紅い月がテラスから見える森を薄く照らしている。
血のような紅に気味が悪くなり、明るく賑やかなフロアに向き直った。
幸い誰も事に気づくことなくひらりひらりと踊り、舞っていた。
この城の主は叡智を示す紫の色の王子。
私の旧友で、想い人。
会うのを楽しみにやってきたこの舞踏会で会えたのは紅く染まった別人だった。
客人たちが気づくことがないのはまだしも、城の人たち健在でいつも通り働いているのを見るとこの城は歪められてしまっているのだろう。
私しか気づけていないのだと確信したら悲しんでいる時間はない。外部にそれを伝えなければいけない。多分それが私の出来ること。
ひらりとドレスを翻し、長い階段へと向かった。
突然、軽やかに流れていた音楽が止まり、人々は身じろぎひとつせず重い静寂がまわりを包んだ。コツコツ、と靴音。視界の端にはあの紅が映った。
「もう帰ってしまうのか、シンデレラ?」
暗く見下すような声の中には間違いなくクルークの声がした。くっくっ、と喉を鳴らして笑う紅に振り返ることはしない。
したら、負けだ。
「えぇ、もう12時になってしまいますからね。
でも王子さま、今捕まえてしまうのはマナー違反ですよ。
ガラスの靴、持ってないでしょう?」
ごめんなさいカボチャの馬車を待たせているのです、と軽く笑うと、音楽の無いフロアに紅の冷たい声は響いた。
「…逃がすとでも?」
「こんな身分の低い階級の娘に執着するなんて王子失格ですね」
「お前は私がクルークではないと分かっているのだろう?」
背に冷たいものが走る。
「面白いご冗談をお言いになるのですね。ですが、残念。先程も申した通り、やはり人を待たせているので失礼します」
目の前の大きな時計塔の時計の針は動かず錆びつき、7時25分で止まっていた。
この異質な空間から早く抜け出したい。
クルークを助けたい。
下へと続く階段へと足を踏み出す。途端に冷たい手に腕を掴まれ、後ろの紅は私を止めた。力を込めて掴む手は私を逃がしてくれる気はないようだ。
「……私はこいつがいつも持っていた本に封じられていた魔物だ」
「…っ!」
クルークがいつも手にしていた赤い本。外に出かけるにも寝るにも離すことなく持っていた、あの本。
これを持っていると、魔力が強くなるんだ、と笑うクルークが浮かんで消えた。
「……ずっと見ていた。お前がこいつに笑いかけるのも、こいつを好いているのも。
隣で笑っているのに、笑いかけているのは私ではない。
触れることも、言葉を交わすことも出来ないことに何度も狂いそうになった」
腕をきつく掴んでいた手は離れ、両腕を背中からまわすような形で私を拘束した。
身体が、骨が軋むほどに抱き締める紅は切なげに言葉を紡ぐ。
「だが、これからは違う。
お前に触れることは容易く誰も邪魔する者も居ない」
くく、と笑う紅。
ぽっ、と灯った妖しい光に意識が朦朧とする。
何かの、魔法だ。眠ってはいけない、、
「ずっと、離さぬ。
お前は私のものだ。誰にも渡さない。
愛している、狂おしいほどに」
ぐらりと遠のく意識のなかで囁く声がした。
紅い王子
*20111203
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舞台はお城でかつクルークが王子というパロディなようでパロディじゃない話でした。
夢主はシンデレラではないのです。
背景色に悪戦苦闘した挙げ句、子ページに逃げました。
ので残念ながら名前変換がないのです。