「名前〜!!!」

「・・・・・・・・・」


今の状況をざっくり説明するといい気持ちでいい夢を見ていたというのに隣に住む野蛮人がなぜかわたしの上に跨っている。幼馴染とはいえもう高校一年生になる年頃の男女がこうしてるところを御近所さんに見られたらハレンチだと学校に通報されかねない。というよりも重い!チビのくせに無駄に鍛えてるから別の重みが凄いのだ。ちなみにチビっていうとふてくされるから最近では気を使って言わないようにはしている。


「一緒に学校行こ〜ぜ!」

「ねえ、今何時か分かってる?」

「5時半!」

「ふざけんな!」


上にのしかかっていた悠を無理矢理どかしてもう1度毛布をかけ直して、さあ二度寝、二度寝!と目を瞑った瞬間いとも簡単にわたしの毛布が奪われる。畜生。


「ちょっと!!!」

「なあいいじゃん!!」

「よくない!アンタは部活かもしれないけどわたしは帰宅部!よってこんなに早く行ってもやることないの!」

「なんだよ〜!野球部見てればいいじゃん」

「興味無いし」

「名前に見てもらいたい!ゲンミツに!」


にかっと朝日に匹敵するくらい眩しい笑顔を向けてくる悠におやすみと告げるとちぇ〜、としぶしぶ布団の上から降りてくれた。ようやく観念したか。長い戦いだった。


「名前のケチ」

「うるさい。・・・部活頑張ってきなよ」


布団の端からちらりと顔を覗かせてそう言うと悠はさっきよりキラキラとした顔をしてもう1度がばりとわたしの上に跨ってきた。


「名前好きだ!愛してんぞ!!」

「ちょっ」


危うく奪われそうになった唇をあと少しのところで避けて、はしゃいでわたしの部屋を出る悠をため息とともに見送った。あいつはほんと台風だ。ううん台風なんかよりもっと騒がしい。保育園からずっと一緒の腐れ縁、親同士も仲が良くて家族同然の関係になっている。小さい頃にはわたしも悠と結婚する!なんて宣言をしていて、悠もそれに賛同して指切りを良くしていたけど中学になったときに素敵なセンパイに一目惚れをして、男の子は悠だけじゃないんだと自分の中になにか大きいものがガツンと落ちてきたのを覚えている。それでも月日が経てど悠はわたしを好きだと相変わらず言ってくれるのに対して、どんどんそういう対象として見れなくなっていく自分がいて中学のときはずっともやもやしていたっけ。


「おはよ、名前」

「おはよ〜」

「そういえばさ、アンタの幼馴染み最近モテてるらしいよ」

「えっ、そうなの?」

「なんか野球部すごい人気出てきてね、この間も田島くんの話題ばっかりだったよ〜」


小さい頃から悠は野球センス抜群で、周りから尊敬の目で見られることはあっても野球をしてない時の悠は見ての通りおちゃらけててガキみたいなものだから恋愛対象として見られることは少なかった。幼馴染みのわたしにべったりだったっていうのもあって、おんなのおの字も一緒にいてあがったことはない。


「そのうち田島くん、誰かに取られちゃうんじゃない?」


にやにやと言ってくる友達に対して、なんなら早くわたし離れして欲しいもんだとため息をついた。

あれから何日かして私の元に、田島くんと付き合ってるの?と聞いてくる女の子が続出した。どうやら友達が言っていた人気が出てきたというのは本当だったみたい。その度わたしは否定しているのだけれど、幼馴染みで高校まで一緒となると否定してもなかなか信じて貰えないことが多かった。悠も悠で私に会えば忠犬のように、にこにことおっきくぶんぶんっていう効果音が目に見えるくらいに手を振って、ないはずのしっぽまで見えて目眩がしている。そんな所が可愛くてモテてるのか?と思ったけれどわたしにとっては幼馴染み止まりでしかないから呆れながら軽く手を振り返す。









昼休み、お弁当を作り損ねてしまったため1人で購買に向かってパンを買い終わった後、いつだか私の元に田島くんの彼女なんですか?と聞いてきた女の子が「あの、」と控えめに声を掛けてきた。


「なに?」

「あの、この間田島くんの彼女じゃないって言ってましたよね?」

「あー・・・、そうだけど」

「だったら、田島くんとあんまりベタベタしないんで欲しいんです」


少し強気な声でわたしに話しかけるその子はわたしとは違って女の子って感じの身なりだった。購買帰りの人達がじろじろと私達を見ていて、居心地が悪かったので名前も知らない彼女の腕を引いて、人目のつかない階段のはしに移動した。


「あの、あなたが言うほど悠とベタベタしてるわけじゃ・・・」

「してますっ!」


急に大きな声を出されて思わずびっくりした。悠とは学校ではクラスが違うし、あってもこの間みたいに手を軽く振ったりする程度だ。軽くなのはわたしの方だけかもしれないけど。あとはたまに忘れた教科書を借りに来るくらい。


「わたし、田島くんのことが本当に好きなんです」


切なそうな顔をしていう彼女に、なぜわたしにそれを言うのか。それに、アンタなんかたった半年分の悠のことしか知らないじゃないか、と思わず言いそうになった言葉を飲み込んでふとなぜそんなことを思ったのかもやもやとした自分の気持ちは脳内を駆け巡っていた。


「だから、好きじゃないなら距離を置いてほしいんです!」


黙ったままのわたしに更に言葉を続ける彼女にどうしようと困っていると階段のはしから、今まさに問題の彼がひょこっと顔を出した。ぱちりと目が合って、さらにどうしようと思えば悠はにぃっと笑った。


「あんまり、俺の好きな子困らせないでくれる?」

「えっ、た、田島くん・・・!」

「ごめん、俺名前が好きだから君の気持ちには答えらんない」

「・・・っ」


悠が申し訳なさそうに言うと彼女は、・・・すみませんでした。と少しだけお辞儀をしてパタパタと廊下の向こうへと走っていった。彼女が行ったのをみると悠は「大丈夫だった?」といつもの笑顔で心配してくれた。


「う、うん」

「いやー、たまたま話聞こえちゃって出てきちゃった」

「ごめん」

「なんで謝るの?」


悠の手には購買のパンが握られていて、わたしが呼び出されていたのを丁度見てたからタイミングよかったのか、と察した。何も言わずにわたしの頭をくしゃくしゃと撫でる悠の手は昔と違って大きくなっていることに気付いた。こんなにも、一緒にいるのにまだ知らない事があるんだ。


「わたし」

「ん〜?」

「悠のこと、好きか分からない」

「・・・ん」

「けど」

「けど?」

「悠が、誰かの彼氏になるの、すごい嫌・・・かも」


顔がだんだん赤くなっていくのが自分でも分かって、なんだかよく分からない感情で思わず涙まで出そうになってきたから下を向いたら悠が頭を撫でるのをやめて、ぎゅうっと力強くわたしのことを抱きしめた。


「名前かっわい〜〜〜!!」

「ちょっ、いたいから!」

「それってもう俺のこと好きってことじゃないの?」

「え?」


ガバッとわたしを離してから「俺、ぜっったい名前以外とは付き合わないかんね!」と宣言して、軽くほっぺにちゅっとリップ音が鳴る。びっくりして固まっているといつものイタズラな笑顔で笑って


「名前愛してるぞ〜!!」


なんて、廊下にいる人みんなに聞こえるくらいに叫んでやっぱり台風のごとく去っていった。へにゃへにゃと床にしゃがみ込めばもうわたしの中では悠はただの幼馴染みじゃなくなっていく気がした。