「久しぶりに呑まない?」


驚いた。もう彼の中でわたしなど過去の人間の括りにされてとっくのとんに忘れさられているのだと思ったから。鳴り響いたスマホを手に取るとなつかしい高くもなく低くもない心地の良い声が聞こえてきた。久しぶりに声を聞いたせいか一瞬であの頃が蘇ってくるような、変な感覚。ただただ野球に夢中になっていた孝介に告白して「とりあえず友達から、でもいいかな」なんて赤らめた顔しながら言われた中学2年の終わり。気付けば孝介の方がわたしを好きになっていていつからか当たり前のように一緒にいるようになって、改めて孝介の方から告白された時には嬉しすぎて学校の帰り道人目もはばからずに抱きついた。

高校生になって新生野球部ができて、わたしはマネージャーとして精一杯サポートする日々だった。部活は孝介が3年になって、また新しい新入生が入ってきて活気溢れるものとなった反面、あの頃から彼の中であってなかったようなわたしと野球の優先順位が少しずつ浮き彫りになっていき傍で見ていてわたしもうまく孝介との恋愛が難しくなっていったのを自覚した。どうしても選手とマネージャーとしての越えられない壁はあるんだなぁと中学からずっと一緒だったのに部活の最後の年に実感するなんて皮肉なもんだ。

「ごめん。もう今年最後、甲子園に行くことに専念したい」

「・・・うん。分かってたよ」

夏、前にしてわたしたちは話し合い別れることを決意した。分かってた、分かってたことだけどやっぱり寂しい気持ちは拭えなくてこの時は沢山、千代に泣きついて話を聞いてもらったりしてわたしもようやく気持ちを切り替えて最後の高校野球生活、彼を、彼らを支えることに専念した。部活を引退しても別にヨリを戻すわけでもなく最後はいい関係性だったかのように思う。もちろん、孝介はどう思ってたかは分からないけど。


「いつ?」

「来週の金曜日の夜はどう?俺次の日休みなんだよね」

「仕事終わるの7時位なんだけどいい?」

「俺もその位までだから大丈夫。じゃあその日終わったら連絡して」

「はーい」


ツーツーと無機質な音に切り替わる電子音。なんで、今更。野球部で卒業してから会うのは何回かあったけどその時はどっちかが忙しくて行けないことが多くてなんだかんだ卒業してから会うのは初めてになる。わざとお互い予定合わせないようにしてる?って浜ちゃんから言われたことがあったけどもちろんそんなことはないし、喧嘩別れでもないからその辺は当時のみんなも分かってくれてたことだった。

仕事が終わり待ち合わせ場所までいけば孝介が壁に寄りかかって携帯を構っていた。あぁ、なんだか懐かしいな。近付くと足音で気付いたのかこちらに振り向きなんとも言えない顔をしていた。


「久しぶり」

「うん、元気そうだね」

「はじめ俺の行きたい店いってもいい?」

「全然いいよ」


1軒目に選んでくれたのは個室でゆっくり話せそうなモダンな雰囲気の小洒落たお店だった。お互い1杯目のビールが揃ったところでようやく緊張した気持ちが解けてきた気がする。あ、なんだわたし緊張してたんだ。なんてじんわりとグラスに浮き出る水滴を指先で拭ってふふと笑うと、どうした?と怪訝な顔をされた。


「ううん、なんか楽しいなって」

「もう酔ってんのか?」

「そういうわけじゃないよ」


それからわたしたちは会えなかった時間を埋めるかのように今なんの仕事してるだの、面白かったこと、聞いて欲しいことお互い気の済むまで話してたらもう終電も近くなる時間になっていた。


「どうする?」

「ん〜どうしよっか?ちなみに、わたしは明日も休みなので付き合いますよ」

「オレも休み」

「けどお店ももうやってるところ少なくなってきたね」

「あ〜・・・、んじゃあさうちこっから近くだからくる?」

「いいね!コンビニでお酒買ってこ」


じゃあ決まり!そういってコンビニに寄りコンビニ限定って書いてある酎ハイに惹かれてカゴにどんどんいれていく。デザートをこっそり入れたのを孝介に見つかって怪訝な顔してたけど一緒に買ってくれた。それから今すんでいる場所であろう自宅に招いてくれた。中に入ると予想以上に殺風景でまだ引っ越したてなのかと思うくらい。


「あんまじろじろ見ないでくださーい」

「いや、きれいだなーと思って」

「何もないだけ」

「それはあえて言わないでおこうと思ったんだけど」

「思ってたんかい」


昔となにも変わらないやりとりに付き合いたてのころもこんな感じだったなあ、なんて思い返してたらなんだか切ない。


「氷、このくらいでいい?」

「ありがと」


カンッとグラスを合わせてお互いぐびっと一口呑んでから孝介がにっと笑ってわたしの隣に移動してきた。酔ってるの?と聞けばそういうわけじゃないよと、はじめのわたしの真似してんのか?っていう返事が返ってきた。


「あのさ、」

「ん〜?」

「呑んでる時にいうことじゃないかもしれないけど」

「うん」

「俺たち、やり直せないかな」

「・・・・・・」


呑む手が一瞬で止まった。
別れてからもう何年も経って1度も連絡すらとらなかったのだから、彼の中でわたしが思い出になったのと同じように、わたしの中でももう思い出になっている。・・・はずなのに、なのになんでノーと言えないのか、本当は心の中ではどこかこうなることを期待していたんだと思い知らされる。なんてこんなにも孝介のことが好きなのかわたしでも分かんない。気付けば涙が零れていて孝介はまた困ったように笑いながら指先で拭ってからゆっくりとわたしにキスをした。