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(※不謹慎かもしれない)



くっそ暑い。清々しい程の青と入道雲が空には無限に広がっていてなんか腹立たしい。HAHAHAHAとか笑いそう。そして太陽光は射さすように身体から汗を噴出させ、日本特有の空気はじっとりと周りを包むのだ。そんな長時間いたらたちまち熱中症になりそうな日陰もない所で何をしているのかといえば、単純明快、赤が青になるのを待っている。いわゆる信号待ちだ。

ただ単純じゃないのは、この異常気象でおかしくなるのは人の頭だけではないらしく信号もおかしくなってしまったらしいという点。さっきから青になりゃしねえ…失敬、ならない。
そうなりゃ仕様がないと渡ってみれば良いのかもしれないが車が来なければ、の話。さっきから待っている時は通らない癖に通ろうと足を踏み出そうとする度に狙ったかのように車が横切り通れないのだ。しかも私以外の人がいない為なにかを協力することも出来ない。

こうなれば管理してる人とかに電話すべきなのか。しかしどこに電話すればいいのか分からない。頭を捻って出した答えは警察。信号機が壊れているから事故が起こる前にどうにかしてくれと伝えればあとは彼らが信用の置ける信号を管理しているだろう組織に連絡なりなんなりしてくれるだろうというもの。そうなれば善と自身の安否を持ち合わせ連絡だ。颯爽と携帯を取り出し連絡をしょうとした。のだが…画面に自分の顔が移る。黒い。


…携帯様が、召された。じうでんぎれ。
私を置いて眠りにおつきになられてしまっていた。くっそうもういい、家に帰ろう。用事はきっとたいしたことないものだっただろう。家に帰って警察に連絡したら、シャワー浴びるなりアイス食べるなり麦茶飲むなりして涼を感じようじゃないか。

打ち砕かれた目的を慰めるように涼しさのイメージを膨らませつつ例の道路から背を向けた。ら、私以外人っ子ひとりいなかった歩道に人がいた。しかも知り合い佐々木だった。


「ナマエちゃんここに居たんだ」

「やあ佐々木」

この暑さのなか涼しい顔をした佐々木(現に汗もあんまりかいてない)はひらりと掌を見せた。やあやあと挨拶をする。


「いつまで経っても部活に来ないから迎えに来たんだけど、何か言うことは?」


「こんな暑い日に特に明確な活動がない部活の癖に立派に朝から活動日にしたのが悪い」


「相変わらずの減らず口だね★」


「暑いんだよ。それに信号機が壊れてて進めないんだ」


そうか、私は部活に行く途中だったのかと変に思い出しながら、ほら、と今になるともう憎たらしいったらない例の信号機を指差す。佐々木はちらりと視線を移すけど理解はしなかったようで説明詳しく?と彼らしく星を飛ばした。


「さっきから青にならないんだ。車も待ってると来ない癖に通ろうとすると来る。参ってるんだ」


「うーんそっか、それもそうだね。じゃあ待とうか、小話でもはさみつつ」


ちらりと私と信号機を見比べて静かに笑う。珍しく風が少し吹いて髪を一束揺らした。少し涼しい。汗を拭って息を吐けばさっきより気だるさは楽になった。


「暑いから頭がいつもよりおかしいって思って聞いてくれたら幸い★」


「なんの話?」


まあまあ聞いて聞いて。さっき小話って言ったけど長話になりそうなのはご勘弁でね、まあ進めないんだしここは語ろうよ。RPGでいう本編とは関係ありませんっていう閑話なんだよきっと。

佐々木はそんな長い前置きをしてからもう一度口を開いた。


「よくよくいつも近くに女の子…まありんごちゃんなんだけど、がいたけどあんまり意識してなかったんだ。所謂親友だったんだね。それは小さい時でも大きくなっても変わらなかった。
部活を同じくしてもそれは変わらなかったんだ。まあそりゃあそうっちゃあそうだよね★
それで、いつも馬鹿騒ぎして色々問題起こしたりする部活が何だかんだいって恋しくなるのと同時に居て楽しくて、ずっと一緒に居たくなる女の子と知り合ったんだ。でも最近までりんごちゃんと同じように親友だなって思ってた。りす先輩曰く親愛と恋の始まりは似たようなものらしいけどそんな微々たるものわっかんないよね?感覚ほど判りづらいものってないよね。
おかげさまでこんなに時間がかかってこんがらがった状態になってようやく最近分かったんだ、その子が好きなんだなってね★」

とんと聞かない…言ってしまえば初聴だろう佐々木の浮いた話に、にやにやするでもなく余計な言葉を挟むでもなく私は静かに頷いていた。いつになく佐々木が真剣であったからだろうか。そして自分自身が真剣な話になると相槌を挟むことは邪魔っ気に感じたらしい。

ただひっかかるのは佐々木の、表情。表情を構成する重要な顔の半分は髪に隠されているが、分かる。それが、恋話をしている筈なのになにか思い出すように、まるで郷愁のような色をしていることを分かっている。
言葉を切って佐々木は空を仰いだ。ここから先は聞いてはいけないことのように感じたけど、切り出しておいて流石にこんな終わり方はすっきりしない。
思い切って聞いてしまうことにしてまた話を再開させた。


「…それでその子とは幸せになれたの?さっきから話を聞いてるとまるで終わった話みたいだけど」


「うん、伝えようとも考えない内に叶わなくなっちゃったんだよ」


阿呆みたいに高くてやたら爽やかな色をしていた空が、いきなりの雲で太陽が隠れて暗くなる。空はしゅんとして灰色だ。佐々木の寂しそうに響いた後悔もいつもの手の内を見せないような口調と表情の曇り具合も、ひゅうと吹いて雲が飛んで光った太陽に一瞬見えただけにされた。

すっと目線をこっちに向け、寂しそうに口元を歪ませた佐々木はまるで優しく諭すような口調だった。見てごらん。さっき言っていた信号機はね、



「確かにずっとずっと赤だったけど、僕と話している間に何回も青になってたんだ」



ぶわりと夏に相応しくない強い強い風が吹いて髪が激しく靡いた。風が止んで憎たらしい信号機を見上げればちかちかと赤を灯していた。ちかちかと点滅しもう少し進めることを証明している。

佐々木はこっちを見ない。たわ言のように小さく、好きだったのは、と呟くとばさりと音を立て何かの束を置いた。諦めたような口調も後悔も目的も信号機も分かった今ではもう目の前はすべて青に変わっていて、私の手すらうすく青で染められたように透けていて。去ろうとする佐々木を止めようとした手は空を引っ掻いただけに終わる。

ばさばさと束が風を受けて音を立てる。まだ心地の良い風は吹き続けている。青青青、信号機は進めと光で指示をした。



さよなら空色

ばいばい、好きだったのはキミだったんだよ、



2012/8/17

 
 
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