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雛菊サブ見出し

(´・ω・)

桐生くん

【2】
0
「#name2#って、桐生くんとどんな出会いだったの?」
「え、不良に絡まれてるところ助けて貰ったのがきっかけで」
「少女漫画じゃん」
「うん、まあ」
「でも、桐生くんって女の子に人気あるんでしょ?」
「……」
 彼女は言葉に詰まって、思わずガリっとストローを噛んでしまう。友達は楽しそうに目を細めて、わざわざ椅子を隣に寄せてきた。ふわり、と甘い匂いに桐生のことを思い出して、カァと頬が熱くなる。絶対、週末のことは言わない。揶揄われるに決まってる。
「やっぱり、嫉妬する?」
「嫉妬って言うか……まだ遭遇してないから、分かんない」
「遭遇って?」
「桐生くんが他の女の子といるとこ」
「あーそれもそっか」
「うん」
 桐生くんと付き合う前なら、あるけど。桐生に助けて貰ったことがある帰り道で、桐生が女の子と手を繋いで走ってるところを見てしまった。丁度、向かいの道だったため、桐生が彼女に気付くことはなかった。皮肉にも、彼女はそのとき自分の気持ちを自覚した。あ、私、あの男の子のこと好きだったんだ。私も、今のあの子みたいに手を引かれて走った。もう大丈夫だよって、優しい言葉を貰った。いつかまた会えたら、お礼を言えたらいいなって思ってた。だけ、だと思ってたのに。彼女はズキズキと痛む胸を押さえて、家に帰った。
「いやー、#name2#がまさか自分からぐいぐい行くなんてさ」
「ちょっと声大きいって!」
「えー誰も聞いてないって」
 ざわざわと騒がしい昼休みの教室は、誰もが自分の話に夢中になっている。友達は口を押さえようとしてきた彼女の両手を避けて、ニッと笑う。
「で、告白はどっち?やっぱり#name2#から?」
「え、えーっと……」

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 彼女は自分の性格が内向的なことは分かっていた。だから、そんな自分が桐生と結ばれることなんて、100%無理だと思っていた。最初から無謀なことを望んだりしないと決めていたのに。決めていたのに、彼女は風鈴高校の校門に立っていた。正直、お腹が痛いし、気分も最悪。冷や汗が止まらない。せっかく整えた前髪が、額にくっ付いていて絶望した。
 やっぱり、ダメだ。帰ろう。くるっと逃亡を図ろうとして、ぐらっと視界が揺れる。確かに、あがり症だし、緊張しまくりで、本番に弱いけど。まさか、貧血を起こすなんて。彼女がしゃがみ込んで、血の気が引く感覚に耐えていると、足音が聞こえてきた。
「大丈夫?」
 しゃがみ込んだまま、倒れそうになったところを支えられる。寒い身体を強く抱き締められる感覚と、知らない甘い匂い。白いモヤがかかった視界で、鮮やかな柄に目が引かれた。のろのろと顔を上げると、ピンクの髪に、垂れ目の男の子。
「……き、りゅうくん?」
「あ、こないだの」
 桐生は青白い顔をする彼女に眉を顰めて、彼女に小声で尋ねる。彼女は耳にかかる桐生の吐息に、視界が回りそうになる。身体が冷たくて、熱い。このままだと、本当に気を失ってしまいそうだ。
「こんなこと聞いてごめんね。鎮痛薬もってる?お腹痛い?」
「……あ、いや、ただの、貧血で」
「そっかぁ。あ」
 桐生は彼女を支えたまま、振り向くと少し大きい声を出した。
「……だいじょーぶ!オレ見とくから!先、見回り行ってて!」
「……」
 
2
「本当にごめんなさい!」
「いや、オレは全然いいんだけど。君は気分良くなった?」
「は、はい、おかげさまで……」
 彼女は桐生に貰ったペットボトルを握ったまま、項垂れていた。桐生くんに会いに来たのに……いや、会えたけど。会えて迷惑かけるって、最悪過ぎる。本当だったら、街の見回りに行ってるはずだったのに。どうしよう、謝ったのはいいけど。この後、どうすればいいか分かんない。
「えーっと、君は」
「あ、#name1##name2#っていいます。こないだ桐生くんに助けて貰って」
「そうだよね。こないだ絡まれてた子だよね、#name1#ちゃん」 
「……」
 #name1#ちゃん。名前呼ばれた!彼女が目を丸くして、衝撃に耐えていると、桐生は首を傾げる。柔らかい雰囲気なのに、どこか真剣味を帯びた表情に彼女はギクッと肩を揺らしてしまう。
「一人で“ここ”に来るなんて、どうしたの?もしかして、あのときの奴らにまた絡まれたとか?」
「……」
 やってしまった。彼女は両手で自分の顔を覆って、項垂れてしまう。そりゃ、そうだ。冷静に考えれば、分かる。風鈴高校は、他校の女子生徒が一人でわざわざ来るような場所ではないのだ。彼女は今度こそ、どうしようと追い詰められた。桐生くんはどこまでも優しい。私の背景を汲み取り過ぎてる。汲み取り過ぎて、くれてる。
 本気で心配してくれてる相手に、あなたの連絡先聞きにきました、なんて言えない。いや、でも、ここで嘘も付けない。嘘を付いたら、余計にややこしいことになる。
「ちょ、だいじょうぶ?」
「……きました」
「え?」
「桐生くんに会いに来ました」
「……え、オレ?」
 彼女は両手で顔を隠したまま、頷いた。桐生は肩を震わせている彼女に、キョトンとしてから気付いた。
「#name1#ちゃんはなんで、オレに会いに来てくれたの?」
「……お、怒ってないんですか?」
 おずおずと彼女がやっと顔を出す。彼女は目を真っ赤にして、隠しきれないほど涙をポロポロと零していた。桐生はポケットからハンドタオルを出して、彼女の目元に優しく押し当てる。彼女は目を見開いて、ビクッと固まるが、桐生は気にしない。
「え、もしかして、何かオレに謝りに来たの?」
「ち、違います」
「じゃあ、怒んないよ。てか、怒るところなかったし」
「で、でも、見回りに行くの邪魔しちゃって」
「それは仕方ないじゃん?体調崩してる子ほっとく訳にいかないし」
「……いや、あの、体調崩した原因も、その」
 桐生くんに会うの怖くなって、緊張で、貧血起こしました。なんて、言えない。これ以上、ドン引きされたくない。どうしよう。もうここから挽回する方法なんて、ないのに。もう落ちてるとこまで、落ちてるんだから、せめて誠実にしないと。彼女は自然に俯いてしまった視線を上げると、桐生は眉を下げて笑った。
「#name1#ちゃん、めっちゃオレのこと好きなんだねぇ」
「!」
 唇が震える。口から意味のない、言葉が漏れる。指先の感覚がなくなりそうになって、またグラっと身体が傾く。
「わ、危なっ」
「なんで?」
 彼女は桐生の胸元を掴みながら、本音が溢れた。片想いなんて、可愛い感情ではなかった。八つ当たりに近い感情。自分に対しての苛立ちを、なんで一番見せたくない相手にぶつけてるんだろう。
「え?」
「普通、引くよ……いきなり学校まで会いに来て、こんなの」
「あー……うーん、言いたいこと分かんないこともないけど。でも、君は優しい子だから」
「私のこと知らないのに、なんで、そんな」
「知ってるよ。だって、」
 なんで言い切るんだろう。彼女が訳分かんないと顔を顰めると、桐生は懐かしむように目を細める。
「君さ、絡まれてる友達庇ってたじゃん」
「!」
「優しくていい子だなって思ったよ。友達逃して自分が残るだもん……まあ、でも、もうあんなことしないで欲しいけど」
 ぽんぽん、と背中を軽く撫でられる。まるで、あやされているような手つき。彼女はダメだと分かっているのに、ぎゅうと桐生にしがみ付いてしまう。いっその事、振り解いてくれたらいいのに。冷たくしてくれたらしいのに。優しく背中をさすられて、頭を撫でられて。無理だ。こんなの、我慢できない。甘えちゃうよ。

3
「本当にすみませんでした」
「わー綺麗なお辞儀」
「……本当にすみません」
 具合も、メンタルも落ち着いた彼女は、ひたすら地面を見つめたまま謝っていた。桐生は特に気にした様子もなく、元気になってよかったぁと笑っている。ずっと頭を下げている彼女に、桐生は少し迷って彼女に触れる。思ったよりも大きいと知ったばかりの手に触れられて、彼女はビクッと首をすくめる。両頬に触れた手はぎゅむ、と彼女の顔を包むと、そのままぐいっと顔を上げさせてきた。
「うぐ」
「頭下げたままだと、頭に上っちゃうから……ね?」
「……」
 可愛らしく首を傾げられ、彼女はつい流されて、頷いてしまう。桐生はうーんと少し考える素振りを見せて、制服のポケットからスマホを取り出した。
「#name1#ちゃんの連絡先教えて?」
「エッ、な、なんで」
「とりあえずお友達からがいいかなぁって思って」
「え、えぇ!?」
「あはは。めっちゃ元気」

4
「その一週間後、桐生くんの方から付き合わない?って言ってくれて」
「……すごい、なんだろう。本当に少女漫画みたい」
「うん、本当に」
「桐生くんは#name2#のどこが好きなの?」
「……い、一生懸命なとこ、って言ってた」
「マジで少女漫画じゃん……」

2024.06.12 00:15

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