現在と思春期な心?

ごろん、と寝がえりを打った。
身体から力を抜いて寝ようとする…のに、寝れない。
諦めて、瞼を上げた。

電気を消した部屋は暗い。
ベットの横のカーテン越しの窓を見ても、まだ外は暗かった。
明日も学校がある。
寝なければいけない…でも、寝れない。

最近寝つきが悪い。

…原因は分かるような、分からないような曖昧なもの。
だから、僕は見ないフリを決めていた。
それは、今までも味わったことがある、後味が悪い嫌な気持ち。
………今は、まだ、大丈夫だ。

ベットサイドにある携帯に手に取る。
携帯を開くと、ライトが眩しい。
時間を確認すると、三時二十八分だった。

(…微妙な時間だ。)

ぼんやりと思い浮かんだ彼女の顔。
アドレス帳から、彼女の名前を探す。

新規作成で、メールを開いた。
すみません。こんな夜遅くに、と打って、メールを閉じて、携帯も閉じた。

やめよう。
きっと彼女は寝ているだろうし……。

そんなことを思いつつも、手が勝手に再び携帯を開いて、アドレス帳から彼女の名前を出してしまう。

(……ほんの少しだけ。)

ぽち、と着信ボタンを押した。

プルプル
コール音が静かな部屋に、小さく響く。


(…切ろう。)

僕は電話を切った。

…寝よう。
例え寝れなくても、目を瞑って横になれば身体は休まる。
その内、寝れるだろうし…。

僕はそう自分に言い聞かせ、目を瞑った。
そのとき、携帯のライトがチカチカ光って、着信音が鳴る。

慌てて携帯を開くと、春野沙良と出ている名前。
僕は携帯を耳に当てた。

「もしもし?テツヤくん?」
「…。」
「あれ?テツヤくん?もしもーし?」
「あ、はい、もしもし、名前ちゃん?」
「だいじょーぶ?」

寝ていただろうと思われる、少し掠れていて低い声が聞こえる。
彼女はきっと、かけ直してくれたんだと分かった。

「…寝れなくて、…起しちゃって、すみません。」
「ううん〜だいじょうぶ。私も、そいうことある。」
「名前ちゃんもですか?」
「うん、寝れなくて、無駄に起きちゃうんだよね。明日学校あるのに寝なきゃーとか思うのに、寝れない!みたいな。」
「僕も今そうなっていました。」
「ふふ、じゃあ話す?眠気が来るまで。」
「いや、名前ちゃんの声が聞けたので、だいじょうぶです。」
「…ほんとに?」
「…四割本音です。」
「半分もいってないのに、寝れる訳ないよ。」

彼女は拗ねたような声で、気遣わないでよ、と言った。

「…すみません。」
「ぶっぶー…そこは、嬉しいぜ!マイハニー!って返すところなのですー。」
「嬉しいぜ。マイハニー。」
「…あ、言っちゃった。」
「え、そう言えって言ったじゃないですか。」
「いや、冗談。突っ込んでほしかった。…テツヤくんって、けっこう真に受けるとこあるよね。」

彼女はすごい棒読みだったけど、と笑う。

「…それは名前ちゃんの方だと思います。」
「えー?そうかなぁ?」

わざとらしい声に、僕はもう一度言った。

「真に受ける名前ちゃん、とても可愛らしくて、一つ一つに真剣な名前ちゃんが好きです。」

電話の向こう側、息をのんだような音が聞こえた。

「……ありがとうございます。」

しばらくの沈黙の後に、ぼそり、と彼女は言った。
恥ずかしさと照れくささ、そんなものを含めた声の音色に、じわじわと胸が温かくなる。

「名前ちゃん。」
「うん?」
「好き、名前ちゃんのことが好きです。」
「…私だって、好きだよ。テツヤくんのことが好き。」

その彼女の言葉が、声が、心地が良い。

「もう、いっかい。」
「え?」
「もう一回、言って下さい。」
「うん、好き。テツヤくん、好きだよ。」
「もう一回。」
「テツヤくん好き。」
「もう一回、呼び捨てでいいですから。」
「…て、テツヤ、好き。」
「名前、好き。」
「…好き。」

彼女から呼ばれる名前、彼女から言われる好き、その二つのことがとても心地が良く、瞼が重たくなってくる。

「…テツヤ、好きだよ。」
「…ぼ、く…も…」
「テツヤくん…?…」

確認するように呼ぶ彼女の声に返事をしなきゃと思っても、襲ってくる睡魔に逆らう事は出来なった。

「……ふふ、大好きなテツヤ、おやすみなさい。」

完全に意識を持って行かれる前に、すごく心地が良くて、嬉しくて、安心して、ドキドキするような、声と言葉が聞こえた。



「すみません。電話の途中で寝てしまって…」
「ううん、大丈夫。」

彼女の体温を右手に感じながら、最近日課となりつつある、彼女との登校。

「…嬉しかったから。」
「え?」
「テツヤくんの役に立てたなら、嬉しい。」

彼女はくしゃ、と子どもみたいに笑う。

「私我まま言ってばかりだし、助けられてばかりだから…少しでも、テツヤくんのために何かしたい、と思う。
だから、また寝れなかったり、何かあったら…ううん、なくても、いつでも電話してね。」

聞いたことがある言葉。
…僕が以前、彼女に似たような言葉を言った。

見上げられる瞳は真剣で、僕のことを考えてくれているんだ、と分かる。

「はい、分かりました。
します。いつでも。名前ちゃんに電話しますね。」

僕は自分に言い聞かせるように、言った。
…大丈夫、名前ちゃんがいる。

あんな気持ちはすぐ忘れる。

「絶対だよ?」
「はい、絶対です。」

頷けば、彼女は安心したように、ふんわり、と笑う。
その笑顔を見て、僕も頬を緩めた。

(…名前ちゃんがいる…だから、だいじょうぶ。)
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