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生きるのに疲れた。 大体にして産まれてきた環境が悪かったんだと私は今とても思うのですよ。 両親が事業に失敗して首を吊って、一人娘だった私はその借金も責任も齢十六で負わされ何をどうしてどうやって生きろという話。 なので両親と同じように括るしかないと縄に首をかけようとした時、音も立てず現れたその人は 「死ぬつもりなら丁度良い。私の血に耐えられるか実験台になれ」 そう言うと私の返事を聞く事もなく首元に何かを突き刺した。
無惨様と死にたがり
「…正直やった!死ねる!と思ったんですよ…!」 「………」 無言でベン、ベンと琵琶を弾き続ける鳴女さんは私に見向きもしない。 首に刺された痛みと苦しみは今も覚えてる。 身体中に巡るその血とやらが全身に回るにつれ意識が遠のくのを感じて、きっとこれが『死』なんだと思っていたのに、目覚めたのは見知らぬ部屋の中だった。 しかも人間じゃなく鬼というものになって。 それが一週間前、身の上に起きた話。 私を鬼にしたという無惨さんって人は此処、無限城から外へ出そうとしないから鳴女さんしか話し相手がいないのに、ずっとその全てが無視されてる。 「余計に死ねなくなっちゃったんです!どうしたら鬼って死ねるんですか!?何でこんな丈夫なんですか!?逆にめっちゃ生き辛くないですか!?生き辛いですよね!?何回首吊っても死ねないんですよ!?そんな話があります!?」 ほぼ八つ当たりに近い恨み言を吐いても返ってこない答えに抱えていた膝に顔を埋めるしかなかった。 「どうしたの?」 背後から聞こえた声に勢い良く振り返ったのは、無惨さん以外の声を初めて聞いたからだ。 「俺で良ければ聞くよ?」 ニッコリと微笑ってから開かれた両目には上弦、弐の文字。 これまで感じた事のなかった柔らかい雰囲気に 「鬼はどうしたら死にますか!?」 間髪入れずに訊いた。 「…最近お気に入りがいるって聞いてはいたけど、もしかしてこの子がそう?」 視線が鳴女さんに移ってその頭が頷く。 私がどんなに話し掛けても反応すらくれなかったのに…。 「鬼はどうしたら死ねるんですか!?」 詰め寄る私にその弐の人は「君、死にたいの?」と笑顔で返してくる。 「死にたいです!」 本気さを訴えるために即答したのに何故か笑われた。 「変な子だなぁ。だからお気に入りなのか」 うんうん、と勝手に納得してるだけで私の質問には答えてくれない。 「もしかして……鬼って死ねないんですか!?」 だから無惨さんを始め誰もその方法を教えてくれないのかも知れない。 教える教えないの問題じゃなくその方法がないとしたら? 「嘘でしょ!?死ねないとか困るんですけど!私永遠の命なんてこれっぽっちも望んでないんですけど!?」 「…何か勝手に勘違いして叫んでるけど、死ぬ方法ならあるよ?」 「本当ですかぁ!?どうやって…」 言い終わる前に背後にする気配で、その場の空気が変わった。 すぐに鳴女さんと弐の人が頭を下げたのに遅れて振り返れば無惨さんの姿。 「童磨。余計な知恵を与えるな」 「余計な知恵ってなんですか!私には知る権利があります!大体無惨さんが私の意思を無視して鬼にしたのが問題であって!」 「黙れ。お前の権利や意思など私の前では痴愚で無意味なものだ」 「…ちぐってなんですか?」 無惨さんはたまにこう難しい事を言う。 「愚かでバカって事だよ」 「童磨」 多分名前だと思うけど、それを呼ぶだけで弐の人が黙る辺り、此処の一番偉い人なんだっていうのは何となくわかる。 でも私は私で黙れって言われても黙ってるわけにもいかない訳で。 「そうなんですよ!おろかでバカだから早く死にたいんですよ!死ぬ方法があるならこっちで勝手に探すんでいいです!」 そう言って無惨さんに背を向けて歩き始めた筈だったのに気付いた時には小脇に抱えられていた挙句、行きたい方とは反対方向に進んでいた。 「貴様の意見は聞いていない。部屋から出るなと何度言ったらわかる。再生出来ぬよう両足を切断してやろうか」 「そしたら死ねますかね!?」 「歩行出来ぬようになるだけだ。それで良いなら望み通りにしてやろう」 「死ねないなら嫌です。私苦しみたいんじゃないんですよ死にたいんです。死の苦しみは良いですけど死なない苦しみは絶対嫌です」 「死にたがりも此処までくると愚の骨頂だな。私が折角鬼にしてやったというのに」 「だから頼んでないってば!」 パシッと音を立てて開けられた襖と同時、その中に放り込まれた。 受け身を取れず転がる私に無惨さんは冷たく見下ろす。 「私以外の鬼と話すな。空の脳味噌に不要な物を詰め込んでも愚にも付かない」 それだけ言ってまたパシッと閉められ、一人になった。 此処には、何もない。 布団と机と、椅子。それだけ。 鬼として目覚めたその日から私に与えられた部屋。 何度も首吊りをしてみたけど、苦しさで失神するだけで目が覚めてしまい七回目で流石に諦めた。 首を吊っても死ねないのなら他の方法を探すしかないとさっきみたいに抜け出して色々探し回っているけれど、無惨さんに見つかって強制送還されるのをずっと繰り返してる。 でも今日はやっと手がかりを見つけた。 確か…なんだっけかな…どう…、どうまとかいう人。多分そんな名前の人。 あの人は鬼が死ねる方法を絶対に知ってる。 これは絶対に訊き出さなきゃならない。 襖に耳を押し当てて無惨さんの気配が遠ざかっていくのを感じてからそっと襖を開けた瞬間、血みたいな赤い目と視線を合わせてしまった。 「ぎゃあああぁぁぁあ!!!」 その場に尻餅をつく私にその目が細くなる。 「うるさい」 「だってそこに!居るとか!こっわ!!」 確かに気配は消えたのに。 「貴様の考えてる事など手に取るようにわかる。身動きが出来ぬようにするぞ」 「それは困ります!」 「ならばこの部屋で大人しくしていろ」 「何で私だけ此処にいないといけないんですか?みんな自由に出歩いてるのに」 「鬼として特殊だからだ。私の呪いもその死にたがりの精神とやらで無効化させた。ややもすると…」 その先は黙り込む無惨さんに湧いて出た疑問を口にする。 「呪いってなんですか?」 「私に歯向かえば死ぬ「めちゃくちゃ良いじゃないですか!歯向かうってどうすれば良いんですか!?」」 無惨さんは何故かはぁ…とわかりやすく溜め息を吐いて続けた。 「呪いが正確に発動していれば貴様などとっくに死んでいる」 「え!?何で!?私そんなに歯向かってます!?」 「…皮肉なものだ。死を切望する故に死せる術を排除するとは」 「…何言ってるんですか?ちょっと意味がわからないんですけど」 「とにかく貴様は此処から出るな」 つい口を尖らせた私に、無惨さんは更に目を細め見下ろした。 「不満そうな顔だな」 「だって…暇なんですもん。此処、何にもないし。じっとしてると色々考えちゃって…ダメなんです。更に死にたくなるんです」 暫く流れた沈黙も 「…死にたがりの気が紛れるものを用意しといてやる」 そう言って閉められた襖をもう一回開けるかどうか散々迷ったけれど、今日の所は諦める事にした。
鬼はどうやったら死ねますか?
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