別に嫌いじゃないけどだからといって好きかと言われればそれもよくわからない。でも一つだけわかるのは苗字が俺のこと好きかって言われたら迷わずイエスと言える自信はある。自意識過剰って思われるのも癪だけどこれで俺のこと実は好きじゃないって言われたら世の中の女という女をきっともう信じられなくなってどっかのハマダみてーに落ち込んで俺だってどうなるかわからないな。なんて俺にはそんなに恋愛経験があるわけじゃないからからどれが無意識で、どこを計算しているのかだなんて分かるわけがないんだけどな。


「いずみくーん!」

「お、きたきた!」

「やっほ田島くん!!」

「今日もゲンミツに元気だな!」

「田島くんもね」

「いずみー!!苗字きたぞー!」

「うるせー」


わかってるよ、と田島の机の横に自分の机を移動させていると苗字もお弁当を広げてさも当たり前のように俺の隣に座ってにこやかな顔で小さなお弁当を広げる。お昼の時間になると必ず俺らのクラスにきてお昼を食べる、というのが最近ではもう恒例になってしまった。苗字は1組で栄口に誘われて見に行った試合でなんでも俺に一目惚れとやらをしたらしく次の日の朝練が終わった後にグラウンドの入り口のところで「いずみくんすきです!!!」といきなり叫ばれた時はまさに、穴があったら入りたい状態だったのは言うまでもない。


「さっきまで栄口に泉くんの好きなとこずっと語ってたんだよね」

「どんまい・・・栄口」

「泉くんもわたしの好きなとこ言ってくれていいんだよ」

「・・・しつこい、うるさい、テンションたけー」

「やだもう、泉くんてば!」

「褒めてねーよ!」


こんなやりとりでさえ嬉しいのかいつもにこにこ俺のことを見てる。もうこんなやりとりも恒例行事になったのか初めの頃はくすくす笑ってたクラスメイトも気にしなくなったし、動揺してた三橋も慣れて今ではなにも驚かなくなって普通に弁当くってる。田島と浜田だけは今でも少しにやにやした顔で見てくるけど。


「わたしね」

「?」

「泉くんを好きになってから本当に毎日が楽しいよ」


俺らよりはるかに小さなお弁当の具をおっきな口開けて頬張って食べる苗字を無言で見つめる。バカじゃねぇの、って言おうとしたけどそう口にした苗字があまりにも綺麗に口角をあげて笑うもんだから文句のひとつも言えずに俺はただあっそお、と照れ隠しでおにぎりを頬張ることしかできなかった。










「あ!あそこにいんの苗字じゃね〜!?」

「オマエよく見えんな」

「あと栄口!」


自販機行こーぜ!と田島に誘われてちゃりちゃりと小銭を鳴らしながら廊下を歩いていると目先に栄口と苗字が居るのを歩き進めていくにつれてようやく確認出来た。いったい田島はどんな視力してんだよ、と横目で田島に溜め息をひとつ漏らしてまた目線を話題の人物へと戻したら、栄口とパチリと目が合ったかと思いきやそのまま栄口は目線を反らして苗字に何か耳打ちしたかと思えば、苗字が栄口に抱きつくようにして寄り添った。びく、と自分の中でも驚くくらいどくんどくんと心臓が早く動くのがわかって思わず動く足が止まってしまった。けど俺がなにか口を開こうとする前にそれを目の当たりにした田島が「あー!」と大きな声を出したもんだから苗字が驚いた顔をしてこっちを向いた。


「あ、え・・・いずみ、くん」


泣きそうな顔でこっちを向いた。というより既に半泣きでいつもにこにこ笑ってる顔しか見たことがなかったからなんとも言えない感情が俺の中に広がって、気づけば止まってた足は二人の方に進んでいて何があったかはわからないけど、なんか栄口といるとこ見るとすっげえもやもやするし、あーもう!なんなんだよ!苗字も苗字で俺のこと好きとかいっておきながら栄口に簡単にくっついたりしてんじゃねぇよ。


「おい」

「い、ずみくん・・・?」

「苗字になにかしたの?」

「・・・泉ってほんと気付いてないけど独占欲強いよね」

「は?なんの話だよ」

「え、ちょっ、と」


俺は苗字の手を引いて「いくぞ」と栄口の側から離すと栄口はにこやかに笑いながら苗字に向かって「さっきのは嘘だよ、ごめんね」と告げると一気にこわばってた顔が緩んで「〜しんじらんないっ!」と叫んでいた。後ろを振り向くと栄口はなんだかにこにこしてるし、田島はぽかんとしてるしで俺は勢いで手を引いてしまったから離すに離せず、とりあえず人通りの少ない階段のところで足を止めたら苗字も俺に合わせてぴたりと足を止めた。


「・・・なんの話?」

「・・・栄口が、肩のところに蜘蛛がいるっていうから」

「はあ?」

「でも嘘だって!ひどくない?!」

「ったくなんだよ!そんなことかよ!」

「そ!そんなことって!」

「大体お前、俺のこと好きなんじゃねーのかよ、簡単に他の男に抱きついてんじゃ・・・」


途中まで喋ってからハッと気付いた。先程感じたあのもやもやの原因はただ栄口に嫉妬してただけなのだと。なんだよそれ、てことはあの言葉最初から栄口は気付いてたのか・・・。なんだソレ、すっげーはずかしいじゃんか。一人で悶々と頭の中でぐるぐるしていると苗字が恥ずかしそうな顔でおずおずと口を開いた。


「泉くん・・・わたし、バカだから勘違いしちゃうよ」

「・・・勝手にすれば」

「明日もお昼一緒にたべていい?」

「それも勝手にすれば」

「泉くん大好き!!!」

「はいはい」


次の日苗字が俺のクラスに入ってくるとき泉くん今日もだーいすき!と叫びながら入ってきたときは、さすがにクラスのみんなも慣れてきたとはいえくすくす笑ってまた注目の的になっていた。溜め息が溢れたけど満更でもない自分がいることを自覚して相当やられてんなーと感じながらお弁当を開いて今日は俺も仕返しでもしてやろうかななんて返した言葉に苗字が今までにみたことないくらいみるみる顔が赤くなってたから思わず頬の筋肉が緩んだ。


「俺もだよ」