デネブへの伝言
大学の授業を終えてふと携帯を見たらお知らせランプがちかちかと点滅していて画面を見るとそこには"不在着信 浜田良郎"と出ていた。浜田が俺に電話なんてめずらしいな、そう思い丁度昼になるところだったので掛け直すと浜田は3コールで眠たそうな声でもしもしと電話に出た。


「おす、俺だけど」

「・・・どうしようオレオレ詐欺とかはじめてかかってきた」

「てめ!寝ぼけてんじゃねー!」

「うそうそ!」


ったく、このあほ野郎は何歳になってもあほなままだぜ。溜め息をついてどっと出た疲れをしまいこんで話を続けた。


「電話、なに?」

「そうそう!それのことなんだけどサ」

「おう」

「苗字に会った」


苗字?苗字って苗字?俺らの共通の友達でその苗字はたった一人あいつ以外に思い浮かばなかった。高校時代付き合っていたあの苗字だけだ。俺は高校時代自分で掴んだ幸せを自ら手放してしまった。保健室で別れを告げられてから田島や三橋にまで心配されるくらいにヘコんだ、悪いのは自分なのだと言い聞かせて残りの高校生活を過ごしていた。卒業式の時に久し振りに見た彼女はどこか儚げで大人っぽくなっていて出会ったときのあの感情が蘇ってきてどうしてももう一度話しかけたくて仕方なかったが、声をかける勇気もなく呆気なく俺の高校時代に幕をおろした。


「泉聞いてんのか?」

「え、おう、で、なに」

「だから!昨日バイト中苗字に会った」

「・・・」

「んで、お前の新しい番号渡しといたから」

「はあ?!」

「なんだよ」

「なんで渡したんだよ!」

「別れてからのお前見てたらしょうがねぇだろ!!」


浜田が珍しく俺に怒鳴った。俺は廊下の壁に凭れて俯いた。


「あの日から、泉ずっと泣きそうに笑ってんだもん、」

「・・・・・・」

「なんで本当のこと話さなかったんだよ」

「っ、それは」

「俺が泉にしてやれんのはこんなことしかねぇけど」


たまには先輩面させろよ。そう言って浜田は電話を切った。思わず俺は廊下で目から零れるものを拭きながら鼻をずずっとすって溜め息をついた。


「浜田サンキュー」


ぽつりと呟いて携帯をポケットにしまった。


家について一人でぼーっと考えた。もしも名前から連絡がきたら、なんて言えばいいんだろう。


「もう、一年も前だぞ」


一人で悶々とベッドに俯せになると、携帯の着信音が鳴り響いた。びくっと肩を震わせ携帯を手に取ると画面には懐かしい彼女の名前が表示されていた。


「まじかよ」


緊張する手で通話のボタンをタッチすると懐かしい彼女の声が耳に伝う。


「こー、すけ?」

「・・・ん」


不覚にも名前を呼ばれて涙が出そうになった。久しぶりに聞く名前の声は昔と変わってなくどこか甘く大人びた俺の大好きな声のままだった。…やべえな、ほんと、泣きそ。


「・・・久しぶり」

「・・・久々」

「あの、さ」

「うん」


名前が次に言う言葉を聞いて俺は急いで家から飛び出して自転車に跨っていた。寒いのなんて忘れてパーカー一枚でこの寒空を出て行くなんて、ほんと俺も必死だよ。


「今から会えないかな」