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今までかいたことのない類いの汗。経験のない腹部の痛み。朝から腹痛はあった。もうすぐ生理なのかなって、いつもの薬を飲んでだましだまし生活した。けれど、夜になっても症状は良くならなかった。なにか変なものでも食べたかな。まあ、寝れば治るだろう。なんて呑気に布団に入ったが、痛みは治まらない。痛くて、痛くて、眠れない。
病院は……、時間外。朝になっても治らなかったら病院へ行こう。そう決めて改めて布団へうずくまっていると、だらだらと冷や汗が全身を包んだ。尋常ではない痛みにガチガチと奥歯が揺れている。これはヤバイんじゃない?相当ヤバイんじゃない?今から救急へ行こう。そう決めて起き上がろうとすると、視界が歪んで床へ転がった。

もしかして私、死ぬの?

身体は悲鳴を上げて異常を知らせていた。迷っている暇はない。死を意識して震え上がる自分と、まさかこの番号を押す日が来るとは、なんて、どこか冷静なもう一人の自分。

「火事ですか? 救急ですか?」
「……きゅ、きゅうしゃを、お願い、します」


生まれて初めて乗った救急車は想像より狭かった。腹部の激痛に命の危機を覚える。もしかしたら私は今日、死ぬのかもしれない。そんな考えが浮かぶほど脳内に余裕なんてないはずなのだが、走馬燈のようにいろいろなことがよぎった。
洗濯物が部屋の中に干しっぱなしだとか。冷凍庫に眠る頂き物の、高級な牛肉を使ったハンバーグを食べておくんだったとか。今日の下着はヨレヨレだったとか。本当にどうでもいい未練だ。

「虫垂炎の疑いがありますね」

救急隊員の人の声は聞こえているのに、意味を理解することができなった。ただぼんやりと、いよいよ私は死ぬのだなんて思考が脳内を支配している。親よりに先に死ぬなんて、なんて親不孝者なのだろう。友達は私の葬儀に参加してくれるだろうか。泣いてくれるだろうか。心残りがあるとすれば、私の死を悲しんでくれる彼氏がいないこと。
そういえば高校生の時、何度もラブレターを書いたな。なぜ今思い出すのだろう。高校生の時渡せなかったラブレターが実家の自室の机に入ったままだ。私が死んだらあれを親に見られるのか。宛名の彼ではなく、親が読むのか。……そんなの駄目に決まっている。死んでも死にきれないではないか。

「死にたく……ない。まだ……死にたく、ない」

私の虫の息にのった音に、周りからは「大丈夫ですよ」と声が聞こえた。その中に混じって「大丈夫だヨ」という懐かしい声が聞こえた気がした。


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少し肌寒く、静かなる空気。空は白黄色に広がり、春風に乗って朝の匂いがした。制服のスカートにブラウス。その上に部活で着ているウィンドブレーカーを羽織り、愛犬と桜散る中いつもの散歩コースを欠伸をしながら歩いていた。

桜並木が続くピンクの風景に赤一点。それは私の視線を強制的に引き付けた。燃え上がるような真っ赤な髪。地面から伸びた高い身長に長い手足。一人佇むその人は、浮世離れしていた。桜を見上げて腕を伸ばす不思議な人。思わず足が止まりそうになるが、愛犬はそんなことを許してはくれない。ずんずんと進みその人の横を通りすぎようとすると、急に方向を変えて桜の木の根元へと一直線。待て待て。このままだと、あの人の目の前に行くことになるぞ。待てとリードを引くも、大型犬である愛犬はチラリとこちらを見ただけで、その足を止める気はないらしい。完全になめられている私。
結局「すみません」と桜を見上げる人の目の前を横切ることに。その瞬間交わってしまった視線。こちらを見下ろす瞳の赤は、強烈な印象を私へと焼き付ける。

「大丈夫だヨ」

そう言って笑った彼は愛犬と視線を合わせるようにしてしゃがみこみ、ゆるりと伸ばした腕の、大きく開いた袖口から伸びる指先を愛犬の口元へ。そして匂いを嗅がせるようにして指先を丸めた。

「オス? メス?」
「オス……です」
「そっかー男の子かー」

愛犬は差し出された長細い指の匂いを嗅ぎ、自ら顔を擦り付けて撫でて欲しいと、初対面の人に甘えだす。そんな愛犬に嫌な顔一つせず、わしわしと撫で回すこの人は犬好きなのだろうか。丸みを帯びた口角。優しげな視線。毛を掻き分ける長い指。鮮烈な赤い髪。男の人を綺麗で、少し怖いと思ったのは初めてだった。

「へー。懐っこいネ」
「女の人……、特に綺麗な人にはすぐ懐くんですけど」
「犬なのに面食いかよ! つか俺男のなのにー」
「でも綺麗だから、」

私を見上げる驚いたように開かれた瞳と視線がぶつかり、慌てて口を結んだ。初対面の人に、しかも男の人に何を言っているんだ私は。

「綺麗? 俺が?」
「いや! 違っ!……わない……です」

私の煮え切らない言葉に声をあげて笑い、「初めて言われた」と犬を撫でる反対の手で首の後ろをさすった。それから「いくつ」だとか「いつもここが散歩コースなのか」だとか。ぽつぽつと犬に関する質問をされて、私はそれに答えた。そうやって会話をしていると、撫でられることに飽きたらしい愛犬が赤髪の彼から離れた。散歩の再開か。そう思って「それじゃあ」と通り過ぎようとすると、不意に彼が立ち上がった。ぶわりと風を巻き起こすようにして、風と共に立ち上がった彼の後ろには見事な桜吹雪が舞い踊る。

「ねえー」

間延びした声は木々のざわめきを掻き分けて、真っ直ぐに私の耳へと届いた。そしてガクリと顔だけを傾けて大きく目を開き、剥き出しの眼球がこちらを見据える。

「今って西暦何年?」


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「ミョウジさん、わかりますか? 病院につきましたよ」

ぼんやりする意識のなか検査をして、「ご家族に連絡できますか」とか「虫垂炎で少し破れている」とか「すぐ手術をしたほうがいい」とか。あれよあれよというまに麻酔の準備をされて、今の現状と、過去の記憶が混濁する。

「今って、せいれき、なんねん……」



「そう。今、西暦何年の何月何日?」

教えてよ。そう言ってゆっくりと私に近付く。想像よりも高い位置にある双眼が、花弁のような曲線を描いていた。

「あ、えっと……」

促されるまま年月日を伝えると「ふーん、そっかー」と何かに納得をしたように頷いて空を仰いだ。そして今の総理大臣はとか、税率はとか。ブツブツ意味深長なことを呟きながら再び視線が交わる。この人は何者なのだろう。なぜ通りすがりの私に西暦なんか聞いてきたのだろう。不可解で不気味で怖いと思うのに、好奇心が掻き立てられた。

「ここって桜が凄いのネ。俺、最近こっちにきたのヨ」
「以前はどこに居たんですか?」

んー? と曖昧に返事をしたかと思うと、上半身を折り曲げて一瞬で顔と顔との距離を詰めてきた。そして私の髪の毛に音もなく触れる。自分の髪が持ち上がり、風にのって彼の指から落ちていく様がやけにスローだった。

「ついてた」

摘まむようにして長い指先に挟まれていたのは桜の花弁であった。その花弁を自身の左胸に貼り付けて「似合う?」と首をかしげておどけて見せる。そんな表情とは裏腹に、こちらの顔を覗き込んで開かれた大きな目にある虹彩は、怪しく私を惑わせるように揺らめいている気がした。

「そう遠くない場所から来たんだよー俺。まあ、歩いては行けないけど」

そう言って笑った彼に、私は「そうなんですか」とありきたりな言葉しか返せなかった。頭の中では喧しくアレコレ考えていたのに、音になったのはそれだけ。
右手に握ったリードを引かれる感覚に、今度こそ「それじゃあ」と足を進めた。そして一歩、二歩進んだところで風が強く吹いた。

「まったネー、ミョウジさん」

ざわめく木々の音と共に聞こえた声に急いで振り返ると、赤髪の彼の背中は想像より小さくなっていた。またねって言葉も、私の名前を知っていることも、全てに驚いた。面識はないし、どういうことなのだろう。考えても分からない。けれど考えれば考えるほど、赤髪の彼はまるで未来から来た人みたいだと思った。
勿論わかっている。からかわれたのだ。きっと時間をもて余した変な人だったのだ。そう決めつけて数日、再会は突然。なんの前触れもなく彼は現れた。それも私の日常に違和感なく。


すっかり桜の花弁が地面に広がり、春が終わったのだなと渡廊下を歩いていると足が止まった。なぜなら赤髪の彼が私と同じ制服を来て前方から歩いてきたからだ。思わず凝視しているとその視線に気づいたのか彼が「あ!!」と声を大きくさせて笑った。

「やっと会えたネー!」
「普通の高校生じゃん!」
「そうだヨ?」
「そうだよって! 遠くから来たって!」
「うん。俺バレーの推薦でこの高校に来たから」
「え……? じゃ、じゃあ、西暦何年ってやつは?」
「えー? 別にー? 急に気になったから聞いただけだヨ」
「私の名前知ってたし!」
「上に羽織ってたやつに書いてたよ?」
「またねって!」
「制服着てたじゃん」

あ、と開いた口が塞がらない。そんな私を見てカラカラと大口を開けた彼の顔には、あの日には無かった自分と同い年の少年らしさがあった。

「未来人かと思ったよ!」

赤髪の彼は「ギャー」と悲鳴に似た声を上げて、終いにはお腹を抱えて笑う。

「ヒー! ミョウジさんいいね! ナイスリアクションだね! 期待を裏切らない感じ!そういうの好きヨ!」

軽々しく「好き」という単語を、同世代の異性に言えてしまう彼は天童覚と名乗った。そしてその単語に過剰反応してしまう私を、天童くんは見逃さなかった。いいオモチャを見つけたと言わんばかりに、学校で会う度なにかにつけて「好き」と囁いては反応を見て喜んでいた。
私が天童くんの冗談に騙されて文句を言えば「ミョウジちゃんの素直なところが好きだよ」って言うし。体育祭で全校生徒の前でスッ転んだ時は「身を挺して笑いをとるなんてカッコイイね、好きだよ」なんて言った。テストで赤点をとれば「見た目そのまんまのデキの悪さが可愛くて好きだよ」と笑った。酷い男である。天童覚。その言葉に意味はないってわかっていても、その気になってしまうではないか。

「好き」を繰り返される度に心臓が痛いくらいにドキドキして、積み重なる。騙されるものかって身構えても、軽々と私の防壁を天童くんは飛び越えて悪戯に笑うのだ。ただ、異質な「好き」が一度だけあった。部活動で怪我をして、レギュラー落ちをしたとき。朝、片腕を三角巾で吊るして犬の散歩をしていると、あの桜並木で天童くんが私を待ち構えていたかのように立っていた。

「ワンコ久しぶり!」

私になんか目もくれず、はしゃぐ愛犬と楽しそうに笑う天童くん。その光景が異世界なんじゃないかって思えるくらい、周りから取り残されて、疎外感を抱えていて、自分は落ち込んでいるんだってことに気づけないくらい沈んでいた。脱け殻みたいという表現がぴったり。そんな私を見て、天童くんは三角巾を指さしながら口角を持ち上げる。

「これ、痛そうだネ? 痛い? 痛いよね? 辛い? しんどい? どんな気分?」
「それを聞いてどうするの」

またいつもの意地悪かと、初めて怒りを覚える。「関係ないでしょ」と突き放しても「そうだネ」って。なんとも思ってないよって顔して、痛くも痒くもないよって顔して私を見るのだ。

「泣けばいいのに」
「なんでよ。泣かないよ。まだ来年があるし。全国にいけばレギュラーになれる可能性だってあるし」
「嘘つき」
「嘘なんか、」
「意地っ張り」
「意地なんて、」
「頑固者」

口を開けばすぐに言い負かされる。だから一度口を閉じて反論を諦めるが、口を閉じたら閉じたでなんとか言えば?なんて言ってくる。ぶくぶくと腹の中に溜め込んだ感情が沸き上がる。まだ来年があるって言うチームメイトの言葉。こんな時に怪我なんてねってため息を漏らした家族。おきてしまったことは仕方がないと難しい顔をした監督。なんにも知らないで無邪気に散歩をねだる愛犬。心配も迷惑もかけないように、普通でいようとしているのにそれを壊そうとする天童くん。なにより自分に。つまりは全てだ。全部全部全部にムカついている。ムカついているのに、平気なふりしてをしてたのに、我慢ができなくなった。怒りが溢れだした。

「嘘につきあってくれてもいいじゃん!」

生まれて初めて他人を怒鳴った。そんな私を見て、天童くんは驚いた顔をしたけれど「イイネイイネ」と余裕な表情。それに更にムカついた。

「私を嫌なヤツにさせないでよ! なんなの天童くん。みんな私に気をつかってくれて、それにムカついちゃう自分が嫌で。でもそれを出して周りを困らせないようにして何が悪いの!?」
「別に悪くないよー? 悪くないけど、ミョウジちゃんしんどそうなんだもん」
「天童くんに関係ないじゃん」
「ひっでーなぁ」

酷いのはどっちよ。その言葉はでなかった。そのかわりに涙がでた。泣きたくなんかなかったのに、ぼろぼろみっともない。親の前でも部員の前でも、というか怪我をしてから泣いてないのに。それなのに天童くんの前で泣いてしまった。悔しい。涙を隠そうとしたけれど、片手は動かないし、もう片方の手には犬のリード。どうしようもできないその涙に、天童くんの手が伸びる。それを犬のリードではらった。

「これ以上惨めにさせないで」

酷いことを言って、酷いことをした自覚はある。それなのにはらった手が戻ってきた。「惨めなんかじゃないよ」そう言って優しく私の涙をすくいあげた。

「大丈夫だヨ。どんなキミでも好きだから」

慰めだったのだろうか。なんでか許されたような気持ちになり、「ムカつく」と繰り返した。部員も監督も先生も親も天童くんも自分も、みんなみんなムカつくと何度も言った。毒を吐いて吐いて吐ききって、糸が切れたように泣いて。そんな私を腕の中へ隠すようにして胸を貸してくれた天童くん。


その後、私はなんだかすっきりした。開き直った。腐らずに部活も続けた。あの日、私は天童くんに救われたのだと思う。だからお礼を伝えようとした。

「この前は、」

そう話しかけると、すぐに「はいはいはい」と話を中断させられ、最後まできいてはくれなかった。はぐらかされた。相変わらず意地悪だ。けれどもう、天童くんを好きにならない理由なんてどこにもなかった。

「照れ隠し? 天童くんも可愛いところがあるんだね。そんなところが……す、すきだよ!」

失神しそうなくらい心臓も頭も手足もぐらぐらした。緊張でわけがわからない。けれど天童くんはこちらを見ずに「あははー」と笑っただけ。あれ? 伝わらなかった? そう思って、今度は私が「好き」を繰り返した。
「チョコ好きなんだ。甘党なんだね。私もチョコすき!」とか「天童くん背高いよね。私ももっと身長欲しいな。背高い人って憧れるなーすきだなー」とか。告白にもならない「すき」を繰り返した。そうするといつの間にか、天童くんは私のことを好きだって言わなくなった。このままではいけない。そう思って告白しようとすると、天童くんは「好き」と伝える隙を与えてくれなくなり、終いには姿を見かけることがなくなった。そのくせ嫌われたのかなって諦めようとすると「ミョウジちゃん」って何食わぬ顔をして私の前に現れた。

やっぱり酷い人だ。言わせてくれないくせに、諦めることも許してくれない。そんな天童くんに、私はムキになった。ムキになって手紙を書いて、下駄箱へ隠した。すると私の下駄箱へ手紙が返ってきた。だから今度は直接渡そうとしても、なんだかんだ理由をつけて受け取ってくれなかった。だからこっそり制服のポケットへ忍ばせれば、いつの間にか自分のポケットに手紙が返ってきていた。そんな日がずっと続き、最後、やけくそみたいになって、卒業式の日に天童くんを取っ捕まえて告白した。

「私、天童くんが好きなんだけど!」
「ウンウン。知ってる。俺もミョウジちゃんのこと好きだよー?」

フリーズ。頭真っ白。全身の力が抜けて、たぶん口が開いている。そして、もしもの時のために書いた手紙を握っていた手の力も抜けて、地面にひらりと封筒が落ちた。

「落ちたよ?」
「あ、うん」

なんだかもうパニックで、動くことができなかった。そんな私にかわって天童くんがそれを拾う。

「俺宛?」
「うん」
「もらっていーい?」
「うん」
「ありがと」

天童くんのブレザーの内ポケットへと手紙がしまわれた。何度も書いた手紙。何通目だろうか。初めて受け取ってもらえた。その事実に泣きそうになる。けれど「天童」と、バレー部の集団が彼を呼んだことにより涙は引っ込んだ。そして「今行くー」と答えた天童くんはいつもと変わらない笑顔を私に向ける。

「それじゃあ、元気でネ」
「え? あ、うん」
「バイバイ、ナマエちゃん」

また明日ね。そう言っているみたいなお別れの言葉。そして振り返ることなく、バレー部の集団へと消えた。それが天童くんを見た最後だった。


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長い夢を見ていた気がする。身体の痛みはないけれど、意識がぼんやりとして凄く気持ちが悪かった。その不快感に、ああ、生きてるんだなあと実感した。
初めての手術に初めての入院。それがちょっと別の世界みたい。そしてあまりに懐かしく、リアルな夢をみたせいか、あの時の感情が私を支配していた。苦しいくて辛いのに、どうしようもなく天童くんが好きだったあの頃の気持ち。始まりも終わりもしなかった恋。卒業式のあと、天童くんからの連絡はなかったし、私からも連絡はしなかった。だっていろいろ考えたとき、私の好きと天童くんの好きは違ったんだなって結論に至って、納得した。でも最後の最後に告白をきいてくれたり、手紙を受け取ってくれたり、ましてや名前で呼んだり。なんなんだアイツ。その気がないなら普通に振ってよ。失恋できなかったせいだ。今でもこうやって気持ちが揺さぶられるのは。なんなの本当にって、約十年ぶりに怒りが沸き上がった。

十代のときって無敵だったなって思う。徹夜してもわりと元気だったし、傷だってすぐ治るし、好きな人に好きって言う勇気もあった。今の私は、そんな無敵のパワーを纏っていた。なんだか過去に戻ったみたい。高校生の自分がワープしてきたみたい。
無敵の勢いそのままに、スマホから天童覚の文字を探して発信ボタンを押した。しばしの呼出音。そしてそれが途切れて出たかと思えば、留守番電話サービスへと繋がっていた。アナウンスを聞きながら番号、変わってなかったんだと、なんでか泣きそうになる。そういえば高校生のときは、大した用もないのに電話をしたな。「ねえ、聞いてよ」って言って。

「ピーという発信音の後に……」

そして機械音と一緒に、聞こえるはずのない天童くんの声が鼓膜で共鳴した気がした。

「あ、もしもし? 天童くん? ねえ、聞いてよ」

喋りながら鼻の奥がツンとする。目を閉じるとはっきりと現れる、あの赤い髪。まるで昨日会ったみたいに、鮮明に蘇る。

「私、今病院でさー。初めて手術、したん、だけどさ」

少しずつ掠れる声。言葉が喉に詰まり、かわりに涙が溢れる。なんの涙だろう。懐かしさ? コノヤローっていう悔しさ? それとも夢の余韻。あのときの気持ちまで蘇ったのか。

「ご飯がね、ほぼ水。液体なの。笑っちゃう、よね。本当に病人だよ、私」

留守番電話でよかった。なに泣いてんのって言われなくて済んだから。でも少しくらいは天童くんも私のことを思い出して、なにかしら困って欲しい。そう思ったっていいよね。てゆーか、困れ。思い出して、困って、頭くらい抱えろ。

「……ねえ、今から変なこと、聞いていい?」

私は過去からきた、高校生。天童くん。あなたは今、どこにいる? 本当は、未来からきた人だったんじゃないの? だから告白を聞いてくれなかったんじゃないの? その方が納得できるんだけど。ねえ、今更だけど、あの時の天童くんの気持ちを教えてよ。

「今って、西暦何年?」

教えにきてよ、意地悪な未来人さん。

咲きも枯れもしなかった花

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