Swingsso beautiful yet terrific.

「あ、今度の休み友達と旅行行こうって話してて」
「…へえ」
「温泉行くの!」
「いいな」
「うん、贅沢に二泊三日にしようかって」
「へえ、楽しんで来いよ」
「えへへ、楽しみ」

こんな会話をつい先日彼女とした。
彼女に話を振られたときに、なんて返せばいいか少し迷った。
行くんだ、と断定系で言われれば、行ってこいと返せるが、
微妙な感じで言われると、行ってきてもいいと俺が許可を出すような形で言って欲しかったのか。
いや、わざわざ俺に許可とかいらないし、きっと彼女も同じようなこと考えて、曖昧な言い方にしたのかもしれない。

旅行のためにわざわざ服を買ったり、身体のケアをしたりと、彼女は気合十分だった。
久々の旅行が嬉しかったのだろう。

俺はそんな彼女を送り出して、久々の一人の休日を満喫することにした。
朝遅めに起きて、適当に朝飯なのか昼飯なのか微妙な飯を食って、
平和ボケしたお昼番組に目を通したら、途中読みだったラノベを手に取って誰にも邪魔されず、
一人の時間を堪能していた。

そして、夜になって彼女が作って置いてくれた夕飯を温めて、食べて、片付けて、風呂に入る。

「…」

髪も乾かして、歯も磨いて、あとは寝るだけ。
寝る前に、もう少しと俺はラノベを開いたが、何度も文字に目を通しても、
頭に内容が入ってこない。
結局、一ページも廻らずに、栞を挟んで本を閉じた。

リビングが落ち着かない。
リビングに居るときは、今日一日興味のないバラエティ番組やニュースを垂れ流しにしていないと落ち着かなかった。
夜になると、垂れ流しにしていても落ち着かない。

俺はラノベを読むことを諦めて、自分の部屋へ戻ることにした。

おかしい。
俺と彼女は寝るときの部屋は別々だし、彼女だって特に静かと言う訳でもないが、目立ってうるさい訳でもない。
彼女の部屋の前に立ってみる。当然のことながら、気配も、物音も何も聞こえないし感じない。

「…」

朝、彼女のメイクポーチを触るあの独特の音がしなかった。化粧品が触れ合う、カチャカチャとした音。
昼間、出かけようとか、お昼何食べる?とか彼女に言われなかった。
夜、彼女の風呂に入る音がしなかった。ふわり、と香る風呂上りの匂いも。

今日一日、彼女の生活音を一切聞いていないし、気配も感じていない。
一人で過ごすことも、静かなことも、嫌いではない、むしろ好きな方だ。
苦手でもない。…でも、どうしても物足りないと感じてしまう。
それくらい彼女との生活は俺にとって当たり前になっていて、馴染んで、普通なんだ。

彼女は居ないのに、彼女の存在だけを感じる。俺は久々にケータイに触れた。

「…もしもし?」
「はーい。もしもし?千尋さん?」
「…明日何時ごろ帰ってくるんだよ」
「え?
 うーん、だいたい、そっちに着くの十八時くらいかな」
「分かった。じゃあ、俺駅まで行くから」
「ええ、大丈夫だよ。わる」
「外に出る用があるから、ついでだから気にすんな」

…そうだ。むしろ気にされたら、困る。
電話越しで助かった。こんな顔見られたくない。

「そう?じゃあ、お願いしようかな。…お願いします!」
「ん。…なあ」
「うん?」
「旅行どう?」
「もっちろん、楽しいよ!
 …千尋さんは、久々のお一人様どう?」
「うるさい誰かさんが居ないからな。満喫中」
「ええ、私そんなにうるさくないよ!」
「ゲームとかで奇声上げるだろ」
「それは…あ、うん、分かった」

彼女の声がふと遠ざかって、彼女の友達だと思われる声が聞こえた。
どうやら、そろそろ寝るらしい。

「急に電話して悪かったな」
「え、いいよいいよ!大丈夫!でも、そろそろ寝るね!おやすみなさい!」
「うん、おやすみ」

少し迷ったけど、言った後すぐに電話を切った。
ツゥーツゥーと言う、あの独特の音はあまり夜に聞きたくない。
旅行は楽しい、らしい。…大変良い事だ。

明日の十八時か…。

「…おそい」

思わず零れた言葉に俺は誰も見ていないのに、周りを確認して項垂れた。

「くっそ…、早く帰ってこい。あのバカ」

***

翌日。俺はやけに早く目が覚める上に、気軽に楽しめるラノベでさえも、
楽しめず、もやもやがピークに達しそうだった。
何とか気を紛らわそうと、ゲームやラノベをひっくり返してみるが、
どの内容も彼女に薦めたり、薦められたりで結局彼女のことを思い出してしまう。

外に出て歩き回って、旨そうな店や雰囲気のいい店を見つけると、
彼女が好きそうとか、今度彼女を連れて来ようとか…結局彼女のことに行きついて、考えてしまう。

「……」

ドツボだ。
考えないように、意識をしないように、すればするほど、頭の中が彼女のことでいっぱいになる。

待ち合わせ場所に、バカみたいに早く着いて俺は駅の柱に凭れ掛かった。
周りを見れば、改札の傍の所為か、俺と同じように迎えや、待ち合わせの連中がぞろぞろと居る。
彼女を待っている間、何回もカップルだと思われる男女の組み合わせが手を取り合って、
目の前を去っていく様子に、嫌でも目が行ってしまう。

そして、羨ましい、と言う感情が募っていく。
はやく、…はやく時間が経てばいいのに。でも、彼女の楽しい旅行の邪魔はしたくない。
けれども、また待っている時間がとても長く感じて辛いのも事実。

『ホームについた!』
『改札のとこで待ってる』
『了解!』

睨んでいた画面に移り込んだ彼女からのLINEに、今までにない速さで返す
自分に呆れるが、仕方ない。我慢が出来ない。

「…」

土産袋を持った通行人が何人過ぎたあたりだろうか。
俺はイライラし始めていた。おい、十分経ってるぞ。
いや、ホームから改札までは意外に時間がかかるのかもしれない。
今日は休日で人が多い。

「…」

ケータイに目を通しても、新しいメッセージはない。
その事すらもどかしい。

「…千尋さん!」
「わ、…なんで」

ぽん、と腕を叩かれてケータイから視線を外すと、呆れつつも嬉しそうに笑う彼女が居た。
込み上がってくる衝動を何とか押し付けながら、俺は何とか相槌を打つ。

「もう探したよ!こっちの改札に居たんだね!」
「…あ、ああ」

どうやら俺が勝手に方向を間違えていたっぽい。
…恋人と再会したら、たまらず抱きしめたくなる、なんて気持ちを分かってしまった自分に戸惑いながらも、
無事に帰って来た彼女の姿に満たされた気持ちになっていた。


***

「あのね、昨日実は嘘言ったの」
「うそ?」

後ろへ荷物を乗せて、既に助手席に座っている彼女の話を聞くために、
俺は運転席に戻る。
俺がエンジンを付けると、彼女は暖房を入れた。
続きを促すように視線を向ければ、彼女は寒さを誤魔化すみたいに、
手をすり合わせる。

「旅行は楽しかったよ。本当に楽しかったんだけど、…寂しかった」
「…へえ、そう」
「もう…千尋さんは?」

彼女の言葉に頷くと、彼女は気に入らなかったようで、
拗ねつつも期待したように、俺を伺いみる。
…その視線の運び方は、計算か、癖なのか。俺は未だに見抜けていない。

「…一人は静かで誰にも邪魔されなくて、快適」
「だよね、千尋さ」
「だと思ってたけど、そうでもなった」
「え、今なん」
「帰るぞ」

全てを渡るように口を開けば、驚いた顔をして、嬉しそうに目を輝かせる彼女は…やっぱりうるさい。
だから、俺は彼女の目が苦手なのだ。

そんな彼女の手を取って助手席の方へ身を乗り出せば、
彼女は仕方ないとでも言いたげな顔をして、素直に目を閉じる。
ふと香る彼女の身にまとう匂いに気付くと、今度こそ俺は我慢が出来ずに、俺は彼女を抱き寄せた。

どうやら、俺たちはおあいこだったらしい。





「い、いたい」
「お前シートベルトするの早すぎ」

旅行

- ナノ -