真っ暗になってしまった道をとぼとぼ歩きながら家を目指していた。心配性の幼なじみには通るなと散々釘を刺された道だけどやっぱり暗い道一人で帰るのであれば近道を通りたかった。如何せん怖い。誰かしら…せめて鳥とか虫とかの小動物がいればまだ和むのに鳴き声ひとつ物音ひとつしないのが不気味だった。
歩みを進めていると、一瞬だけ月光が影った。不思議に思い見上げてみれば蝙蝠が飛んでいた。少し大きめで綺麗な羽をしていて見とれていたら、靴を投げると超音波で感知する為に蝙蝠が落ちてくる靴と一緒に急降下してくるという噂を思い出して好奇心が沸いた。のそりと靴を脱いで蝙蝠に向かって投げてみる、と上手く上がらずにその上蝙蝠に激突してしまった。すごく可哀想なことをしてしまった。急いで急降下する蝙蝠の真下に行ってキャッチした。キキッと鳴いたから生きてはいるけど弱ってはいるみたいだ。上手く見えない為、ちょうど照らす月明かりに当ててみて吃驚して蝙蝠を落としそうになってしまった。
その蝙蝠はなんと真っ赤っかだったから。血まみれなのではなく地が赤い。一瞬気持ち悪いと感じた自分を察知してか蝙蝠が切なそうに静かにキイキイ鳴いた。どうも悲しそうに聞こえて悪いことした気分になった。

「ごめん、ちょっとキミみたいな色の蝙蝠は見たことがないから吃驚しちゃった。でも一瞬でも悪いこと思っちゃってごめん、」

蝙蝠に謝るっていうのも正直変な話だけどあまりにも人臭い行動にどこか失礼なことをしたと思ったのだ。謝ると蝙蝠は何故か一切鳴かなくなりいきなり飛び立ってしまった。また一人になってしまったなんて思って足を踏み出したら、後ろから凄い羽音が聞こえた。恐る恐る振り返ると何十匹もの蝙蝠が集まっていた。しかも、全部赤い。もりもりと山のようにくっつきあい人形になったと思ったらそこには既に人が立っていた。

赤いマント。閉じられていた双眸を開けば深紅。赤茶の髪をそよりと夜風にさらわせて凜としてそこに立っていた。明らかにその人は人じゃなかった。蝙蝠が出来上がって成ったその人はぺろりと艶やかに唇を舐めた。こちらをじっとりと見つめる人はさながら肉食獣のようである。その美しさに呑まれた私は何も言えずその深紅から目を離すことも出来ずにただ立ちすくんだ。片手でマントを後ろにのけてぽつりと呟いた言葉は低くゆっくりと頭を浸食した。顔はただひたすらにシニカルな笑みを浮かべている。

「娘、お前は面白い。お前こそ私の退屈を殺す者だろう?」

マントはまるで生きているように奇妙にゆらゆら揺れて覆い被さるように立つ彼を助けるように更に私から退路を見えなくした。すっと私の前まで移動して首筋に手を添え、訳が分からず困惑するも指一つ動かせない私の焦った顔を見て更に口の端を歪ませたこの恐ろしい麗人。

「ここを通るなと散々言われていただろうに利便性に忠告すら忘れたか。まあ私には都合がいい」
「喜べ、娘。お前は選ばれた」

細くはなく男性特有の骨ばった手でするすると静かに首筋を撫でた。顔を近づけて小さく開けた口には、するりと常人より長く尖った犬歯が見えた。それを思いっきり突き刺さされた。

そうして私はようやく目の前の男が何であるか悟ったが、まだ理解出来ないことがある。血を吸う化け物であることに間違いはなく確かに血を持って行かれた。そのまま死ぬと思った瞬間熱い首筋に冷たい何かが注ぎ込まれた。吸血鬼というものは血を飲み干し殺すものだと言われている。血を全て持って行かれて殺されかけた…がその何かをされてから血を吸われている最中に感じた薄ら暗いなにかを感じなくなった。何故殺さなかった、一体何をされたのだ。
刹那ただひたすらに眩みを感じて倒れそうになった私を支えたそれの瞳は猛獣のそれから人間みたいな甘いなにかに変わっていた。

「忘れるな、私はお前を見ている。そして必ずお前を、、」

ここで意識は途切れた。



くらくらする。アミティの元気な声は遠い耳の奥で反響するようだし、ラフィーナの鮮やかな色がぼんやり見える。気怠い眠気もあいまってかくりかくりと頭が揺らぐ。安定のしない具合に疲れて姿勢を低くして少しばかり机に伏せた。やっぱりまわりが遠く感じてしまって仕様がない。ふわふわと眠気は侵蝕するけど頭がくらくらするから眠れなくて余計にキツい。

結局、あの悪夢のあとふと気付くと私は家のベッドで寝ていた。それこそあのような現実離れしたあの事件は夢だったと思ったがそれを許さなかったのはすぐ頭を占める眩みと首筋に残った咬傷だった。それこそ悪夢たる所以だった。
正直こんな体調で授業に望んでも勉強にもならないし確実に誰かに迷惑をかけるだろう。しかし、今は1人になりたくなかった。出来るならば大人数の中に混じりたかったのだ。まだ安心は出来るから。流石に悪目立ちする赤い牙跡は絆創膏で隠した。

依然ぐるぐるとするが、おいナマエ、ナマエと呼ぶ声がした気がしてゆっくり頭を上げると腰に手を当てつつ私の顔を心配そうに覗き込むクルークがいた。目をこすろうとしたら途端に首元が疼いて困ったので手を添えた。目はぼんやりしたままでクルークの輪郭をとらえる。

「さっきから大分おねむのようだけど…なんだい、夜更かしでもしたかい?」

こくりこくりと頷いて是を示した。じろじろと無遠慮に見るから見られたくない首は手で隠したままにした。

「それにしちゃあまったく顔色が悪くないかい?顔が青いって言うよりは白いじゃないか……」

「だいじょうぶ、心配してくれてありがと。ねたら治るよ」

「ふうん…まあ大事にしなよ。こう言うのもあれだけどキミから元気を取ったら馬鹿に静かでつまらないんだから早く元気になれよ」

「…ありがと」

クルークはぽんと頭に優しく手を置いてからくるりと背を向けた。深い息を吐いて首から手を外した。どくんどくんと巡る血が冷たく感じる気がするのも、そのくせに咬傷は熱いのも酷く気味が悪い。もう一度深く溜め息をついた。

「あ、忘れてた。あのさ、ナマエ、」

「えっ、あっうん」

いきなり振り返ったクルークに吃驚して急いで首元を隠そうとしたけど間に合わなくてクルークはぽつりと皮膚に浮かぶ絆創膏を見つめた。逆に隠そうと急いだのが仇になってクルークは険しい顔をした。


「…なんだよ、それ」

「……ちょっと引っ掻いた」

目を逸らさないように努めてクルークを見たら、怪訝そうな瞳は遠くを見つめてから寂しい光を灯して揺れた。何も言わないクルークに少し安心していたら、いきなり手を伸ばしてきた。クルークは確かに何も言わないし問い詰めもしなかったけど一番して欲しくなかった絆創膏を剥がすという行為をした。外気に触れて更に傷はじんじんと熱を主張する。クルークはといえばただただ絶句していた。瞳は未だに安定せず暗く絶望しているように深く黒い。
呆気に取られて抵抗も出来ずに空中で停止していた手に気づいてさっと首に添えた。

「…ほんとにちょっと引っ掻いただけだから、その」

「……いい、ぜんぶ分かってる」

言いかけた言葉を手で制してようやくといった風にクルークは声を絞りだした。まだ不安定な瞳は朧気に絶望の色が見える。なんとも異常な親友の反応に何を出来るでもなく狼狽え目眩に耐えるだけの私にクルークは、耳元で小さく私だけに聞こえるように呟いた。


「……どうすればいつも通りの生活に戻れるか僕は知ってる。助けてあげるから、ついてきて」

手をやんわりと掴んでクルークは私を立ち上げた。依然邪魔をする眩みと戦う私にはどうして知っているのかとか何で学校をすっぽっかしてまで行動しょうとするのかとか当たり前に浮かぶ疑問すら浮かばなかった。ただ助けて欲しいという本能のままにクルークの手に引かれていってった。





連れられて来たのはクルークの家だった。クルークの家は、普通に私たちが住むような家で並ぶものたちもどこでも見かけるような家具たちだけれども何故かどこか古ぼけて見えた。クルークはといえば家に着いてからは少し落ち着いたようで瞳もいつもの森のような深い緑色の目に戻っていた。
小綺麗な机と椅子まで案内されて座る。少し台所に籠もったクルークが美味しそうなお茶菓子とお茶を持ってきて机に置いた。ふわふわと登る温かい湯気と被せて向かい側を見る。クルークがゆっくりと自分のお茶を飲み干して息を吐いたのを見て、私も一口頂いた。少し眩みと眠気が収まった気がした。


「…吸血鬼に咬まれたんだな」
何て言って良いかも分からず、困惑しながら頷くと眉根に皺を寄せて息を吐いた。何であの道を通ったんだとかいつもみたいに怒られると思ったけど怒られなくてただ、クルークはだからあんなに通るんじゃないって言ったんだ…と呟いただけで終わらせた。


「しかも契約させられたんだな。奴のやりそうなことだよ」

「…契約?」

「そうさ、吸血鬼は人間よりは遥かに長く生きる。だからつまらなくてつまらなくて堪らなくなってしまうから、人間を選んで眷属とするんだ。恋人としてでもペットでも家族としてでも何でもいい…言っちゃえば暇つぶしみたいなものとして気に入った奴を似たようなものにして引きずり込むんだ。それに見事にキミは選ばれちゃったのさ」

そんな吸血鬼の暇つぶしの為に人から外れなきゃいけないなんてなんてことだ。青ざめる私に更にクルークは解説を続ける。
「今とてもくらくらするだろ?それがそうなんだ。くらくらしなくなったら、完璧に仲間入りだね。
普通は気に入った時点で引き入れるんだけど、奴は人の恐怖がご馳走みたいな奴だからわざと野放しにしてるんだ。嫌だっていうのを無理矢理連れて帰るつもりなんだと思う。きっと人間じゃなくなったら攫いに来るだろうね」

「…性格悪」

「まだマトモといえばマトモなんだけど性格だけは最悪って言われてるから」

近くにあった本棚から分厚い本を取り出して机に置いた。ぱらら、音を立てて開くと呪文の羅列とか魔法陣とかがみっちり詰め込まれている。

「でもだからこそナマエは助かったようなものなんだよ。契約には、人間からそれになるまでちょっぴり期間がかかる。2日3日、その間に他の契約か契約破棄が出来ればナマエは性悪吸血鬼に攫われなくて済むんだ」

「どうすればいいの?」

「むかし、契約破棄の術はこの本に書かれていたんだ」

「え?」

ぺらぺらとページを捲って見せられたそこには確かに千切られたページの後が残されていた。え、じゃあ私はどうすれば良いのか、どうなってしまうのか、動揺する私を尻目にぱたんと本を閉じてクルークは此方を悲しそうに見た。


「今まであんなにも頑張ってナマエを守ってきたのにこうもあっさり崩れちゃうなんて笑えるよね。しかもアイツにさ、とられるとか何かが狙ったとしか思えないよ。いつも元気でちょっとお馬鹿さんで楽しそうなナマエが好きだからあえてそうしてきたけど、もう駄目みたいだ」
「…何言って、」

いきなり頭がぐらりと揺れて、身体が椅子から斜めに床に向かった。叩きつけられたけど痛みはまるで感じられなくてただただ眠気に引っ張られた。椅子からゆっくり降りたクルークが近づいてきて私の肩を抱いた。
この眠気が吸血鬼の行為の産物でないと気づき重い頭をあげてクルークを見た。声はくぐもって何一つ言葉にならないがクルークは頷いた。

「うん、確かにそれは違うよ。キミのお茶にちょっと盛った」
必死に瞼を持ち上げて抵抗してもそれよりも大きく下がっていってしまう。クルークはでも大丈夫、起きたらぜんぶ終わってるから。と見当違いの返答をした。違う、そうじゃない、クルークは何をする気なの。

「ごめんね、ナマエ。僕はこうやって人を巻き込むことも退屈凌ぎにすることも大嫌いだし、キミに歯を立てたくなかった。キミだけは僕と普通に接して欲しかった。
でもナマエがアイツに取られるのだけは絶対に嫌なんだ」
「僕は絶対アイツなんかよりもキミを愛してる」


紅い吸血鬼に咬まれた方に手を添えて、反対側に顔を埋めた。もう据わらない私の首を優しく傾げて小さく口を開けて犬歯を向けた。肌に突き刺さった音も痛みもすでに遠くのことだった。



大丈夫だよ怖くないって言ったのは誰に向けてだったの?


----------------

はいそんなこんなで吸血鬼ぱろ。結局クルークくんも吸血鬼でしたオチ。
クルークとあやクルは兄弟。とりあえず人の一生二回分くらいあやクルが年上でクルークが普通に夢主と同い年。
あやクルは自分の興味とか知識欲に対して貪欲で、かつどSというか性格がねじ曲がってる。多分夢主が初めて引き入れた人間じゃない。

クルークは吸血鬼に嫌悪してて出来るだけ人間サイドに属したい。あやクルが一番嫌い。やっぱりあやクルが出来のいい兄で吸血鬼になりきれない駄目弟なクルーク。夢主と幼少時代からの仲で夢主が好きだけど、夢主を想っていい友達。
ちなみにクルークがわざわざ薬を盛ったのは一番自分の醜い箇所である吸血を見られたくなかったってのと、痛みを感じて欲しくなかったからとか。その点あやクルさんは対照的。


…で結局契約がどうだとか言ってたけど普通と違って2人が血が繋がってる為にどっちか選べる権利があるとかまたは2人の従属になるとか考えたけどそこのせいで詰んだ。

ちなみにオチ的にはクルークと紆余曲折あってダークにラブラブ的になるとか結局のところは夢主を引き入れられたけどヘタレなクルークとラブコメとかアナザーサイドであやクルさんに結局捕まってあれこれされたりとか考えてた。


いっぱいいっぱいの切羽詰まったクルークすきです
あやクルさんはメンタル弱いのもいいけど悪役演じてるのすき。

もしここまで読んでくれた方、おつきあいありがとうございました(^o^)
無駄に長い…

 
 
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -