わたしは小さい時気が小さくて、よく公園に遊びにいっては近所の男の子によくいじめられていた。わたしは兄弟もいなく、近所に親しい子が居なかったからいつも1人で公園に遊びに来ていてそこで度々みかける男の子2人と女の子が3人でキャッチボールをしにきていたのをいつも砂場の隅っこで羨ましいと眺めていた。運動を1人でするのには限られたものでわたしはといえば砂場でせっせと作っていた小さな小さなお城を、完成させたらママを呼んでびっくりさせるんだとはりきっていた。あと少しで完成だ!とワクワクしていたところをいつものやんちゃな男の子に壊された瞬間、もう二度と公園になんかくるもんか!と悔しくて涙がぼろぼろと零れて、家に帰ろうと思った瞬間のことだった。


「いってえっ」


そう聞こえたと同時にこてんこてん、とボールがわたしの足元に転がってきて顔をあげると目の前にはいつも羨ましいと眺めていたうちの1人の男の子が立っていた。


「わりー、ボール飛んでっちゃった」

「・・・!」


きりっとした目つきでお城を壊した子をにらめば「・・・なんだよ!!!」と砂場を壊した男の子は走って逃げていってしまった。わたしを助けてくれたのかな・・・。下に落ちているボールを拾い「ありがとう」と小さく言って手渡したらわたしのまつげにたまった涙を小さい手のひらでひと拭きしてくれた。


「手怪我してる」


壊された際にびっくりして後ろに転んだときに擦りむいたのかじんわりと赤くなっていた。「ん」とぶっきらぼうに絆創膏をわたしに手渡すと彼の後ろの方から声がとんできた。


「修ちゃん!ボール、あった?」

「あった!!廉、いくぞー!!」

「うんっ」


修ちゃん、そう呼ばれたその男の子はそのままわたしとは真逆に振り向いてキャッチボールしてたところへと戻っていってしまった。修ちゃん、そう小さく呟いたら少しだけドキドキしたのはもうはるか昔小学校低学年の話だ。それから何回か公園で出くわしたものの会話する機会もなくたまに目がぱちりと合うだけだった。高学年あたりからはお互いに公園へは足を運ばなくなっていき会うこともめっきり減っていった。そんなわたしも気付けば高校生になろうとしていてぼんやりと歩いていればふと公園が目に入ったので久しぶりに立ち寄ってみることにした。


「懐かしいなあ〜」


あの頃は全部がおおきく見えたのに今では全てが小さい。頭の上にあった鉄棒はもうわたしの腰あたりだ。ここでよく泣かされてたな、なんて今では笑い話だ。砂場にしゃがみこむとあの時の映像がリアルに映し出される。少しだけつり上がった目に少しだけうねりを帯びた髪の毛。今何してるのかな。同い年だったら、高校はもう決まったのだろうか。


「修ちゃん・・・」


砂場に木の棒で落書きした文字は誰にも見られることなく靴の下で土埃を出して消えていった。今思えばあれはわたしの初恋だった。名前もまともに知らない、住んでる場所も苗字も、何も知らない。けどあの時の気持ちは今もかすかに胸の奥にじんわりと残っていた。










わたしははれて高校生へと進学した。着なれない制服に身を包み長くなった髪の毛も大人びた雰囲気に少しでも見えるように内側にカールさせて我ながら上手くまけたと、鏡の前でにんまりする。地元の高校にそのまま進むのもなんか味気なかったから電車で30分ほどの県内の高校に通うことに決め無事に合格通知を受け取ったのだ。


「いってきまぁす」


入学してからやっと慣れてきた電車通学も、駅から降りて自転車で通う通学路もだんだん生活の一部と化してきた。今日はめずらしく早起きをしたから2本早い電車に乗って学校に行くことにしてみたのだが、少し早いというだけで人は少なくいつもは学生で賑わってる車内は静まり返っていた。こんなにすいてるならいつもこの時間に乗ろうかな。音楽プレイヤーを取り出し、イヤホンを耳にはめてゆっくり止まり始めた電車のドアをじーっと見つめながら昔から好きだったアーティストの曲のリズムに合わせてドアが開いた。


「えっ」


少しだけ漏れた声とわたしの視線の先には見覚えのあるつり目に、変わらないくせっ毛の彼がいた。思わずびっくりして立ち上がってしまったわたしは目線をそらすことができずに乗ってきた彼と思わしき人とばっちり目があったままだった。


「・・・なにか?」

「えっ・・・あ、いや、その」

「?落ちてますよ」

「あっ、ありがとう」


昔とは少しだけ低くなったアルトボイスにドキドキしながら、立ち上がった瞬間に耳から外れたイヤホンと音楽プレイヤーが落ちたことにも気付かなかった。恥ずかしい。思わず触れた手に熱がじわっと集中してほかほかと手の先があたたかくなってきた。


「・・・修ちゃん」


思わず呟いてしまった名前にしまった、と顔をあげれば彼は照れたように目をまんまるくしていた。


「あのその呼び方・・・」

「あ!あの、もう覚えていないかもしれないけどっ」


口にした瞬間じわりと目に熱いものが込み上げてくるのが分かった。彼は修ちゃんだ、と分かったと同時に昔の気持ちと、やっと会えた喜びと覚えられていない悲しみがごちゃごちゃに混ざった。でも覚えていないのは当たり前だ。


「わたし、昔公園で修ちゃ・・・あなたに助けてもらったことがあって」


何も言わないまま何秒過ぎただろうか、わたしは耐えきれなくなって「き、急にすみませんでした!」そう言ってもとの席に座りもう隠れたいと必死に俯いて音楽を聞こうとイヤホンを耳にはめようとしたら、わたしの左手を掴み、先程まで目の前にいた彼が隣にどかっと座ってきたためびっくりして再度イヤホンを落としてしまった。


「す、すみませ「ノコギリ公園?」

「!」

「砂場によくいた?」

「そうです!!わたしずっと、修ちゃんに会いたくて」


思わず出た言葉にハッとして彼を見れば少しだけ頬を赤くして「そうだったんだ」とそっぽを向いた。それから会話することはなかったが隣同士触れ合っている腕の温度にドキドキして何も考えられなかった。


「あ、わたし次なので・・・」

「・・・」

「急にすみませんでした、会えて嬉しかったです」


一言お礼を添えてぺこっと頭をさげると手に持っていた携帯をするりととられ、何かを打ち込んでからわたしの手の中に再度戻された。


「俺の番号、打っといたから」

「え」

「連絡して」


その言葉に顔の口角があがるのが自分でも嫌というほどわかって、携帯を持ってる手をきゅっと握り顔を隠すように小さく頷いた。プシュー、と電車が止まりわたしの降りる駅になり慌てて降りようとすると、手をくんっと引っ張られ顔を後ろに戻す。


「俺も、会いたかった、んだ」


わたしの顔は多分真っ赤で、修ちゃんはいつも下を向いてしまうわたしとは真逆に真っ直ぐ前を見つめていた。トン、と背中を押され「じゃあ、またな」とそのまま閉まるドアの向こう側にドキドキを残したまま電車はいってしまった。


07.12 happy birthday kanou!