夕闇、ぼうと灯っていく火々に驚いたのも束の間、赤い棒のような街灯のようなものがずらりとゆく先に並んでいった。…鳥居だ。足下に冷たさを感じればぴちゃりと澄んだ水が足首辺りを流れていた。水には現実離れした白や金で彩られた金魚がすいすいと泳いでいる。
なんだここ。まったく浮き世離れしているとかそういう問題じゃない。だってここプリンプだったはずだ。日本だったらまだ何となくは出来そうな風景ではあるが、私は安藤さんたちとプリンプという完全なる別世界、和とか日本文化とか塵ほどもない所にいるはずなのだ。どろりどろりと張り付くような空気に頭を埋め尽くす疑問。知らん顔ですいすい泳ぐ金魚。そういえばまったく人気がない。そもそも人が住めそうな場所でもない。
ふわりと浮かんだシルエットはお盆でよく目にする提灯で、ふわふわ浮かびながら私に近づいてきた。なんだなんだと思いつつも手を出せず見つめていると提灯は横に裂け、長くて血のような舌がでろんと垂れた。
「ひっ!?」
「おー!驚いたー?」
「ひゅーどろどろ…」
驚いて声をあげると、どこからか二人現れた。とても楽しそうな女の子と暗い顔した男の子だ。でも良かった、人がいるのだ。まだ安心できる。ほっと息を整えた。
「ここはどこ。キミたちの悪戯かい?」
「うーん、そーでもあるしー?」
「…そうでもないかもしれない」
くるくる回っておちゃらける女の子と、まったく表情を見せず呟く男の子。悪戯だとするなら手ごわそうだ。
「ごめんね、もう一度聞くよ。ここはどこ?」
「おおっ!それ聞いちゃいますかー!!
ここはねぇ、サンズリバーって言うんだよ」
「要するに三途川…」
「……はあ、」
三途の川ときたか…しかもサンズリバーって和洋折衷にもほどがある。確実にプリンプの人達に見られる悪意にしか思えない悪戯であると認識した。あの人達は私たちにはない魔力、魔導って奴をよくよく信じられないことに使う人たちなのだ。何があっても何をしても不思議じゃない。
「プリンプに帰りたいんだ、そろそろおふざけ終了しない?」
「あれあれ、お姉さん現実とーひ?」
「……こっちの地面を見ることをお勧めする」
話聞きやしねぇ。仕様がなく男の子の言う地面を見た。途端ぞわりと背に冷たいものが走った。この子ら、足がない…!
「やーっと気づいてくれたよー!ユウレイなのにこんなにスルーされるの久々だよー!ユウレイだけに冷たい!」
「…ユウレイだけにっていうより、ユウレイだから冷たい」
「私、本当に死んだの…!?」
「いや?まだ死んでないんだよ!だってサンズリバー渡ってないよね?」
「…渡りかけだからまだ死にかけ」
「そんな……」
まったく記憶がない。何があって死にかけなのか分からない。そして、家族に何も言えないままに死んでしまうなんて嫌だ。何があっても無事に帰ろうって安藤さんと約束したのに、一体何でなんだ。
「うーんとね、たしかルルーが修行中にぶっ飛ばしたおっきな岩がキミにぶち当たったから生死のハザマだったかな!」
「…凄いギャグみたいな死にかけ」
「そんなふざけた死に方やだ…」
ちっとも思いだせないけど、想像だけは出来る。
呑気に歩く私の横に花嫁修行とやらで素敵な笑顔で特訓するルルー、そしてぶっ飛んでくる岩。ああ、今はきっとりすくま先輩に膝枕されて死ぬなナマエくん!みたいな感じになってるんだろう。…あれ、これ幸せ過ぎる。もふもふふわふわに包まれて…!
「残念でしたー!近くに居たあくまさんに介抱されてまーす!クマはクマでも悪魔であくまでしたー!」
「…クマ違い」
「なんてことだ…死に際でさえもりすくま先輩に膝枕してもらう夢は叶わないのか…」
「まあでもあくまさんならなんとか出来ちゃいそうだから残念だけどユウレイにはならなそうだよ?」
「…もうすぐ起きる」
ふわふわと漂う幽霊(?)の2人が指差す方は恐らく私が歩いて来た方向で、白い光が伸びてこっちまで来ていた。
ゆらりと足下の金魚たちが揺らめいて水と混ざり合いマーブル模様になった。鳥居も見えない。
「じゃあねー!死ななくて残念だったね!」
「…………………」
物騒なことを言う女の子だけど、よくよく考えたらこの子たちが居なければ私は三途の川(?)を渡りきってしまうところだったのだ。ふわふわとしてきたこの世界の中でやたらハッキリとした輪郭を持つこの子たちをしっかり見る。
「とりあえず、助けてくれてありがとう」
「もっとユウレイの素晴らしさを知ってからユウレイになってもらいたいからね!おやすいご用だよ!」
この子らは死んでいるのだから、ここで最後。もう会えないのだろう。そう思うと少しばかり寂しさを感じる。本当にありがとう、もう会うことはないけれど……胸の中でそんな私らしからぬ言葉が溢れた。
「…普通にプリンプの墓地で会える」
「あとクランデスターン屋敷でもね!クランデスターン屋敷でユウちゃんと握手!」
「あ、そう…」
拍子抜けした私であったけど、また会えるのはやっぱり嬉しい。光に向かって進んで行きながら、今度綺麗な花でも持ってその屋敷って奴に行ってみようと思った。
目覚めてみれば確かに頭は血で赤く染まっていて、表情を変えないあくまさんに不注意歩行危険なりとか言われた。
「………いいの?」
「うん?なにがー?」
「生かせていいの?」
「だってあの子死んじゃったら良い子だからユウレイにならないよ!それはザンネンムネンってね!」
「…また明日」
「あ!レイくんがボケた!」
「…またくるとおもう?」
「くると思うよ!だってあの子色々こっち慣れしてないから怖がってもいないしね」
「………楽しみ」
残念無念?また明日!
2012/08/04
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サンズリバーについては、夢主のインナースペース的なものということにしておいて下さい。
残念無念〜になる前のタイトルが実は『私帰ったらあの子たちに会うんだ』だった。