泉孝介。小学校に上がるときに引っ越してきた家のお隣が彼だった。近所に同級生が居なかったから両親同士意気投合してわたしと孝介もあっという間に仲良くなって毎日一緒に登校する仲にまでなった。暇さえあればどっちかの家でゲームしたりお泊まりしたりなにをするのにもいつも一緒だった気がする。いわば幼馴染関係とやらだ。
中学にあがってから孝介はみるみる背も高くなって夏休みにはあんなに遊んでいたはずなのに野球に集中しはじめてめっきり遊ぶ暇などなくなっていった。かまってほしくて練習終わりに家に転がり込んで別に開ける気なんてまったくなかったピアスを、開けてと孝介に頼めば「親からもらった大事な身体を傷付けるなんて」といっちょまえにお説教か!なんて口喧嘩の末、結局強引に孝介に頼み込んで本当にいいんだな?と嫌な顔をする孝介をよそに早くやれ。とけしかけるわたしにしぶしぶピアッサーを耳にあてがった。
「いくぞ」
の声と同時にバツンと大きな音を立てて、わたしの右耳に小さな穴が開いた。ジンジンと痛む右耳になんだか少し自分が逞しくなった気がした夏休みの最終日。次の日職員室に呼び出しをくらって一時間延々とお説教くらったのは今では孝介とのいい笑い話だ。
「左も開けようかな」
「ピアスとか俺は全然興味ねぇな」
「坊主には似合わないもんね」
「おいコラ」
ま、名前にしては似合ってんじゃん?と開けた記念にと孝介は休みの日一緒に出掛けた際に安いピアスをわたしにプレゼントしてくれた。安い割にはシンプルで可愛いパールがついていた。かわいい。と呟けば俺のチョイスなめんなよ!とにやついてたからとりあえず背中を蹴り飛ばしといた。ざまぁみろ。
「最近孝介が付き合い悪い」
お母さんにそう愚痴を零すと「部活の練習と、西浦?高校にいくから勉強頑張ってるって恵子ちゃん言ってたわよ」なんて言葉が返ってきたため丁度たべようとしていた唐揚げをぽとりと落とした。なにそれなにそれわたし聞いてないけど!と大きな声を出してぎゃあぎゃあと騒げばお母さんに怒られるわ悲しい気持ちになるわでせっかく大好きな唐揚げだったのに全然美味しくなかった。次の日の帰り孝介を待ち伏せして「なんで言わなかったんだ」と靴を履き替え中の彼に怒りをぶちまければいきなりなんだよ!とびっくりしたのか持っていた上履きを落としてた。
「高校・・・西浦いくって」
「あ〜、その話か。別に聞かれなかったし」
「うちらの仲じゃん」
「どんな仲だ」
「とにかく!うちらの間で秘密はなしでしょ!?」
「はいはい、てか秘密にしてたわけじゃねぇっつの」
「ほんとむかつくな孝介のくせに!唐揚げかえせ!」
「唐揚げ?なんの話・・・いてっ!殴んなバカ!」
「バカはそっちだ!」
少し寂しかったんだぞ。ぽつりと呟けば殴られて怒り気味だったのにちらりと見るとなんともだらしなく笑っていた。
〇
高校にあがって孝介は本格的に野球を始めた。わたしはというと孝介が西浦にするならわたしも絶対そこにする!なんて理由で選んだ高校だったからやることも特になく中学とかわらず帰宅部ライフの延長だ。孝介とはクラスが離れたからなかなか会う機会もなくちょっとだけ寂しかった。そんな時他のクラスの人から初めて告白をされた。告白をされた驚きとどこか寂しさを埋めようと舞い上がって相手のこともよく知らなかったけどわたしなんかに好きだと言ってくれる人がいたのかと「わたしなんかでよければ」と軽く了承した。そんな今日、運がいいのか悪いのか付き合った帰り道たまたま部活が休みだという孝介に遭遇して久々だね〜なんて話をしながら今日あったことを「そういえば今日告白された、んで付き合った」と簡潔かつ淡々と話したら孝介にこっぴどく怒られた。
「なんでオッケーしたんだよ」
「なんでって・・・」
「好きでもないのに付き合うなんて信じられねえ」
「なんでそんなに怒ってんの?付き合ってみて好きになる恋だってあるじゃん」
「どーだか、どうせ続かねーよ」
「そんなことない!」
孝介なら良かったなっていつもみたいに、笑ってくれると思ったのにまさか怒られるなんて思ってもみなかった。それから家につくまでお互いひたすら無言でコンクリートにこつこつと当たるローファーの音だけが響いていた。自分が彼女できないからってわたしに八つ当たり?孝介がこんなに性格悪いやつだとは思わなかった。せっかく久しぶりに一緒に帰ってるのに、むかつく!コツン、足下にある石ころを蹴飛ばし前を向けば気付いたらいつの間にか家のすぐ近くまできていてふと隣をみたら孝介の姿がないことに気付いてそろりと振りかえれば立ち止まって何か言いたそうにわたしをじとりと見つめていた。わたしからは謝んないから。そう口にしようとしたら孝介の方が先に口を開いた。
「もし俺が告白しててもオッケーした?」
「・・・え」
「どうなの」
「孝介、なに言って」
「もし俺がそいつよりも先に告白してたら、俺と付き合った?」
「ちょっと」
「名前のことが好きだ」
「・・・」
「聞こえてる?」
「こ、孝介のくせにからかうのやめてよ!」
「からかってねーよ。本当は、ずっと名前のこと好きだったんだ」
「・・・っ!」
初めてみる孝介の真剣な顔にびくりと肩を震わせ「いきなりそんなこと言われても、分かんないよ!」と叫んで家までダッシュで駆け込んだ。バタバタと部屋に駆け込みへたりとドアの前に座りこんだ。孝介のあんな顔、はじめて見た。あんな、あんな男の人の顔。