長く生きてきた訳ではないけれど、こうして歳をとって積み重ねたものは沢山あるのだとする。それは癖だとか容姿や口調など、あげるとなかなかきりがないものなのだ。
その中でも性格ばかりは曲げづらい。幼少期に過ごした周りの環境一つで人は大きく変わる。取り分け我輩のようにひねくれて素直をさらけ出さないタイプの人間は、手強いものだ。
本音と正反対のことを幾度となく言い捨てては、辺りにいる存在の心を深く傷付けた。後悔など多過ぎて拭いきれやしない。尚更胸の中で好いている者に毒を吐くというのは、生殺し以外の何物でもない。
いきなり何故我輩がこのような話をしたのだと尋ねられれば、恥ずかしながら今も腹の中で頭を抱えているからである。
「おや」
「…なんです」
「ナマエくん、その手に持つバスケットの中にあるものはなんだい」
「言わなくちゃわからないんですか? どこからどう見てもクッキーでしょう、クッキー」
「そういえばりんごくんのクラスで調理実習をやっているのを見たが、ナマエくんもそうだったのか」
「……何か言いたそうじゃないですか」
そう。我輩とりんごちゃんのクラスでは先程調理実習があった。お菓子を作ってみよう! というキャッチフレーズで皆さんケーキやらプリンやらを作っていらっしゃる中、残念ながら料理下手な我輩はサボタージュしようと目論んでいた。
が、飛び出した先に待ち受けていたのはあの極度の甘党魔導師飴玉舐め太郎…もといレムレスさん。美味しそうな香りに釣られてやってきたのだと簡単な説明をされた後に待っていたのは生き地獄。家庭科の時間をサボろうとした罰があたったのか、何故かレムレスさんとお菓子作りをすることになる。
材料をことごとく炭や灰に変えたものの、ようやっとクッキーらしいクッキーを作ることに成功した。彼曰く「もう少し甘い方が良い」らしいがあいつの言うことなんて信用できない。なので無視。
そして折角(嫌々とはいえ)作ったものを食べないでいるのも勿体ないかと思い、ちょうど持ち合わせていたバスケットに入れて部室に差し入れようと思っていたら先輩と遭遇した。
ちなみに差し入れとは言ったが部員にお腹を壊されては困るので個人で食べるつもりでいました。結論づけると先輩空気読め。
「どうかわたくしにも一枚くれないかね」
ほぉら、ね?
言わせてもらうと我輩はりすくませんぱいが大好きでたまらない。しかしこれとそれとは話が別なのだ。
我輩は料理下手。今でこそまともに近いクッキーを作ることができたが、それでも見た目だけで味が云々と心配事は尽きない。味見はしたが先輩の口に合わないのでは云々と心配事は以下略。
だがしかし食べてもらいたい気持ちもあるのは紛れも無い事実である。
目の前では可愛く首を傾げて我輩の返事を心待ちにしている先輩の姿があった。
「ダメです。これは…えーっと…魚佐々のおじさんにあげるんですから」
「ふむ、成る程。日頃のお礼のために作ったと言う訳か」
何やってんだ我輩。馬鹿馬鹿しいにもほどがあるよね我輩。
なんでよりにもよってまぐろくんファミリーに捧げようとしてくれちゃったんだろうか。自分にはわかりません。せめてりんごちゃんファミリーにしたらよかったのに何がしたいんだ本当。
いやでもそれはそれで納得する先輩も先輩だと思います。どうしてつっこまないのか。
「非常に残念だがそれなら仕方ない。また次回に楽しみをとっておくとしよう」
「勝手に楽しもうとしないで下さいよ。貴方にあげるクッキーなんてアリ以上にありません」
言い終わると何やら諦めが早いらしく踵を返し部室に向かい始める先輩を見て、我輩は言わずもがな肩をがっくりと落とした。食べてほしいような、食べてほしくないような。そんな気持ちの戦争はこうして幕を閉じることとなる。
バスケットの中に収まるのは食べられるべくして生み出されたクッキー達がいた。仕方ないことだし、我輩が責任を持ってこれらを全て食べ尽くしてしまわねばならない。
それともいっそのこと本気で魚佐々に捧げてしまおうか。なんだかんだ言ってまぐろくんとそのご家族にはお世話になっていることも事実だし。仮にもし渡さなかったら、先輩に嘘だとばれる可能性すら有り得る。
これで良いのか。先輩はもう立ち去ろうとしていた。
とりあえず飴玉舐め太郎は連鎖の発火地点に連続でおじゃまぷよが降り注いでしまえば良い。
これだから人生は無駄に過ごすことの方が大きいんだ。
階段の近くに先輩はまだいらっしゃる。今ならまだ間に合う。ほら、自分にもあの人にも素直になれば良いことだろう。
何か大切なことを思い出すようにして、我輩はバスケットを抱きしめながら地を蹴って先輩の後を追い掛けていた。無我夢中で、一心不乱に。
「せっ、先輩!」
「ん? 今度はどうしたんだい、ナマエくん」
「あの、ですね…」
校舎は造りが単純だから見失うはずもなく、手の届く先に貴方はいた。
「…実はさっきの嘘なんです、かな?」
「え、…なんでわかったんですか」
「わかるとも。君はわたしの大切な人だからね」
頭に先輩の柔らかな手がふってきて、ふと反射的に目を閉じる。ゆっくりと撫でられて、落ち着くこともなくポンプ運動を続ける心臓がさらに脈を打った。
言わないことを後悔する。言って後悔する。この二つの存在価値は、きっと人それぞれ違うことだろう。我輩も、先輩も、りんごちゃんやまぐろくん達も。
「言い直しに来てくれるとは…成長したものだな」
「…気に入らないです」
「何がだい?」
「手の平で躍らされてるみたいで」
「ふふふ…。わたしにそんなつもりはないんだが、まあ良い。ほら、共にそのクッキーを食べようじゃないか」
「確信犯め……お腹壊しても責任は負いませんからね」
最初からわかっていても、自分の思い通りにならないことがある。でもそれは、貴方とならうまく行くような気がした。
部室までの道程はそれほど遠くない。けれど、差し出された左手を見て我輩は口許を緩める。
どうだ神様。つまらないかい。我輩が進歩して。
くだらない駄弁は喉の奥で置き去りにして、先輩に握られた右手を見つめながら天井を仰いだ。
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2011.11/06(当サイトup日)
ボルゾイ様との相互記念で@にぼし様に恐れ多くてもリクエストさせていただいた作品です。
もう…りすせんぱいも夢主も@にぼし様も大好きです…!
本当りすせんぱい好きが加速しました!
もう限界点突破ですありがとうございます@にぼし様!
返品はしませんよ、絶対に…!