イスカの恋路 | ナノ
「何で最近来なかったんだよ」

屋上のいつもの場所。そこについた途端、眉間に皺を寄せ、いかにも不機嫌だという表情をした青峰に睨み付けられた。

「アンタに関係ないでしょ」

私の返答が気に食わなかったようで、舌打ちをして更に不機嫌な顔になった青峰は、音を立てながら乱雑に成人誌を閉じる。
なんで私が気まずい思いをしなきゃいけないんだ。腹立つ。舌打ちしたいのはこっちだっての。イライラとした感情をそのまま煙草へぶつけた。この煙草を吸ったらまた授業に戻らなければいけない。溜め息を吐くようにして、白煙を吐き出した。
溶けるようにして煙が消えていく。チリチリと葉の燃える音が妙に響いた。視界にはいない青峰の視線が、背中に感じられる。何か言いたいなら言えばいいのに。そう思いながらも、私は振り返ることはしなかった。

煙草を吸い終わったところで授業へ戻ろうと爪先の向きを変えると、ものすごい力で腕を引かれた。

「何」
「どこ行くんだよ」

なんで今日のコイツはこんなに機嫌が悪いんだ。顔が普段の数倍凶悪だし、力が強すぎて掴まれた腕が痛い。

「授業」
「は?」

間の抜けた顔がムカついたから、「早く腕離せ」と青峰の腹を蹴った。どんな腹筋してんだ。私の足の方が絶対痛い。

「俺も行く」
「は?」

青峰はのそりと起き上がると、先に下へ降りて行った。確かコイツとはクラスが違ったと思うけど。青峰に続いて下へ降りる。

「お、黒」
「見てんじゃねーガングロ」


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あちーあちーと文句を言いながら、デカい図体を日陰にとどめようと縮こまる青峰は不恰好だった。

「デカい。邪魔」
「あ? 仕方ねーだろ」

仕方ないのはこの暑さだ。そもそもここは日陰だし、風通しもいいし、過ごしやすい場所。後はコイツがいなければ快適だ。

「そーいやーそろそろインハイ予選だわ」
「へえ」
「お前、見に来れば」
「嫌」

チラリと青峰の表情を確認すると、不満そうな顔。実はこの顔を最近は気に入っている。実に愉快だ。

「なぁ」
「何」
「コンビニ行こーぜ」

また成人誌でも買うのかコイツ。

「一人で行け」
「アイスでも買いに行こうぜ。あちーし」
「この時間一緒に校門でたら目立つ」

私の言葉に青峰は黙り込む。自分で言っておいてイラつく。くそ。煙草を取り出し火を付ける。最近コイツと一緒にいるとイライラすることが多い。

「ムカつく」
「あ?」

私の独り言に怪訝そうな顔でこちらを覗き込む青峰に、煙を吹きかけてやった。

「ふざけんなよ」

そう言いながら手で煙を払う姿は、まあまあ愉快だった。

「気が向いたら行く」
「は? コンビニ?」

いや、バスケの話なんだけど。まあ、いいか。訂正はしないでおく。これだから馬鹿は困る。
私の口角が上がった。


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何でも決勝リーグというやつが今日あるらしい。以前に青峰が言っていた。それなのに当の本人は、放課後になったというのに、未だに眠りこけている。しかも人の鞄を枕にして。迷惑極まりない。
何度か青峰の携帯が忙しなく鳴っていたが、青峰が起きる気配はない。少し口角を上げながら、顔見知りが相手だと言っていたがあれは気のせいだったのだろうか。

もうコイツを置いて帰ろうと鞄を取ろうとした時、再び青峰の携帯が鳴った。見るつもはなかったが、見えてしまったディスプレイに表示された「桃井さつき」という文字に苛立ちを感じ、青峰の頭から鞄を引っこ抜いやった。

「いってぇな。んだよ」
「電話」
「あ? さつきか……」

青峰が電話をとるのを確認して、私は屋上を出た。くそ。こんな気分になるならさっさと帰れば良かった。

「待てよ。今帰りならお前、見て行けよ。試合」
「嫌だ」

嫌だと言いつつ、なぜか青峰と一緒に試合会場へ来てしまった。平日だというのに観覧席は人で溢れている。インハイ予選というのは、こうも人が集まるものなのだろうか。今までこういった世界と無縁だった私には、よくわからない。
することもないので我が校の名前が書かれたユニフォームを眺めていると、青峰が相手選手へと突っかかっている姿が見えた。居眠り、遅刻、とことんふざけた野郎だ。

試合の残り時間は一分を切っているが、青峰はコートに出るらしい。脱いだ服を彼女へと投げつけ、偉そうにコートに立つ姿は、いつも屋上にいるときとは別人だった。獰猛なのに優雅。知らない顔。

50秒というのは思ったより長かったが、あっという間でもあった。矛盾しているが、洪私はそう感じた。
前半終了の合図に周りは溜め息をついて脱力していた。50秒間の青峰のプレーに息をするのも忘れて見ていたのか。それだけアイツは周囲の視線を引き付けた。インハイ予選ではなく、ここいる人たちは青峰大輝という男を見にきたのではないだろうか。そう、思わせるような時間だった。
それでも、私の視線はアイツの彼女を捉えていた。どこを見ていてもあの桃色は私の視線を引き付ける。まただ。今回はいつもに増して、腹立たしい気分になった。煙草へ手を伸ばそうとしたが、制服を着ていたため諦めて帰路を急ぐ。

試合なんて見に来るんじゃなかった。出口へ速足で進んでいると、視界の隅に彼女と青峰が映った気がした。
私はポケットの煙草を握りつぶしていた。

握り潰してしまいたい感情

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