遙凛 (2/6)
会いに来てくれよ。

「ハール?何ぼーっとしてんだよ」

縁側で寝転がっていたら、凛が無邪気な顔でこちらを覗き込んできた。さらさらと落ちてくる髪が頬をくすぐる。
一束を指にくるくると絡めた。凛は必然的に、顔を近づかせることになる。2つの赤いビー玉がこちらを見る。

「凛…」
「ハル?」
「…何でもない」

そう言って目を閉じると、凛はクスリと笑って「そっか」と隣で横になった。そして俺の胸に手を回し、甘えるように頬を擦り寄せる。
あり得ない状況だと認識しながらも、俺は甘んじて受け入れた。

数ヶ月前――桜の花びらが綻ぶ頃、俺達は渚と再会した。小学生の時よりも大きくなった姿に、時間の経過を感じた。
だが、顔の表情がくるくるとよく変わるところは変わらず、懐かしみを感じた。
――凛も、同じだったな。
気づいたら口に出していたようで、真琴と渚がこちらを見ていた。ハッと我に返って「何でもない」と慌てて付け足した。
その時、二人の顔が傷ついた表情になったのは見逃さなかった。

「ハルー、ハルー、暇なんだけど」
「…………」
「無視かよ、チッ」
「……凛」
「なんだよ」
「何でもない」
「なんだよ、それ。意味わかんねー」

凛の妹である江も岩鳶に入ったと知り、凛のことについてさりげなく聞いてみた。隣に立つ真琴は制止しようとしたが、遅かった。
江はアイツと同じ赤い目を大きく見開き、薄い涙の膜を張りながら小さく呟いた。
『お兄ちゃんは――』

「ハル、やっぱおかしいだろ、なんか」
「…別に、普通だ」
「嘘つき。俺に言えないことでもあるのかよ」
「――っ、別に、ない」

無いわけが、ない。聞きたいことが山ほどある。しかし、きっと聞いてしまったら、凛が消えてしまいそうな気がした。

『お兄ちゃんは――死にました』
『…………は?』
『っ、ハル!』
『遙先輩も来たじゃないですか!お兄ちゃんのお葬式、中学校の制服を着て…っ、お兄ちゃんが、お兄ちゃんが着られなかった制服を……!』
『凛が…』
『ごめんね、江ちゃん。まだハルは整理できてないみたいなんだ』

真琴がやんわりと江を宥める姿を、俺はただ黙って眺めるしかできなかった。受け入れがたい現実を見る一方で、俺の頭の中にあった疑問のピースが全て合致していく。
だから真琴は、渚は、あんな悲しい顔をしたんだ。まだ凛の死を理解できてない俺に憐れんで。
では、いつ凛は死んだのか。俺の記憶が正しければ中1の冬はまだ生きていた。
つまり、凛が死んだのは――、

「ハル、呼び鈴鳴ってるぞ。出なくていいのかよ」
「あ…出る、から」
「………………」

幽霊にしては感触や熱がある凛に急かされ、玄関の方に向かう。引き戸を引いたら、真琴が立っていた。
へにゃり、といつものように笑みを浮かべている。視線を下に落とすと、ひまわりの花束を携えていた。
俺の視線に気づいた真琴は「ああ、墓参りに行こうと思って」とごく自然に答えた。
誰のだ、と言いかけた口をつぐむ。俺を連れて行こうとするのだから、言わずとも凛の墓参りしかないだろう。

「わかった。準備してくる」
「うん、じゃあね」

短い会話を交わして振り返ると、そこには凛が突っ立ってた。渚よりもなまっちょろい腕は、履いているハーフパンツを握りしめていた。
聞かれてしまった。気づいた時には遅かった。
凛は泣くと思っていた。でも泣かずに、どうしようもないな、と言わんばかりに柔らかい笑みをこぼしたのだ。

「り、ん」
「ごめんハル、ずっと黙ってて。利用して」
「そんなこと、」
「あるよ。ハルの傍ってすげー居心地いいからなあ。真琴がべったりなのも頷けるな、うん」
「凛!」
「あー安心しろ、もう化けて出てこないから。でも…たまには墓参りに出向いてくれよ?寂しいから」

凛らしくない台詞、表情に俺は苛立ちを隠せなかった。
本当は泣き虫で、弱くて、そのくせ誰よりも強気で。自己を偽ってまで、死ぬつもりなのか。
俺の強張った表情に、凛は眉間に皺を寄せた。

「…なんだよ、ハル」
「泣け」
「はあ?お前……せっかくの感動する空気がぶち壊し、って、わあ!?」

どこに感動する部分があったのかは知らない。俺は小さい凛を抱き寄せて、よしよしと撫でた。
途端に凛は「ハルはずるい」と泣き出した。冷たいはずの涙は、温かくて俺の着ている水色のシャツを濃い青に染めていく。
ずるいのはお前だ。俺に何も言わないで、今までひた隠していた。
利用されたのは別にいいけど、我慢だけは許せなかった。

「泣く我慢をするな、泣け」
「っふ、ハルのバカ…っ、恨んでやる……!」
「それでもいいから」
「ハル、俺――」

見上げた凛は何か言いたげに口を開いた。何だ、と耳を寄せたが、その前に景色が薄くなって――…


…――ピ、ピ、ピピピピピピ!
けたたましいアラーム音で目が覚めた。なんだ、夢か。
そして何か目に冷たい物を感じた。手に取って見ると、水滴だった。夢で泣いてしまったことに対して、一人恥ずかしくなる。
風呂に入って落ち着こう。そう思って廊下に出たら、タイミング良く呼び鈴が鳴った。
朝に来るのは真琴ぐらいしかいない。しかしまだその時間ではない。
誰だろうと思い、俺は玄関へ向かう。俺と同じような夢を見て、堪らず会いに来た相手が居ると知らずに。

『ハル、俺――ずっと見てるから、見守ってるから。だから、ハル、』

<<prev  next>>
[back]
「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -