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オレンジ色が、似合わない人だと思った。


夏休みが明けて早三日。夏休み中も部活動のために登校していたとはいえ、授業があってその後に部活をすると、下校時間はずいぶんと遅くなる。
眩しい西日に思わず目を細めながら、日が暮れるのが早くなったなと感じた。頬を撫でる風は涼しくて心地いいし、聞こえる虫の声は夏の終わりを思わせるもの。思わず夏の終わりを連想させる歌を口ずさみそうになるが、目的地であるバス停に人影を確認してぎゅっと口を結んだ。あぶない。危うく変なのが来たと思われるところだった。
この時間、このバス停を利用するのはたぶんアイツだろう。西日でよく見えないけれど、縦長のシルエットは正にアイツ。そうだ、そうに違いない。そう思って昔馴染みのアイツに大きくぶんぶんと腕を振る。けれど向こうからのアクションは何もない。スマホでも眺めているのだろう。どのくらい近づけば気づくのだろうか。好奇心から私はぶんぶん腕を振り回しながら歩いた。すると向こうが小さく腕を上げる。その仕草と近づいて確認できた顔を見て、小さな悲鳴が奥歯の隙間から漏れた。

「ひっ、あ! えぇ!? 昼神くん?」
「お疲れ」

なぜここに昼神くんが? バス使わないよね? 普通同じバスを使ってるアイツ、白馬牙生だと思うじゃんね!?

バス停には正面から西日が差し込んでいた。それを避けるためか、ベンチへ座らず時刻表に並ぶようにしてガードレールへ腰を預けた予想外の人物、昼神幸郎。
オレンジを背負った昼神くんは、彼を型どる輪郭がとにかく黒かった。暖色の背景に、黒々しく角張っている男。柔らかそうな髪。柔らかそうな瞳の色。それなのに肩や肘、手首。彼の繋ぎ目は強固に見える。

「昼神くん、バス使わないよね?」
「だね」
「なにか用事?」
「うん、そんなとこ」

会話終了。そりゃそうだ。私と昼神くんは正直、そんなに親しくない。一年の時同じクラスだったけれど、こう偶然居合わせて世間話が盛り上がるような仲ではない。
気まずいな。何が気まずいって、特別親しくないのにあんなに大腕振って歩いてきたのが恥ずかしくて気まずい。
そそくさとベンチへ座り、西日が眩しいから顔を伏せますよという空気を出しながら、私は俯いた。
スマホで時間を確認する。バスが来るまであと十分。早くバスよ来い、と思うけれど昼神くんもバスに乗るんだったらバスが来ても現状は変わらないではないか。でも離れた席に座れば、いや、でもそんなことをしたら態度悪くないか? そんなことを悶々と考えていると、砂利が擦れるような音がして、私は反射的に顔を上げた。上げたけれど、視界がチカチカしてよく見えない。

「さっき凄い手振ってたけど、誰かと間違えた?」
「あ、うん。恥ずかしながら」

手をかざし、影の中から見上げた昼神くんはオレンジ色に染まっていた。なんでか漠然と、その色が似合わないなと思った。思ってしまったものは、仕方ない。仕方ないとは思うけれど、失礼だよなと勝手に申し訳なくなり私は咄嗟に話題を変えた。

「風の噂で聞いたんだけどさ。昼神くんって、不動なんだって?」

昼神くんは不自然に一瞬息を止めたように見えた。そして驚いたように目を開き、どこか気恥ずかしそうにして鼻の頭を人差し指でかきながら、「風の噂ね」とやけにまあるい声色が背筋をくすぐった。

「風というか、正確にはガオーが言ってたんだけど」
「ガオー」

まるで異国の言葉を聞いたみたいに、白々しく「ガオー」なんて言うものだから、今度は私が目を丸くする。

「え? 昼神くんと同じバレー部の多動の白馬芽生だよ?」
「多動とは初耳だ」
「それは今、私が勝手にそう呼んだから」

え、牙生と昼神くんって仲悪いの? でも今までそんな感じ全くしなかったけど? 芽生は普通に昼神くんの話、してたけど? え? なんだか気まずいよ?

「別に仲悪くないよ」
「うわ! 顔にでてた?」
「仲がいいわけでもないけど」
「や、やめて? そういうの」
「そういうの?」
「なんて言うかさ、私、アイドルグループはみんな仲良しでいてほしい派なのね?」

なんだそれ。そう言って呆れたような笑い方。あれ、その顔どこかで見たな。どこだっけ。

「ミョウジさんは仲良いよね」
「え? ガオーと?」
「うん」
「仲が良いというか、小学生の時から知ってるから」

会話を続けながらもあの表情をどこで見たんだったかなと、思考を巡らす。そんなことを考えていると「そういえばさ」という昼神くんの声と、また、砂利が擦れるような音が耳についた。

「今年も花火行くの?」

今年も花火。そう言われて思い付くのは、八月末にこの高校周辺の地域で行われるお祭りのこと。

「明日だよね。部活の子たちと行くつもりだよ」
「そうなんだ」
「去年はさ、クラスのみんなで行ったね。うわー、なんかもう懐かしい」
「ミョウジさん浴衣着てたよね」
「行事は全力で楽しみたい派ですから」

「派閥が多いなぁ」そう言って笑う昼神くんの後ろに、閃光が四方へ走った。
そう、去年の花火の時だ。あの顔を見たのは。呆れたように、けれど優しげな顔。目尻が、口角がやけに丸くて、くすぐったかった。そんな去年の夏の終わり。

あの日ことを思い出すと、少し胸がぎゅっとする。


夏休み明けの、長期休みの気分が抜けきらない独特な興奮が覚め止まぬ空気が漂う教室内。それをもて余していた一人が「みんなで花火行こうぜ」と声を上げた。私はそういうイベント事が大好きなので、二つ返事で参加を希望。クラスのほとんどの人が参加したように思う。
浴衣を着てヘアメイクもバッチリな私。現地で合流した友達に気合い入れすぎなんて言われたけど、浴衣とか着たいじゃん? 普段しないメイクとか髪型もやってみたいじゃん? と思う派なので、何を言われてもあまり気にならなかった。
高校周辺が地元だという立地をよく理解している人を先頭に出店をまわった。その途中、地元の友達、同じ中学だった人たちと会って、クラスの人たちから一時離脱。

「久しぶり!」
「元気だった?」
「高校どう?」
「イケメンいる?」
「浴衣可愛い! 浴衣が!」
「彼氏できた!」
「別れた!」
「今度集まろうよ」

まさにマシンガントーク。数分のうちに飛び交う情報量の多い会話に、わーっと騒いで「またね!」「連絡するね」とお祭り会場にいながらも嵐が去ったなという少しの疲労感と、それを上回る高揚感。
私、お祭りを満喫しているなとひとり噛みしめて、クラスの人と合流しようとスマホを巾着から取り出す。

“今どこ?”
“もう場所取りしてる。屋台過ぎて河川敷の方”

えー、私まだたこ焼き買ってないよー、なんて思いながら顔を上げて人波をキョロキョロと眺めると、不意に見覚えのある顔を見つけて思わず「あ」と大きな音が口からこぼれた。そのせいと言うべきか、そのおかげと言うべきか。視線がぶつかったので、私は大きく手招きをして視線が絡む相手を呼んだ。

「昼神くん! こっちこっち!」

同じクラスの昼神くん。部活終わりに参加するという連絡が何人かから来ていたと男子が言っていたので、昼神くんもそのひとりだろうと思い、私は躊躇うことなく大きく腕を動かした。
近づいた昼神くんは少し困惑した表情をしていたけれど、それは私が普段と違う格好をしているからで、同じクラスと言えど会話らしい会話をしたことのない相手だからだろう。そう決めつけていた。

「何事も形から入る派なので、キメてて誰か分かってないのかもしれないけど、私、同じクラスのミョウジだよ!」
「え? あ、うん」
「クラスのみんなはもう場所取りしてるみたいだから、」

食べ物買って一緒に合流しない? そう言いたかったけれど、後半の方はたぶん言葉になっていなかったと思う。というか、言葉になっていない。なぜなら昼神くんの後ろから現れた、大きな見慣れない双眼に射貫かれて、言葉が喉奥にひっこんでしまったからだ。

「幸郎、だれ?」
「同じクラスのミョウジさん」
「フーン!?」

こんなに攻撃的な相槌を聞いたのは初めてだった。「フーン!? ホーン!? クラスの女子!?」と一言一言太刀を振るような強さで発せられる声に、私の足は少しずつ後ろへ下がる。

「ミョウジさんごめんね。気にしなくていいから」
「え、いやいや、あはは……」
「光来くん恥ずかしいからやめなよ」

光来くん。そう呼ばれた人はよく見ると、昼神くんと同じ制服を着ていた。ということは、同じ高校ということで。そういえば見覚えがあるな、ということは同じクラスではないわけで。ということはつまり……。

「私の方がごめん! てっきり昼神くんもクラスの人たちと花火を見るのかと思って声をかけてしまいました」
「部活が何時に終わるかはっきり決まってなくてさ」

だから参加するとは言ってないんだよね。とはっきりと言われはしなかったけれど、そういうことなんだろう。

「私の勘違い! 本当にごめん!」
「そんなに謝んなくていいよ。声かけてくれてありがとう」

こんな状況でありがとうって言葉、普通出てくる? 私は出ない!

「昼神くんって、紳士だね……」
「ん?」
「ハァ!?」

どこがァ!? と光来くんと呼ばれた人が声を上げて、その響きに肩を跳ね上げた私。昼神くんは小さく笑っていたように思う。その直後、ドンと心臓まで届くような音と衝撃が空にうち上がった。私と光来くんは反射的に空を見上げる。その視線の先には四方へ広がる閃光と、表情の角を丸めて笑う昼神くんの顔。
それはとても絵になる光景で、昼神くんて夜空が、花火が似合う人だな。そう思った。それに気づいたのと同時、花火の音のせいか胸の辺りがぎゅっと痛んだ。




「バス、まだ来ないね」

腕時計を見つめ伏し目がちに唇をうごかす昼神くんの背後は、当たり前にオレンジだ。

「今年も浴衣着るの?」
「着るよー。行事は全力で、」
「楽しみたい派?」

私が言い終わるより早く言葉をかぶせてきた昼神くんは、ははは、といたずらっぽく笑った。オレンジに紛れて笑うその光景に、あの日の、あの夜空の方が似合うなと私は確信した。けれど、似合う、似合わないという話ではないのだろうな。単純に私の脳に色濃く残っている映像。ある一種の衝撃。夜空と花火と昼神くん。それが色褪せることなくまだ脳裏にあることに、一年経ってようやく知る。
あれ、このままだと私、花火を見るたびにこの人のことを思い出すのかな。確かに去年、あの日の後しばらくは、同じクラスの昼神くんが少し気になる男子という存在に変わったけれど、特別親しくなることはなくて。進級してクラスが離れて、顔を見ることがなくなったらあまり気にならなくなっていて。それなのに今は、なんだかあの日のことばかり思い出している。

「昼神くんはさ、オレンジが似合わないよね」

自分で言っておきながら驚いた。なぜ今そんな言葉を口にしたのかと。

「え? オレンジ?」

自分のことだ。私は自分の気持ちがわからないほど、鈍感じゃない。好きかも、やっぱり違うがも。そんな誰かに打ち明けるほどでもない、曖昧な感情。それが形を変えた。好きになりそう。そう思ったら、その思考を遮断したくて突飛な言葉を吐いてしまったのだ。

「ていうかバスこないね!? こんなに遅れるなんて珍しい!」

私は立ち上がり、この場をやり過ごそうと躍起になった。スカートのプリーツを何度も撫でたり、鞄を肩へかけて中身を確認したり。そしてそそくさとバスが停車する場所まで進み、車道を覗き込む。そうすると昼神くんの隣に並ぶような格好になった。隣に並んで、目を背けるようにして、地面に長く伸びる影へ視線を落とす。目の錯覚だと分かりながらも、アスファルトがオレンジ色に見えた。

「あぁ、オレンジ。西日がオレンジだね」

ぽつり。蛇口から一粒の水滴が落ちるような、そんな静かな響きだ。昼神くんはひとり納得したように呟き「あのさ」と、何かの区切りをつけるような、今度はっきりとした声が鼓膜に届く。

「花火、一緒に見に行かない?」

反射的に顔を上げるも、眩しさで昼神くんの顔は見えなかった。見えないのに見ようとして、ぎゅっと顔に力をいれると、昼神くんに笑われた。よほど酷いしかめっ面をしているに違いない。けれど昼神くんは笑って言うのだ。

「ミョウジさんは似合ってるよ」
「え? なにが?」
「夕陽。オレンジが、似合うよ」


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「手を大きく振る仕草がかわいいなと思って。浴衣にもはっとしたし。昨日バス停でぶんぶん手振って歩いてきたのも、かわいいなって思ってたよ」

花火の帰り道、隣を歩く昼神くんは何の前触れもなく、なんなら何食わぬ顔でそう言った。そんなことを言われて、私は顔だとか耳だとか、うなじの辺りまで熱くなっている。

「昼神くんはアレだね!?」
「アレ?」
「す、すごいね!?」

なにが? とのんびりした口調。無自覚ですか? 嘘でしょこのやろう。私三回くらいは脳が爆発しているんですが?

「歯にもの着せぬと言うか? え、嘘ついてる? 息を吐くように嘘ついてる?」
「はは、ミョウジさん酷いね」
「いや! え、でもさ!?」

だってそうじゃん!? かわいいとか、おばあちゃんくらいにしか言われたことないし!? どう受け止めていいかわからないじゃん!? 違う!?
そんな感じのことをしどろもどろと伝えると、昼神くんは「普通に受け止めてよ」と私を見据えた。その視線に心臓がドンと大きく跳ねたので、思わず視線を足元へと下げてしまう。

「でもさ昼神くん。普通に、普通に受け止めるとするじゃん?」
「仮定なんだ」
「うん。仮定。普通に受け止めたらさ、私はさ、この人私のこと好きなのかなって思ってしまう派なんだけど、それはどうしたら……、いいですか、ね?」

沈黙。ここで否定されたら私、人間不信になると思う。二人で花火見ようって誘われて、花火見て。かわいいって言われて。それに昨日だってバスに乗ったのは私だけで、昼神くんは「考えておいてね」と私の返事を聞かずに何時に何処そこで待ってるからと、ある意味脅すようにして一方的に要件だけを伝え手を振った。そんな言動に、私は期待しかもてない。それなのに、それが勘違いであったら。そう想像して、恐怖に喉の奥がひゅっと鳴った。

「その仮定の通りだったらミョウジさん、どうするの?」
「え!? 質問を質問で返す!?」
「それは仮定でしか受け止めてもらえなかったからさ」
「い、いじわるだね?」

狼狽する私の心を昼神くんは、にこりとひとつ笑って見せるだけで鷲掴む。

「や、やばい。やばいよ昼神くん」
「なにが?」

なにがってそんなの、私がとんでもない人を好きなってしまったってことがやばいんですよ。

オレンジが似合わないひと

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