それは突然の出来事だった。教室の後ろの方でなにかざわざわしていると思ったらいつかのイズミくんがいたのだ。ちなみにわたしのクラスには野球部の人なんかいないからなんでここにいるのかとビックリした、それはもちろんわたしだけではなく友達もそう思ったのか急いで隣に来て「なんでいるの!」と少し興奮気味だった。そんな彼女にさあ、と適当に相槌をうって放課後までに提出しなければならないプリントに目を写そうと思ったらイズミくんがわたしの机にバンと鈍い音を出して手をついた。わたしと友達はさらにビックリして真ん前にいるイズミくんを見る。
「アノサ」
「はい」
「今から時間ありますか」
「え、あ、うん」
戸惑いがちの返事を聞いた瞬間イズミくんは教室から逃げるようにわたしの手を引いてすたすたと歩く。え、今なにがおこってんの。なにも言わないイズミくんの後に着いていくと人目のつかない廊下の奥にきてからやっと足が止まった。はや歩きとはいえイズミくんのペースに着いていくのがやっとだったわたしは少しの距離のハズなのに息切れしていて平然としている彼を見て我ながら情けなくなってしまった。
「いきなりごめん!」
「いや、うん、大丈夫」
「あのさ」
「うん」
「俺と付き合って」
息を整えるため下を向いてなるべく落ち着こうとしてたらまさかのイズミくんの言葉に息切れを整えようとする事も吹っ飛んで、思わずがばりと上を見上げたためまぬけな声とアホ面を晒すこととなった。
「だめ?」
「だめもなにもわたしイズミくんの事知らない」
「・・・名前知ってんじゃん」
「名前だけじゃん」
「これから知っていけばいい」
「大体そっちだってわたしのこと知らないでしょ」
半ば強引な態度に無償にイライラして少しキツイ言い方になってしまったけどイズミくんはなにも怯む事もなくわたしの顔をじぃっと見つめて「知ってるよ」と言った。
「苗字名前チャンでしょ?」
フルネーム知ってるからどうしたんだ、という顔をしたらイズミくんはむっとしてからわたしの性格をだらだらと話始めた。
「気が強い、おっちょこちょい、よく喋る、よく笑う、笑顔が可愛い、優しい、負けず嫌い、色々見てるうちに好きになってた」
「・・・・・・」
「アドレスだけでもいいから交換してもらえませんか?」
「まあ、アドレス位なら、いいですけど」
「・・・!サンキュ」
さっきまで少しむっとしていた顔がぱあっと明るくなってわたしに携帯電話の画面を向けてじゃあ赤外線で送るから、とこちらに向けた。その携帯は今はやりのスマートフォンなんかではなくて普通の折りたたみの携帯だったことにどこか親しみやすさを感じた。
「じゃあ俺からまた連絡すっから!」
そう言ってにいっと笑ってここへ来たときと同じ位のスピードで足早に此処から歩き出していった。おいおい、行きも帰りも突然だな。それからわたしも教室へと戻るとクラスの大半からからかいの声やら質問やらがわたしに飛び交ってきたのは言うまでもなく、はあーとついつい溜息を零した。
その日の夜時刻は十時を過ぎた頃、軽快な音楽が部屋を包んだ。こんな時間に誰から電話?と思い携帯を覗くとそこには知らない番号がうつし出されていた。・・・イズミくんだ。直感でそう思った。少しどきどきしながら通話をタッチした。(イズミくんとは違って丁度使って二年以上経っていたためスマートフォンとやらに変えたわたしはあまり携帯に触れないせいかいまいちまだ使いこなせていない)
「はい」
なんだか緊張してはいという声が少し上擦ってしまい、んん、と喉を鳴らす。
「あ、もしもし!俺!イズミ!」
「こんばんわ」
「遅くなってごめんな!今部活終わったんだ」
「大丈夫ですよ」
「あのさ、」
「うん」
「・・・・・・迷惑だった?」
キン、とまたあのすれ違った時のような空気がわたしを包んだ。迷惑かと聞かれれば迷惑ではないし、じゃあこの気持ちはなんなのか、と聞かれて応えれる自信もない。嬉しいのか、そもそもわたしとイズミくんはまだ出会ったばっかりだ。けど今日のイズミくんの半ば強引な態度を見た後だったからこんな気弱な声を聞いてびっくりしてしまった。なんだか、拍子抜けだ。迷惑じゃないよ、と言ってしまいたくなる声はわたしの中の何かをゆらゆらと揺さぶっていた。
「いきなり告白なんて迷惑だよな」
「いや、あの」
「でも、俺本気だから」
何を根拠に彼はわたしに本気だと、好きだと伝えているのだろうか。ただ、もうこの瞬間にわたしの心は完全にイズミくんに支配されていることに気づくのはもう分かりきっていることだった。
「いいよ、付き合おう」