ピッタリサイズのアンダーシャツにちらりと覗く日焼けの跡、普段とは違う投球しているときだけいつになく真剣な表情の中に隠されているどきどきわくわくした少年の姿。わたしは榛名がきっとプロ野球選手になる、とどこかで確信していた。そんな榛名に恋をしていた高校三年間。同じクラスだったからそれなりに喋るしバカだって一緒にやった。試合にだって見に行けば次の日来てたな、なんて声をかけてくれた。気付いてたんだ、って言えばお前目立つからな!っていたずらっぽく笑う顔が好きだった。メアドだって持っている。だけどメールするか、しないかって言われたらもちろん後者だったし、わたしが彼に好意を寄せていただなんてわたし以外の誰も知る由も無かった、はずだった。
ピッとテレビを付けると今日もインタビューを受けている榛名の姿。昨年プロ昇格しメジャーデビューを果たした榛名はもう昔のわたしたちと同じ空間に居た彼とはかけ離れたものだと実感するしかなく、わたしは榛名がプロになるのだっていつかメジャーデビューするのだって本当は高校時代の時から望んでいたものだったのに、いざ彼がそれを手に入れた瞬間わたしの中での憧れが遠い遠いものに変わってしまったような気がしてただただ怖かった。
「榛名選手!!」
「今の気分はどうですか?」
「メジャー入りおめでとうございます!!!」
「何か一言お願いします!!」
フラッシュをたかれて、昔とは違うテレビ用の笑顔を見せる榛名になんだか別人になったみたい。とプツンとテレビの電源を切った。消えた画面にうつるわたしの顔はひどく悲しいものだった。はぁ、と溜め息をついて携帯を手に取った瞬間着信が鳴り響いた。
「えっ、榛名?」
なんで?なんで?高校時代なんて電話なんか一回も掛け合ったことないのに・・・。どうして今更電話なんか。
「もしもし?俺だけど」
「あ、はい」
「あー?誰か分かってる?」
「榛名く、ん」
「君づけ気持ちわりいよ」
「はるな」
「おー、つか!テレビ見た??」
「え?あー、メジャーデビューおめでとう」
「俺様に出来ないことはないからな!」
クケケと笑う彼によくいうわ、と悪態をついても彼はなおも嬉しそうだった。高校三年の夏、引退しても野球部に顔を出していた榛名。「榛名なら夢掴めるよ」最後の席替えで隣の席になったあの日わたしは隣で寝ている榛名にぽつりと呟いた。もぞっと動いた榛名にどきりとしてなにもなかったフリをして前を向きなおす。横目でそーっと榛名を見ればぐーすか寝てるハズなのになんでか口元が緩んでてつられてわたしも前を向きなおしながら緩んだ口元をカーディガンで隠した。
「でも、本当におめでとう」
夢、叶ったじゃん。なんだか泣きたかった。こんなにも声は近くに聞こえるのに届かない距離にいるのも、高校時代に置いてきたはずの榛名への想いも全部まどろっこしい。
「あのさ」
「うん」
「お前・・・まだ俺のこと、好き?」
え?榛名の予想もしない言葉に思わず返す言葉を無くした。好きって?好き?え?わたしは高校三年間誰にも榛名を好きだと言った覚えも無ければ悟られることも無かったはず。
「おい、無視すんな」
「え、あっ、うん」
「うんて、どっちの、うんだよ」
「え、てか、なんでわたしが榛名のこと・・・!」
「は?んなの見てれば分かるっつーの」
「見てるって・・・そんなの・・・」
毎日見てなかったら気付かないでしょう。携帯を持ちながらただ漠然と無機質な音を耳にいれては動揺を悟られないように必死で浅く呼吸をするほかなかった。
「なあ」
「・・・うん」
「お前がもしまだ俺のこと好きなら・・・返事待ってるから」
「返事ってなんの」
「は、テレビ見たんじゃねーのかよ!」
「見たけど」
「ちゃんと最後まで見たのかよ、ったく」
とにかく!返事待ってるから。じゃあ俺これから練習だから。そう言って榛名は電話を切ってしまった。なんなんだ、最後までって・・・どういうこと。テレビをつけても今はもうニュースは終わっていたためサイトで「榛名元希 インタビュー」と打つと今朝の榛名の特集がずらりと出てきた。1番上にあった最新動画を押して見ると、先程の続きの質問に彼の言う言葉の意味がわかってわたしは無我夢中で榛名の番号にかけ直した。
「榛名選手は、恋愛のほうはどうなんですか?」
「あー・・・」
「ずっと、メジャーデビューするのを俺が高校時代から願ってくれてたやつがいたんです。俺がここまでがんばれたのはそいつの言葉があったからなんです。だから、メジャーデビューしたら、一緒に来ないか、と久し振りに電話してみる予定です」
「その方とはお付き合いしているんですか?」
「いえ、今は俺の片想いです」
動画はそれから別の話題に切り替わってしまった。他の見出しも見てみると「榛名 元希 熱愛発覚?」などとピックアップして書かれているものが殆どだった。ばかじゃないのばかじゃないの。仮にも有名人なのに全国放送でばかみたいな発言して、いい加減自覚しなさいよ。ばかばかばか!!しかも今は、ってなに。ほら、記事にもそこ突っ込まれてるしほんと、後先考えないばかなんだから。それ以上に、こんなにも嬉しくなってるわたしが一番、一番ばかみたい。
榛名にすぐ掛け直したけど留守電のピーっと言う発信音が聞こえたらメッセージを録音してください。という音が鳴り響き声が少し上擦ってしまったけれど、伝えた言葉はお願いしますの一択しかないにきまってる。