怠期の夫婦みたいなこの関係を、こういう時無性に寂しく感じる。

だって、くっついて寝ることすら、もう何年もしてない。

認めてしまえば余計に寂しくなって、意を決して向けられた背中に寄ってみる。

久々の温もりを感じるより早く、

「疲れてる」

全てを拒否する一言に心臓が痛くなった。

「ごめん」

別にシたいわけじゃないのに。

そう言えばきっとこの不満が態度に出て、義勇は嫌な顔をする。
それがわかってるから言わない。

ぶつかって解決しないことを、わざわざ取り沙汰す必要はない。

「おやすみ」

定位置に戻って目を瞑る。

大丈夫。
別に義勇に他意はない。

本気で疲れてるからそう言ったんであって、別に嫌だとかそういう意味じゃない。付き合いが長いから知ってる。
そうやってわかりづらい思考をどうにか読んで、ここまで一緒に暮らしてきたんだ。

悲しくなんかない。寂しくなんてない。

鼻の奥がツンと痛くなるのを気が付かないふりして目を瞑った。

起きてるとロクなことを考えないからもう寝る。

そう決めたと同時に背中に感じる温かさに、心臓はいとも簡単に動いていく。

「…ぎゆ」

覆いかぶさってくるその意味がわからないほど子供でもないから受け入れた。

"その行為"を、特別に感じたことは余りない。

好きかって訊かれれば正直そうでもないし、じゃあ嫌いかって訊かれたらそれも違う。

それが人間の素直な欲求だし、望まれるならいいかなって。そんな程度。

義勇もそこまで、それ自体を好きじゃないみたいで、出したら終わり。
特に会話もなく、そのまま寝るだけ。

だから余計に、寂しくなる日がある。今日は特にそう。

律儀に着けたゴムの処理をしている後ろ姿に抱き着く勇気なんてもうなくて、脱ぎ散らかした衣類を回収した。

「先に寝てて」

その一言が精一杯で扉を閉める。

勝手に溢れる涙が絶対に見られないであろう浴室へと直行した。

こんなに悲しいのは、疲れてるせい。

そう言い聞かせたからか、シャワーで洗い流すまでもなく涙は止まった。


未来をしよう


今日もまた、同じ朝を迎える。

隣で寝てる存在を起こして、適当に用意した朝ご飯を食べて、特に会話もないまま会社に行く準備をして、先に家を出るスーツ姿を見送り、私も少し遅れて出社する。

「おはよう」

会社で偶然鉢合わせても他人みたいに挨拶をするのは、この関係を公にしていないから。

大学の同窓、しかも恋人同士で同じ会社に就職する。

それを良しとしない企業は多いと他方から聞いたのと、結婚制度目当てだと思われたくなかったのも手伝って、最初から隠すことに決めた。
その時はまだお互いに実家に住んでいたから何も問題はなかったし、同棲すると決めた時、新居を知らせたのは義勇だけだから、今でも気付かれてない。

本当はもう別に周りに知られても構わないんだけど、改めて言うタイミングもなくてそのまま。

結婚もそんなものなのかなって、ちょっと思った。

結局、私達の関係を周りに知らしめる必要性もないから、その話題も上がらない。

義勇はそれでいいと思ってるだろうし、多分私もそれでいいと思ってた。

「で〜、ほんっと昨日のホテルが素敵で〜」

始業を告げても話を終わらせようとしない彼女の甘ったるい声を右から左に流して、ただ仕事に没頭する。

いいな。

思ったって仕方ない。羨んだって現状は変わらないんだから。

私が選んだ道はそれなりに幸せだ。

そうやって、折り合いをつけるしかない。

未来なんて、考えるだけ無駄。どうせ先のことなんてわからないし、多分ここから劇的に変わることなんてない。


「苗字さん、なんか元気ないですねぇ」

右横から覗き込んでくる顔に、甘ったるい香りが鼻を掠めた。

「そう?普通だけど」
「あっ!もしかして〜!」

嬉々としていく表情に比例して、嫌な予感が込み上げていく。
こういう時ってほんとにこの子ロクなこと言わ

「おめでた、だったりして〜?」

ほんとに。最悪。

「いや、ないでしょ…」
「え?なんでですか〜?相手がいるんだからなくもないじゃないですか〜?」
「ないから」

これまで一度だって、そんな可能性感じたこともない。

「もしかしてめちゃくちゃ避妊してるとか?苗字さん真面目ですもんね。私なんていつ彼の子できてもいいようになーんもしてませんよ?」

きょるん。みたいなアホっぽい効果音が似合うほどに傾げた頭は可愛い可愛い。はい可愛い。
いつもは同調するおっさん達がこの時ばかりは赤面してるのもついでに可愛いって思っとく。

「あー、でもお腹出るのは式のあとにして欲しいなぁ。人生最高のプロポーションで挑みたいし」
「そう」
「聞いてくださいよ〜。私3kg痩せたんですよ〜」
「そう」
「でも彼が〜、これ以上痩せたらダメって〜。おっぱいが「ねえ」」

強い口調になってしまったのは、打ち損じたせいで止まった仕事の流れのせいだ。

「ごめん、仕事してくれる?」

だけどできうる限り、私の中で優しく返したのは偉いと自画自賛したい。

「は〜い」

大人しく戻っていく姿に溜め息は我慢して、立ち上がる。

「ちょっと席外します」
「…おお」

別に威圧したわけじゃないのに恐縮する隣のおっさんには目もくれず部屋を後にした。

「…はああああああ」

恨み節に近い盛大な溜め息を吐いた瞬間、軽く起きた眩暈で壁に寄りかかる。

確かに体調はあまり良くないかも。

自然と思い出した日付に、あぁPMSか、なんて冷静になった。

それはイライラもするし無駄に悲しくもなるか。

突然切れ散らかさないように気をつけなきゃな。この間もそれで義勇に当たっちゃったし。

「……はぁ」

何だか、すごく疲れた。

ちょっと自分を甘やかそう。このままじゃ駄目だ。
明日は休みだから癒しを探しにどこかに行こう。家でゆっくりするのもいいけど、多分義勇もいるだろうから、結局三食作らなきゃいけなくなるのはめんどくさい。

──…めんどくさい、か。

一緒に住み始めたころは毎日おままごとみたいで楽しかったのに、いつからこんな気持ちになったんだろう。

あぁ、駄目。完全に深みにはまってる。
考えること全てが後ろ向きだ。こんなの私じゃない。

ひとまずトイレに行って、仕事へ戻る。

そう決めて、気合いを入れ直した。

* * *

気合いを入れ直したっていっても、ただただハリボテの元気で取って作った自分。
持続性は低いし、吹けばすぐにでも飛んでしまいそうなくらい軽いから、どうにかこうにか騙し騙しで時間を過ごすしかない。

でもそういう時ほど、弱り目に祟り目って感じで、大体畳み掛けられる。

それは無事に午前を乗り越えた気で向かった社員食堂で起こった。

配膳を待つ一列の中に、見慣れたスーツ姿を見つけるだけ見つけて、最後尾に並ぶ。
ここで一緒に食事なんてしたことないから、会話すらも皆無だ。
お互い存在だけを認識して終わり。今みたいにあっちは気付かない時だって多い。

「何食べます〜?」
「うーん、今日の日替わりは鯖の味噌煮か〜」

列の前で部署の人間達が話してるのを聞きながら、自分が今までボーッとしていたことに突然気が付いた。

「あ…」
「どうした?」

振り向いた係長には苦笑いしか返せない。

「財布、忘れました」
「マジか」
「ちょっと取ってきます」
「え〜?遅くなっちゃいません〜?私立て替えときますよ〜?」
「ううん、大丈夫。大きいのしかないから返すの月曜になっちゃうし」

断った理由はそれだけじゃないと、自分でもわかってた。
でも素直に好意を受け入られるほど彼女みたいに純粋じゃないから、言い訳を作って一度デスクまで戻った。

それを後悔したのは、食堂に戻った時。

もうほとんどの社員が席に着いていて、様々に食事を取っているのを横目に配膳台へ向かった。
それほど離れていないテーブルにまた見慣れた背中に気付く。自然と探したのは、もはや癖なんだろうな。
お昼に何を食べたかによって夕飯のメニューも決まってくるし、でも今のこの角度じゃ何を食べてるかまでは見えないから通り過ぎる時、確認させてもらおう。

そう思ってたから、トレーを両手に抱えながら近付いてみた。

向かい合わせには、義勇と同じ部署の女性がいて、その横には多分上司だっけ?何度か見たことある渋いオジサンがいて、あれ、珍しい、と即座に思う。

あ、鯖の味噌煮。一緒だ。

一瞬嬉しくなった心は、

「そういえば冨岡さんって彼女いるんですか?」

その質問にドキッと音を立てた。

何でこのタイミングで?

まるで私が聞き耳を立ててるみたいじゃん。いや、立ててるけど。今まさに。

相変わらずマイペース故に空く間に、足を動かすことができない。
いや、でもわざわざ聞かなくたって答えなんて…

「いない」

小さくて、ともすれば周りに掻き消されそうな声。

それは直接耳に届いてしまって、再発した眩暈に硬く目を瞑った。

どういうこと?

いないって、言ったよね?

聞き間違い?

いや、でもはっきり言ったし、はっきり聞こえた。

私は?

ねえ、私は―…?

「へー、そうなんですね」

興味なさそうに返す女性に、また返答しそうな気配を感じて早々に足を動かす。

とてもじゃないけど聞いていられない。

どうして?

何で?

どういうこと?

グルグルと回る頭の中、

「あ〜苗字さ〜ん、こっちこっちぃ」

無邪気に呼ばれて、正気に戻る。

誘導されるがまま席に座ったと同時に、向けられる群青色の瞳をどうしても見られなかったし、そのあとで周りから上がる笑声に、何も喉に通らなかった。

だけど、ずっと言い聞かせてた気がする。

取り乱しちゃ駄目だって。


好かれたいから 疲れたり
嫉妬心で また苦しんで
折り合いつかない 弱音と意地
どっちも譲らないよな



SUPER BEAVER
"人間"より抄出


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