※(年賀企画マジックナンバーの続き)
泉さん。そう呟きながらあの日に受け取った名刺をもう一度じっくりと見る。そう、わたしはあの日からもう一ヶ月も経ったと言うのに未だにこの番号を打ち込むということをしていなかった。お礼もちゃんとしなくちゃ、とは思うのに電話となると話は別だ。たまに廊下ですれ違うけど少し目があって会釈をかわす程度、運が良ければ少し会話もする。なんでメールアドレスとかにしてくれなかったんだろう。電話なんてタイミングが合わないと掛けれないし夜遅くになったらそれこそ駄目だし無駄にコール音が鳴り響くのだって好きじゃない。
「はあ」
泉さんのことがきになるのは事実だし、あの日から泉さんのことを探している自分が居るのも事実だ。泉さん、と口に出してしまえば途端に助けてもらえた時の笑顔がふわりと脳内に浮かんでくるもんだから不思議だ。さて、そろそろお昼でも食べにいこうかな。ギィッと椅子から立ち上がったと同時にぽん、と肩に手を置かれて吃驚して振り替えるとそこにはいつもセクハラをしてくる課長の顔があった。
「苗字さん」
「は、はい!」
「ちょっといいかな」
「……は、い」
嫌な予感しかしないまま部長はわたしを自販機の近くまで連れ出した。あ、ここは泉さんと初めて話した場所だ。
「今日の仕事終わり一緒にご飯でもいこうかなと思って」
「あ、嬉しいのですが…ちょっと今日は、」
「なんの用事?せっかく俺が奢ってあげるっていうのに、断るの?」
じりじりと近寄ってくる部長に心底吐き気がして、そろそろ会社やめようかな、とまで脳裏に過った。どうしようどうしよう、誰か「あ、サイトウ部長おひさしぶりですね」助けを求めた瞬間後ろから声が聞こえて腕をくん、と引っ張られた。
「い、ずみ先輩…」
「泉」
「こんなとこに来るなんて珍しいですね」
「いや、まあちょっと仕事の話をだな」
「へー、こんなところで?」
「なにが言いたいんだ」
「いや、別に。仕事の話のわりにはちょっと距離が近いんじゃないかと、それに彼女も嫌がってるように見えましたが?」
「っ…!」
「仕事の話は終わりですか?ちょっと彼女にお話があるのでお借りしますね」
にっこりと笑っていってるはずなのに泉さんの目は全然笑ってなくて空気がすごくピリピリしていた。手を引かれてロビーの所までいくと泉さんはあの日かと同じようにあったかい飲み物を買ってくれた。「…すみません」と言えば泉さんは「いえいえ」とわたしの顔をじっと見つめてきた。わたしは申し訳なさでいっぱいで顔を見れず手に持った泉さんからの飲み物を見つめるしかなかった。
「こないだ泣いてた理由ってあいつ?」
「…!」
「そっか、ごめんな、あの時ちゃんと聞いてあげればよかったな」
「そんなことないです!!今も、助けて頂いて本当にありがとうございます」
「そんな大したことしてないぜ」
「いえ…!泉さんは部長とお知り合いなんですか?」
「あー、昔同じ部署にいたことがあってな」
「そうだったんですね」
「そん時も被害受けてる子居てさ、ごめん、あいつの下に働いてるって所で気付くべきだったな」
眉を下げて申し訳なさそうにする泉さんにそんなことないです!!と精一杯否定すると泉さんは一瞬目を丸くさせてからこないだみたく優しく笑った。「あのさ、」と口を開いてわたしの顔を真剣に見つめてくる泉さんに変に緊張してなんだか、泣きそうになる。
「俺、苗字さんのこと好き」
「…!」
「もしよかったら付き合って」
「…っ、はい」
「次からは俺が守るんで」
にいっと笑ってそのままわたしの手をとってぎゅ、と握ってわたしにだんだんと顔を近付けてきて反射的に目を瞑ると繋いでいない方の手で頭を軽く撫でられ唇にちゅ、と当たるくらいのキスをした。お互い顔を見合わせてもう一度深くキスをした。唇が離れたあと、なんだかこそばゆくてお互いはにかんで笑いあった。
「てかさ」
そう言って泉さんは黙ったままなので飲み物から目を離して泉さんを見るとひらひらと携帯電話をちらつかせていた。あっ、と思って急いで言い訳紛いな言葉を出すと泉さんは「来るのずーっと待ってたんだけどな」と今度はイタズラっぽく笑った。
「何度もかけようかと思ったんですけど」
「かけてくればよかったのに」
「なんだか、恥ずかしくて」
「でも、これからはいつでもかけてこれんだろ?」
そういいにっ、と笑う泉さんにわたしはどきどきが止まらなかった。