オーバードライ
1.



「薬師寺は髪の毛」
切らないの?と遅れて大浴場から出てきたばかりの佐藤は談話室のソファーに座る俺に言う。
標準的な男児の長さのその髪は生乾きで、いつもよりボリュームが小さく見える。

「べつに切らないわけじゃねえよ、まあ…なんだ特にこだわりもないしな」
俺は視界の隅に映る毛先を弄りながら応えた。

談話室には俺と佐藤の他に泉と草野がいて、三人でテレビを観ながら駄弁っていた。
「ふーん、あ、ねえテレビ、ニュースに変えてもいい?」佐藤は俺の隣に腰かける。
「いいぞ」
テレビをBGMくらいにしか考えていなかったから泉たちと快く了承した。
「ありがとう」
リモコンを手に取った佐藤は、今の時間何チャンだったかな、なんてきっとわかっているだろう疑問を一人言のように言いながらチャンネルを変えた。

佐藤はチロチロと視線を画面にやりながらも俺たちの駄弁りに付き合っていた。

課題が残っているからと泉が、疲れたと言って草野が自室に帰ると、ぽつりぽつりとした俺と佐藤の会話とテレビの音声が談話室に響いた。

ニュースが休憩に入りCMが流れた。
「ねえ、髪ってさ、傷まないの?」「は?」
突拍子もなく佐藤が訊ねてきた。
「あ、ああリンスのCMかこれ。さっきと全然違う話いきなりするから何事かと思ったじゃねえか」
ちなみにさっき俺たちは小学生の頃理科の時間で育てた青虫あるあるを語っていたのだ。詳しくは割愛する。

「うん、で、その辺りどうなの?」興味津々といったように、佐藤は俺の目を真っ直ぐ見据えた。
「それなりに傷むな、けどまあそんな弱い髪質じゃねえし。たまに毛先切ってちゃんとトリートメントすればどうってことない」
「へえ…ねえ、触っていい?」
物好きなやつだなと思ったが悪いやつでもないから「ああ」と佐藤の側に体を寄せた。
手を伸ばした佐藤は髪ではなく俺から目を離さなかった。とても照れくさくなったので目を反らしたら佐藤の手が俺の髪に触れた。
髪の毛の束を人差し指と親指で擦るように弄ったあと、ふむふむといったふうに手を離した。

興味が満たされたのか嬉しそうに目を細めた佐藤は
「ほんとだ」と言った。何がだよと返す。
「細くはないね。それに、すごい癖毛だ」
癖毛の話はご法度だろと他人事のように思った。
何より触覚的な感想より視覚的な感想の方を強調されると、さっき恥ずかしくなった俺が間抜けみたいじゃないか。

「俺たちもそろそろ戻るか」ぶっきらぼうに言うと
「そうだね」とにこやかに佐藤が言った。
じゃあおやすみ、と言って別れた。

明日も早い。



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