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ああ、これは夢だ。



きゅうと握られた手はまったく熱を感じとれなくて感覚すらうっすら遠くにいるのだ。そしてようやく触れていると感じた。ああ、死んでしまうのか。しかし分かっている、これは私だけど私ではない。横に流された髪の色は寝る前に梳いたそれではないし、言ってしまえばこの様な場所見覚えがとんとない。

朧気に太陽が顔を出し、月が薄く消えかかっている。薄い薄い水色と真っ白な月。そして月の色を写すように、この部屋は白くて硬い。どこかの城みたいだ。はて、城。城というと見覚え聞き覚えがある。どこだっただろうと頭を捻っていると、私の意思とは関係なしに私はぱちぱちとまばたきをした。そして絞り出したような「泣かないで、」薄く薄く生気のない声。それに対して手を握る彼は返事をしない。俯いてただただ手を握る。顔からはきらきらと雫が垂れる。そして隠すことなく彼は顔をあげた。でも此方からは逆光で見えない。きらりと光って見えた雫はたいそう美しくて、気化したであろうその雫の入った空気を吸うことに何か恥ずかしさを感じ息が詰まった。そんな私は気にせず私は続ける。


「×××は幸せになって、」

「……私を置いていく気か」

「こんな所に縛られていないで、×××を認めてくれる場所がきっとあるから」

「お前が居なくては、私は…私は、」


ほんとうに一人になってしまう。飲み込んだ言葉はそう聞こえた。私は微笑んで彼の涙を拭った。とても満足感に満ちている。

「きっとまた、会えるよ」

「………………」

「絶対次も会いに行くから」


だから、貴方も私を探してね。これも飲み込んだ言葉。我ながら私は酷い奴だった。これは呪いだ。置いていってしまう相手に言って良い言葉じゃない。相手に自分を忘れさせなんてしないという確固たる意志を感じる。


女と野獣なんて比喩のされ方したけど、まるでこれじゃあ逆じゃあないか。まるで魔物と言われた彼が捕らわれの身で何でもない顔をしていた女が卑しいそれじゃないか。まるで逆転している。

待って。なんで魔物なんて出てきたんだ。魔物、魔物と言われればかの古代アルカ文明を支配し封じられた彼が真っ先に浮かぶ。でも何故彼なんだ。

途端ぱたりと手は力が抜けて私は力尽きた。私はその私ではないからかまだその様子を見ていられるようだ。彼はいっそうぱたぱたと雫を零す。外はとっくに日が昇りきっていて見えなかった周りのものもきちんと見え始めていた。

消えかかっていく月と同じくして意識も現実に引っ張られていく感覚。あ、この夢覚めちゃうのか。その瞬間ふと顔をあげた彼は、姿形も何もかも違ったけど確かにあやクルだった。そして見えていない幽霊みたいなもので、夢を見ているだけの筈の私の方をしっかり見ていた。彼が驚愕しながらも手を伸ばし掴もうとした瞬間、映像が途切れた。


「 ナマエ、 」








「ナマエ、」


「………うん、?」


目覚めた私は木の下、本を膝に置いたままに眠り込んでいたようだ。そんな私をあやクルは覗き込んでまで呼びかけていた。

「……そんな所で寝るな」

「う、うん」


呆れた顔をしてくるりと背を向け去ろうとした。わざわざ起こしておいてさっさと帰ってしまうなんて寂しい。し、私は彼に言わなくてはいけないことがあるらしい。


「夢、見たんだ」

「……………」

「まるでキミがお姫さまで私が野獣のようだった」

「なんで私が姫なんだ」


心底嫌そうに顔を歪める。そりゃあいきなりお姫さまとか言われたら不快だろうね。でもそれくらいキミは綺麗だったし、私は醜かったんだ。

「うん、ただの比喩だよ」

「それだけか?からかいなら余所でやってくれ」


見せたくないものでもあるのかあやクルは帰りたくて仕方ないみたいだ。またしても私に背を向ける。背のマントは風に乗ってひらひらと舞った。


「×××、」


びくりと肩を震わせ、途端に此方に振り向いた。顔は驚愕と切なさを含んでいる。彼にしては珍しく感情を見せた激しい表情。口は何か言葉を吐き出したいのに上手く動かせないらしい。

「待たせてごめん」


瞬間。あやクルは、彼は、夢の最期と私が起きた直前の今にも泣き出しそうな顔になった。ぽろりと流れた雫はやっぱり気化して私の周りをふわふわ漂うらしい。またかい、息が詰まりそうなのに。


夏の明晰夢

結局どの私も大概変わらないらしい。




2012/08/01
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明晰夢:夢だと分かって見る夢のこと


夏とあやクルさんと不思議を混ぜたらこうなった。
まったく似てはいませんが夏目漱石の夢十夜の第一夜をイメージして書きました。

 
 
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