遙凛 (4/6)
緩やかに毒される

「……チッ」

凛は持ってきたエナメルの中を見て、小さく舌打ちをした。どうしたのかと覗きこんだが、理由が分からない。
何か用事を思い出したのだろうか。今日は金曜日で、昨日の夜に突然会いたいと伝えてしまった。自分らしくない発言だと、思った。
しかしそれを凛は、『わかった。明日の朝に言ってみるから』と快く受け入れてくれた。
要は、慌てて準備をしてここに泊まりに来たというわけで、もしかしたら忘れていた用を思い出したのかもしれないということだ。

「何か用事でも思い出したのか」
「いや…、そうじゃねえけど……」
「…忘れ物?」
「あーまあ、そんなとこ」
「パンツなら貸してやる」
「いやパンツはあるし」

どうやら下着類ではないらしい。凛は顎に手を当てて、人差し指で唇をつついた。
こういう考え込んでいる表情の彼は、きれいだと思う。赤みがかった紫の髪が項にかかって、肌の白さを際ただせている。

「じゃあ何を忘れた?」
「……ら」
「何?」
「……っ、枕だ!枕が変わると寝つきが悪くなんだよ!!」

なんだ、枕か。そういえば毎度、家に泊まる際は枕を持参していた気がする。
黒くてシックな感じの枕、持ち主が違うだけで雰囲気が変わる。
朝起きて見るたびに、そういう感想を抱くのだ。

「でも、もう電車は無い」
「わかってるって。……とりあえず、どっか走ってくるか」

そう言って立ち上がろうとした凛の手を掴んで引き寄せた。されるがままの彼は、自然にこちらの懐へ入る。

「行くな」
「…別に帰るわけじゃないからいいだろ」
「枕が無くても、寝させてやる」
「…………は、はああ!?な、なに、言って……っ!」

凛の顔が面白いくらいに真っ赤な林檎になった。照れている理由が分からずに俺は首を傾げた。
どうしてそんなに慌てる必要があるんだ。

「だから…腕枕してやるって」
「……な、んだよ…。語弊のある言い方すんなよ」
「凛が悪い」
「…チッ」

そこに非があると認めた凛は、布団にダイブして「早く来いよ」と俺の腕を引っ張る。
まったく、振り回すのはいつもお前じゃないか。呆れというよりは、いとおしいという温かみのある気持ちが沸々と沸く。

「ん」
「…はあ、なんかさ…ハルの腕、細いから心配だわ」
「悪かったな」
「でも…こうして一番近く居られるから、いい」
「…そうか」

凛が頭をすりすりと擦り付けるので、赤い髪が鼻先を掠めた。俺と同じシャンプーの匂いがふわりと香って堪らなくなる。

「おやすみ、凛」
「……おやすみ、ハル」

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