「ああ…」
「アホだ」
「もう癖なんだよ、仕方ないよ」
「変な癖作んなよ」
彼女は唸りながら、タイトル画面に戻っていた。どうやら敵と戦う前に、セーブしてあるらしい。しばらくロード中の画面で、暇になったんだろう。彼女はスナック菓子を摘まんで、スマホに指を滑らせている。恐らく、攻略のヒントでも見ているんだと思う。彼女はゲームが好きだが、ガチ勢と言うよりもエンジョイ勢寄りである。
「あ」
「……」
「黛くんウェットティッシュ…」
「……ここ」
「えー…」
「今いいとこ」
新刊は読み始めたばかりだが、なかなかいい感じだ。丁度世界観に入り込もうとしたときに、彼女に声を掛けられた。別に、それに怒ったとか、気が逸れたとかではない。けれども、手を離したくない。俺はベッドサイドを指差して、勝手に取っても構わないと示す。仰向けになって本を読んでいると、彼女にときどき目が悪くなると注意される。まさに、今でもちょっと批難を含んだ目で俺を見つめている。
「じゃあ、ちょこっと上を失礼します」
「ああ…」
ベッドが音を立てた。彼女は丁度、俺の顔の上を躊躇いなく覆いかぶさって来た。思い切り影になって、暗くなった。左手は身体を支えるために、俺の顔の横に置かれている。彼女は右手を伸ばして、やっと目的ものをゲットできたらしい。ぺりぺり、とウェットティッシュの封を開ける音がした。そのままウェットティッシュ持ってけばいいのに。何というか、…無防備だよな。
別に、付き合ったばかりの頃のように好きな奴が自分の部屋に居ることとか、自分のベッドの上に座ってることとか、そう言う事に動揺したり、興奮したりはしない。……しないけど。
ここまで無防備な胸元を見せ付けられれば、……まあ、……仕方ないと思う。ちらちら、させ過ぎなんだよ。
「…お?おお?…どうしたの黛くん」
「……」
彼女の背中を捕まえながら、身体を起こせば簡単に彼女は俺の膝の上に座ることになった。膝立ちにでもなるかと思ったが、結構すとんってなった。やっぱり、無防備だ。
「…名字」
「は、はい」
「…」
「…」
ヤるぞ…いや、ヤリたくなった…なんて、言えるわけがない。雰囲気とは、ムードとは。とりあえず彼女を隙間なく抱きしめてみた。ぴた、と固まった彼女が動いて、戸惑いながらも俺の背に腕を回す。
「…え、えっと…す、するってこと?」
「…その、方向で」
彼女の肩に埋めていた顔を上げると、彼女と目が合う。彼女は小さく笑った。なにそれ、変な言い方って。うるせぇよ、じゃあどうやって言うんだよ、と俺がぼやけば彼女は逃げるように、視線を逸らしやがった。
「名字も分からないんだろ」
「……そ、そもそも黛くんこそのいつその気になったの」
彼女にむっとして言い返されて、口ごもっていると、いきなり彼女にキスされた。
「…」
「…黛くんの所為で、そういう気分になったから……」
この言い合いはとりあえず休戦して、致そうと言うことらしい。腑に落ちない気もするが、恥ずかしそう誘って来る彼女の姿に悪い気はしなかった。結局のところ、俺も彼女も互いに甘いのだ。
「名字こそ、その気になったんだよ」
「えっ」
「……」
「……じゃあ、せーので言おう。お互いに言うなら、恥ずかしくないよ」
「…分かった」
「いくよ?せーの」
「黛くんに抱き締められたとき」
「……」
「まゆずみくんっ!」
「…なんか、わりぃ」