お前と同じで俺たちの




「今日は風が強いな」
ベランダに洗濯物を干しながらぼやいた
妻が出ていってから数ヵ月したがこんな家事も俺がしなければならないというのは少し億劫だ

「やべえな、そろそろ時間だ」
そんなに急ぐ必要はまだないのだが、なんといっても今日はあのジョー・ギブソンを従えたシャイアンズ戦だ
先発として出る俺はこの風が投球に支障をきたさないか、それが不安だった

といってもここは高層マンションの割りと上の部屋であるし、地上はさほど風が吹いていないかもしれない
その予想も的中し、球場に着いた頃には風のことなどすっかり忘れてしまった


試合は見事に勝利した
やはり本田のあの一発がでかかっただろう
ギブソンの死球を受けた本田とは、明日病院に行くという約束も立てて家に帰った


風呂上がりにビール缶を片手に2つずつ、どっかりとソファーに腰掛ける

今日の本田を思い出した
バットに当たったギブソンの球がぐんぐん上がっていき上空の追い風に煽られ伸びて伸びて客席に吸い込まれていく
甲子園での本田のサヨナラホームランがフラッシュバックし、あの時の夏特有の熱気を肌にまとい、眼と耳で今この球場にいる人間の歓声を味わった

風も味方している、やはり本田を野手転向に導いたのは正解だった
また一緒に野球ができて、同じユニフォームで、あの勝ち誇っているのに優しさをも感じられる笑みを近くで見られることの喜びといったらそりゃあもう……

ハッとなりベランダに目をやると干してあるTシャツがハンガーから取れかかっていた
落としてしまうと面倒だし、明日着る服もないので急いで洗濯物を取り込んだ

朝、7時半
呑んだ割には目覚めがよかった
約束の9時には余裕だが外を見ると雨がザンザン降りだ
渋滞が予想されるというニュースを信用し、食事を軽く済ませたあと家を出た




◆▼▼▼▼
「なあ本田、吾朗がなアメリカに行っちまうぞ」白河岩は水に濡れ、夕陽で煌めいていた
「……あの日風がなかったら、お前のホームランはフライ止まりだったか?」1月の空気は、濡れてしまった手に凍みる
「お前がホームラン打たなきゃ、ギブソンは危険球なんて投げなかったか?」

ただの岩はなにも語らず、口もなく

「結局どれが正しいとか、俺がわかってたまるかよ」

送り出してやろうか、俺たちの息子を


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