そわそわきょろきょろと小動物のように警戒しながら一歩一歩進んだ。特にカウンターは息を潜めた。
ゆっくりと通り抜けてひと息付くと「きょうは許すま ただ、食べるのは禁止ま」という独り言のようで明らかに私に向けられた一言がカウンターから聞こえた。
……ばれてましたか。



    * * *

図書庫を通って閲覧室へ。
平日の午後は人の気はあまりなく、しんと静まり返っていた。
奥へ奥へと進むと1人何冊もの本を机に積み上げ、読書に勤しむ少年と横に困り顔で佇む紫のなにかを発見。
此方の気配に気が付くも、視線は少しを移しただけでまた本へと戻ってしまう。


ああ今佳境なんだろうな、と自己完結して向かい側の席に座った。


いつ渡そうかとちらちら鞄を気にしていたら、紫色はこちらを見てにやにやしていたのであやクルが読み終わるまで突っつき回すことにした。
今は何も言わないけど喋れる状態だったら、うひゃあとかうきゃぁーとか言ってるかな。ふっ、私の暇つぶしになれることを光栄に思うがいいわ!ほらつんつんっとね!




「煩い」
「えっ、」



今の今まで頁を進めていたあやクルが本から顔をあげしかめっ面をしていた。煩かったかな。一番煩い奴は声が出ないから煩くはなかったと思うんだけど……



「何の用だ。何か用があるなら早く言え」


珍しく読み途中である本を閉じてこちらの返事を待った。

もう少し機嫌のいいときに渡したかったなぁ…まあ仕様がないか。


「えっと、今日前言ってたバレンタインデーってやつでチョコ作ってきたから渡しにきたんだ」


鞄から包みを取り出し手渡した。
あやクルはそういえばそんなことも言っていたか、と呟き受け取る。
渡したら少しは皺が緩むかと思ったけど緩んだのは一瞬でまたちょっとくすぶっているように見えた。


「あ、そういえば」



「?」



「うっかりしてて昨日あやクルのチョコ作ったら他の人のチョコが足りなくなっちゃって今年はあやクルにしか作ってないからクルークに見せびらかさないであげてね。申し訳ないからさ」


まあ見せびらかすなんて大人気ないことキミはしないか、付け足しあやクルを見やると目を見開きぽかんとしていた。
私が見ているのに気が付くとにやりと口の端を歪ませた。



「そうか」


静かに席を立ち、積み上げられた本を所定の位置に片付けた。片手には封印の書。



「あれ、帰るんだ?」



「この場では食えないからな。
それにこの菓子では本が汚れるからこいつの家に帰る」


すたすたと歩きだすあやクルに着いて歩く。



「食べてくれるんだね」



「いい紅茶をクルークが買っていたからその茶菓子に合わせるだけだ」



「まあそれでも嬉しいかな。
うん、作った甲斐があったよ」


一旦歩きを止めたあやクル。
どうしたのかな、と思った瞬間頭に重み。


頭に手を置いているというのに気が付いた頃にはその手はわしわしと少し強めに撫でていた。


「えっ、」



「……煩い」


疑問符よりも心臓の煩い音が打ち勝ってぐるぐるした。
再度えっ、と声をあげると撫でていたその手は離れ、マントを翻すようにまた背中を向けた。

前に向き直ったときに頬がいつもより赤みがさして見えたのは、多分、気のせいじゃないと思う。
現に私も頬が熱いくらいに火照っていたから。





2012/02/14 *HAPPY Valentine's Day!
 
 
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