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この世は何て言うか、千万無量で複雑怪奇。
だから有り得ないなんて有り得ない。
広大な宇宙には宇宙人だって居るかも知れないし、UFOに乗って地球へ遊びに来てるかも知れない。
魑魅魍魎な妖怪だって探せば何処かに居るかも知れないし、今この時も見えてないだけでお化けも…それはやめよう。何か怖くなってきた。

とにかく、そう。
世の中に"絶対に〜はない"というのは絶対にない。可能性に満ちている。って昨日?一昨日?担任が目を輝かせて話してた。
でも"絶対にないって事が絶対ない"って言ってる時点で矛盾してるよねって、思ったけど口に出さないであげた私は先生想いの良い生徒。
だからちょっと今学期の成績、上乗せしてくれないかな。
じゃないと両親から雷を落とされるのは確実で、このままでは高校最初っていう大事な大事な夏休みが亡きものにされてしまう。

「ワンワンッ!」

鳴き声で我に返って、今何について考えていたかを考える。

そうそう、成績の悪さじゃなくて、世の中は何があるかわからないなっていうのを実感してたんだ。

いつもと変わらない犬との散歩コース。
ちょっと生い茂った林に囲まれた坂を下りて、川縁に向かおうと歩いていた所だった。
ミシミシって木が軋んだ音がしたなって思ったら、斜面から降りてきた…、正確には多分転がってきた"ヒト"を前にして、呆気に取られている今現在。

見た所、宇宙人ではないし、多分妖怪の類でもない。
あ、でもわかんないな。うつ伏せで伸びてるから顔を上げたら、のっぺらぼうだったとかあるかも。

「ワンッ!」
「ちょっとやめて。あんま刺激したら怖いし…」

リードを引っ張ってみても興奮冷めやらず吠えまくる姿に、でもそうだよね、そうなるよねって思う。

怪しいもん。明らかに。

こんな所から落ちてきたのも、そのまま倒れてるのも、それに何よりそのカッコも。
多分着物っぽいの羽織ってるけど、普通のじゃなくて半分柄が違う。
赤紫っぽい無地に、黄色と緑の柄物、これ何だっけ?四角が集まってるような和柄の、何とか模様。
…ダメだすぐ出て来ない。っていうか多分考えても出て来ない。
とにかくそんなのを着てる上に足元は足袋に草履。もうそれだけで既に時代錯誤感が凄い。
こんな田舎でも、皆ちゃんと靴くらいは履いてる。田植えと梅雨の今の時期は、ほとんど長靴だけど、ださくても靴は靴だ。
それでもただ歩いてれば、そういう和服が好きな人なのかな、くらいにしか私は思わない。私はね。
5軒隣の噂大好きばあちゃんに見られたら30分後には"侍が居る"って噂になってる。
いや、これ侍のカッコなのか知らないけど。
それはまぁ置いといて、噂もとりあえずどうでも良いとして、この状況はどう見ても関わり合いになりたくない、なってはいけない存在なのは確か。
じゃないと"侍の友達"って噂の的になる。私が。
この人が侍のつもりじゃなくてもそうなってしまう。
髪の毛長いからぱっと見女の人かと思ったけど体格的に多分男の人っぽい…?

「…う…っ」
唸った。そんでちょっと動いた。
「ワンッ!」
「シーッ!行くよ!」
逃げなきゃ。ってか離れなきゃ。出来るだけ自然に。存在を察知されないうちに。
物音を立てないように去ろうとしたのに
「…ご、っほ…!ゲホッ、ガハッ!」
めちゃくちゃ噎せてるからつい立ち止まってしまう。
大丈夫なのかなこの人。
いや、だって見回しても辺り一面田んぼしかないし、通行人より鳴いてる蛙数える方が早いし、此処で何かあったら折角気に入ってる散歩コース変えなきゃいけなくなる。
「……あの〜、だいじょヒィッ!」
これはあれ。途中から悲鳴。
自分で言ってから笑ってしまいそうになったのは心の中だけで、

「………水を…くれっ…」

今にも死にそうな声なのに掴まれた足首のめちゃくちゃな力強さに今から知らん顔して逃げるという道は断たれてしまったと、顔は引き攣ってしまっていた。



わん はんどれっど えいと



「世話になった。俺の名は冨岡義勇。鬼殺隊の隊士をしている」

自己紹介を始める"トミオカギユウ"さんにへー、そうなんですかーって心の中で答えた。
RPGとかのゲームで出てくる台詞みたいだなってちょっと思ったけど、どっからどう見ても立体なのは間違いない。
言語もわかるから、やっぱり宇宙人とかじゃない。
名前からして多分日本人。あと物の怪の類が化けてなければ多分人間。
「ワンッ!」
「タンジロッ吠えないっ」
「たんじろう…?何処かで聞いた事がある…」
「タンジロです」
微妙なニュアンスの違いを指摘したけど、頭を押さえるトミオカさんの表情は真剣で、多分こちらの話は聞いてない。
ふぅ、と溜め息を吐いた。
何でかって、これからどうしようかなって犇めいてるから。不安が。

この"トミオカギユウ"さんは、何故此処に居るかの記憶がない。
覚えてるのは自分の名前と職業と、あといくつかの断片的な記憶だけ。
鞄に入れていたペットボトルの水を渡すと一気に飲み干してから
「俺は何故、此処に居る?」
って真面目に訊かれて
「知らないです」
としか言えなかった。
あとその水、犬の粗相用のです、というのも。
いや、でも大丈夫、綺麗だから。いつもの使い回しならとにかく、ペットボトルも今日丁度新しくした奴だし、水道水も家を出る直前に入れて、しかもまだ使ってなかったから全然問題ない。
でも言わなかった。何となく、気持ち的に。

それで、その"トミオカギユウ"さんは訊いてもないのに何か良くわかんない身の上話を始め出して、思ったのは全力で怪しい人なんだなっていう事。
カンザブロウとか言うカラスが居ないとか意味わかんない事しか喋ってない。
これは私じゃなくてお巡りさんの出番だなってスマホを取り出した所で
「何だそれは…!?」
エライ形相で刀みたいなの抜く出すし
「…ウゥ―ッ!ワンワンッ!」
それに対して犬は余計吠えるし、何コレ、コントか。
「スマホですスマホ!知らないんですか?」
暴れられても困るので両手を上げた所でトミオカさんの目が飛び出してしまいそうなくらい見開かれた。
「……それは何だ」
「だからスマホ…」
今度は何をそんなに驚いてるのか気になって画面に目を向ければ、指が触れたのか勝手にカレンダーが開かれてる。
「その算用数字の羅列は見た所、暦か…?」
わあ、何かすごい昔の人っぽい言い方。
そっか、そうだ。トミオカさんのカッコと喋り方を見るに剣士とかそういうのなんだ。そうだそうだ。わかったぞ。そしたらスマホにも驚くし刀も抜くよね。

「ワンワンッ」
「タンジロッ!」
「ずっと鳴いているが、構って欲しいのか?」
「威嚇してるんです。顔見てわかんないんですか?」
めちゃくちゃ眉間に皺寄せてるし歯も剥き出しになってるんだけど。
「…バウッ!!」
「タンジロッ!!」
ほら、手出そうとするから噛まれそうになってちょっとビビってる。
「…そのスマホとやらだが」
「はい?」
「暦をもう一度見せて欲しい」

どう返事しようかなって迷った。

だって多分この流れ、日付見てビックリするパターンでしょ?絶対。
私流石にそこまで付き合えないよ。
あ、待てよ?
もしかしてこれってテレビでやってるあれ?川と田んぼしかない田舎者は不審者にも優しいのか、みたいなそういう実験みたいな的なやつかも知れない。
だから普段は人には吠えないタンジロもこんなに吠えてるのかも。
そうかも。そうに違いない。そうで在って欲しい。
「…いいですよ〜」
出来るだけ自然に振る舞いながら目を動かしてカメラ的な物を探してみる。
ぱっと見わかんないけどやっぱあっちの雑木林が怪しい。
「…これは皇紀か?」
「こうき?」
って何?カレンダー後期って事?いやまだ6月だからギリギリ前期かなって言い掛けて
「皇紀ならば二千五百七十三年の筈だ」
その言葉にまた詰まった。
こうきってもしかして元号の事言ってる?
そんなのあったっけ?ヤバイ。もしかして誰でも知ってる有名なやつとか?
でも2573年とか、なくない?
え?もしかして過去人とか思わせて実は未来人の設定?ちょっと難し過ぎるんだけど。反応に困る。
「…えーと、今は西暦2021年、元号は令和です。令和3年」
そう言えばビックリするだろうって思ったのに、全然これっぽっちもピンと来てないみたいですっごい訝しまれてるんだけど、明らかに怪しいのは私じゃなくてそっちだからね?
西暦と元号で通じないってどういう事?宇宙人なの?それとも物の怪?
「ワンッ!!」
「タンジロ!めっ!」
飛び掛かりそうになったのをすんでの所で引っ張る。
危ない。いつの間にかリードを持つ力が抜けてた。
しっかり掴み直す前にトミオカギユウさんの

「元号は大正の筈だ」

言った意味を理解するのに必死で、放れるリードも飛び付いていく犬も、止める間がなかった。

* * *

「すいませんでした」
不器用ながらその右腕に包帯を巻いてから、頭を下げる。
「気にしなくて良い。それに噛まれた瞬間、何かを思い出しかけた」
「じゃあ記憶戻ったんだ。良かったですねー」
「思い出しかけたと言っただけだ。思い出したとは言っていない」
「…あー、へー、そうですか…」

庭で吠え続けてる犬に心の中でバカって悪態を吐いた。
アンタががっつり噛んでくれたお陰で家に入れなきゃいけなくなったじゃないか。
しかもこんなになってもテレビカメラが駆け寄って来ないから、これは企画とかそういうんじゃなくて、この人はガチにそうって事。
下手に刺激出来ないって考えるとさっきから冷や汗が止まらない。

「此処はお前の屋敷か?」
「そうです」
「何処かで目にした事があると思ったが、構造か。俺の屋敷と似ている」
「…サヨウデゴザイマスカ」

慣れてない言葉遣いに棒読みになってしまったけど、トミオカさんは気にする事なく辺りを見回してる。
でもこの家、築百年以上の古民家だし、そこら辺は鋭いなって思った。
流石、大正時代からやってきたという人。…多分、ヒト。
ひとまず大正から来たお客さんとして適当に話合わせてれば機嫌良くしてどっか行ってくれるよ多分。それが一番平和的解決。
駄目だったら隙見て110番しよう。
そう考えながら救急箱を閉じた所で、姿勢を伸ばして座り直す姿を見た。
真剣な目つきに多分、これってアレだなって考える。
自分は大正時代から来ましたみたいな、そういうの。

「これから俺が話す内容は到底通常では受け入れがたく、場合によっては妄言を吐き散らしていると判断されてもおかしくない事は自照している。だが紛れもなくこの身に起きた事象で嘘偽りない真実だ。それを踏まえた上で耳に入れてくれ」
「…はあ」

どうやって驚こう。
あんまり大きな声出すのはわざとらしいけど、黙るっていうのもちょっとな。
言葉が出なくなるほど驚いた事ないから表情作るの難しい。

「まず、この世には鬼というものが存在する。千年以上もの間、増殖を続けているがその存在を知る者は余り多くはない。所以はその生態と習性が大きく関係している。鬼は陽光を嫌い、人間を主食とする為」

何かすごい話し始めちゃった。どうしよう。
その刀がニチリントウとかいう名前で鬼はケッキジュツを使うとかまた良くわからない単語出てきてる。
「そしてどうやら恐らく、俺は鬼による血鬼術にかかっている可能性が高い。今現在の暦は皇紀二千五百七十三年、元号にすると大正二年に相当すると認識しているが、他の記憶も曖昧なため、その確実性が揺らぎ始めている」
「…はあ」
あ、私にこう言って欲しいとかいう感じなのかな?
多分そういう事だよね?
「それってタイムスリップとかそういう事ですか?」
「…たいむすりっぷとは何だ?」
おおう、横文字はあかんですか。
「時空とか時代を飛び越えちゃったとかそういう…んーと、過去から未来にきちゃった、とか?」
わざと視線を逸らして考えるフリしてからチラッと見てみる。
「………」
黙り込んでから真剣な表情に変わっていくのを瞬きで応えた。

「考えとしては面白いが、現実を考えるとやはり血鬼術にかけられている線が濃厚だろう」

うっそ。ふつーに否定されたんだけど。
どういう事?
私は何をどうしたら此処に正解を見付けられるの?
これはもう渋ってないで国家権力を出動させるしかない感じ?

「それを踏まえ、折り入って頼みがある」
「…はあ」
これダメだよ。ダメなやつ。聞いちゃダメだし嫌ですって断固として拒否しなきゃいけないやつ。

だって

「俺に血鬼術をかけている鬼の頚を斬るまで、此処に潜伏させて欲しい」

絶対そうなると思ったもん。

宇宙人でも妖怪でもなくて見た目は普通の人間だけど、その中に棲まう魔物が一番恐ろしい。
そう、死んだばっちゃが言ってた。


だから
知らない人は家に入れちゃダメ



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