今日は俺の人生の中で一大イベントになる日だ。緊張しながら学校にきて朝練もいつも以上に気合を入れて前日の夜には普段つけないワックスをつけてみたりと予行練習もばっちりしてきた。ちなみにワックスは予想以上に似合わなくて姉ちゃんからボツをくらったから至っていつも通りの俺なわけだけれど。休み時間に入学当時から密かに想いを寄せていた同じクラスの苗字をさりげなく呼び出し、直前には巣山直伝の「できっぞ!」もやってもらってきたから大丈夫。俺は今から告白をする。目の前の苗字が「?」と言わんばかりの顔で俺をじいと見つめているのを見たらなんだかお腹が痛くなってきた気がする・・・。サードランナーを思い浮かべながら、ごくりと唾を飲み込んだにもかかわらず既にカラカラに乾いた口をひらく。


「あの・・・良かったら、付き合ってくれないかな」

「あ、うん、いいよ」


放った言葉のお返しにはなんともすばやく言葉が返ってきて「えっ?!ほ、本当に・・・?!」と思わず聞き返したのはいいがさらにその先の返事に思わず耳を疑った。


「で、どこに?」

「え?」

「え?どこか一緒に行って欲しいんだよね?」


あれ?これってもしかして俺が悪い?そういえば好きって言葉伝えてない?そのせい?!テンパりすぎてもう思い出せない!助けて巣山!あわあわとする俺に相変わらずきょとんとしたままの苗字が見かねて先に口を開く。


「栄口?」

「そ、そうなんだよ!もうすぐねーちゃんの誕生日でさ」

「プレゼント探しに行くってこと?」

「何あげればいいかわからなくて良かったら一緒に探してもらえないかな?」


違う!そうじゃない!やり直すんだ俺!・・・でも、「そっかあ、何がいいかな?お姉さん何歳なの?というかわたしで大丈夫なの?」と、きらきらとした表情で俺に協力しようとしてくれる苗字になんだか申し訳なくなって結局本当のことを言えずに今朝からの一大決心は口の先から消えていった。当分先の姉ちゃんの誕生日プレゼントを早めに用意することになったけどそれはそれでしょうがない。誕生日詐欺してごめん。と心の中で姉ちゃんに謝っておく。


「いつ行くの?」

「じゃあ月曜日、ミーティングだけだからその日は?」

「うん、いいよ」


にこりと笑った苗字とその反面俺は情けない気持ちでいっぱいだった。教室に入って先に戻っていった苗字に目をやると友達と楽しそうに話をしていた。自分の席に座り深くため息をついて、どうだったんだといわんばかりの目線をよこしてる巣山に泣きつく。


「巣山〜・・・」

「結果は?」

「それがさ・・・」


先程までの経由を話すとまじ?と俺と同じようにびっくりしていた。好きだと伝えてない俺も俺だけど呼び出されて告白だと気づかない子もいるのかと疑問にもつところだ、と巣山の言葉に何も言い返せないし、同意する。まあ確かに苗字は少し天然なところが、見え隠れしてたからなあと巣山も目を瞑りながらううんと唸った。


「でも月曜日デートなら、そこで頑張れば?」

「デート・・・」


そっか。あんな展開になっちゃったけどよくよく考えればデートの約束したんだよな〜。今からもう緊張してきた・・・。きりきりと痛むお腹を抑えるとなんともいえない視線で俺を憐れむ巣山の顔がちらりと見えた。


「腹壊すなよ」

「壊さないよ!・・・多分」

「多分かよ」









約束の月曜日、ミーティングが終わり連絡すると昇降口にいるねと一言携帯にメッセージが入った。玄関にいくと、俺に気付いた苗字がにこりとこちらを振り向いておつかれさまといつものトーンが耳に届いて、それが相変わらず心地よくてなんともいえず心にじんとくる。


「急にこんなこと頼んでほんとごめん」

「全然!栄口にはいつも古典とか教えてもらってるし、ほんとお世話になってます」

「いやいや!俺こそほんとに助かったよ」


深々と頭を下げると少し困ったように照れていて、その顔がたまらなく可愛かった。2人きりでこうして帰るのはもちよん初めてで俺はすごく緊張してるけど苗字は俺とは真逆で全然平気そうに今日いくところの話をしている。そりゃ苗字にとってはただのクラスメイトの1人に過ぎないし緊張なんてしないよな〜。他愛のない話をしながら、電車に乗りこんで苗字の携帯のマップで案内されるがままに目的であろう店の前で足を止めた。


「あ、ここ!お姉さん漫画家目指してるっていってたから」

「雑貨屋さん?」

「考えてみたんだけどスケッチブックとかどうかな?」

「多分喜ぶと思う!」


中学の友達でイラストを書くのが好きな子がいてその子にわざわざどんなのもらったら嬉しいか訪ねてくれてたらしくてお店に入ってから選ぶのにあまり時間はかからなかった。こういう優しさに惹かれて好きになったんだよな、と思わず頬の筋肉が緩むのを感じた。カランカランとお店から出て今日のお礼を言いながらさっき来た道を戻っていく。


「あそこ可愛いのあったからついわたしも買っちゃった」

「苗字の好きそうな店だなと思ったよ」

「え〜、わたしの趣味バレてんの?」

「バレてるバレてる」

「わたしだって栄口の好きなものくらい分かるよ」

「なに?」

「野球」


ケラケラと笑ってる苗字に俺は昨日言えなかったことをやっぱり言おうと、もう駅のホームへと進もうとしている足を止めて苗字のすらりと伸びた腕を掴んだ。くん、と引っ張られたから苗字も思わずどうしたの?と踵を返して俺に向き合ってくれた。


「俺が好きなのは野球もそうだけど、もう一つだけあるんだ」


向き合ってくれた顔は少し戸惑っているようにも見えたけど俺はもう一度勇気を出して、内心は心臓が飛び出しちゃうんじゃないかなってくらいどきどきいってて、電車の発車音が聞こえてきたからこの音が聞こえるわけがないのにどうか気付かれませんようにと願うしかなかった。


「あのさもう少しだけ寄り道していかない?」


手首から伝わる脈拍がどくどくと俺の掌に伝わってくる。少し間を置いてから「・・・いいよ」と頬を赤くしながら答える苗字に、これからのなにかを少し期待してみてもいいかもしれない。