時間すら凍ってしまうくらいに冷たい夜だった。服を脱いで、小さい窓の隙間から射し込む外の光を浴びる。少し曇った三日月の夜だった。何度も傷つけられた肌が露になる。湿気たアパートの二階、窓のすぐそばにある街灯が点いたり消えたりを繰り返し、赤いみみず腫や青い痣たちが白い光に晒された。ぞくぞくと奇妙な悪寒がわたしの身体を襲う。カイジは照らされたわたしの身体を見つめ、何も言わないままわたしを優しく抱き締めた。ごめんな。それだけ小さく呟いて、またわたしから離れようとした。きっと、わたしの身体が冷たかったから、びっくりしてしまったのだろう。だからわたしはカイジの腰に手を回した。行かないで。お願いだから、ずっとそばにいて、わたしをあたためて欲しいの。カイジは困ったように笑うだけで、何も言わなかった。きっとカイジは、本当のわたしを知らない。カイジはいつもじわじわとわたしを傷つけた。カイジはいつもわたしの目を一度も見ないでセックスをする。わたしは彼の全てを解ったつもりでいた。でも本当は、何も知らない。カイジの過去や、カイジがわたしに隠しているものを、わたしは知らない。カイジは一体どれだけの死や敗北を見てきたの。そしてあなたはそれを何度味わったの。わたしは彼の傷痕を目で見ることしか出来ない。だから知らないし解らない。彼が本当に癒えなかった傷をわたしは知らない。ずっとそばにいてと言ったわたしの言葉を誤解したのか、カイジは自分の腰にまとわりつくわたしの腕をほどいて、それからわたしの身体をゆっくりと抱き締めた。月の光を頼りに唇を探して、それを埋めた。寒さに震える乳房をその温かい掌が包んだ。歯列をなぞる舌は焦っていた。息が荒くなっても、カイジは目を閉じたままだった。そのまま身体を重ねた。彼は何度か中で射精をした。避妊具はしていなかった。カイジはわたしの身体を揺らしながら、わたしの首に指を絡ませる。わたしはそうされるのが好きだった。息が苦しい。つらい。きゅうとカイジをくわえるそこが締まる感覚。きっとカイジはこの瞬間が堪らない程好きなのだ。それはわたしも同じだった。そしてそれをわたしたちはお互いに理解していた。それだけがわたしたちを繋ぐ最後の理由だった。
「口、開けろ。あーん、だ」
暗闇の中で降ってきた言葉に、わたしはただ忠実だった。夢中で酸素を得ようと、金魚のように口をぱくぱくとさせる。その姿を見て、カイジは少しだけ笑った。人差し指と中指が静かに侵入し、上顎をなぞる。唾液に包まれながら奥歯を密やかに撫で、まるで舐めるように口内を這いずり回ったそれはゆっくりとわたしから出ていった。だらしなく開いたわたしの唇から唾液がこぼれる。カイジはそれをきれいに舐めて拭き取った。それからわたしは首を絞められたまま何度か絶頂を迎えた。窓の外がいつの間にか白んできている。あの夜明けみたいな色のわたしの肌に、赤や青の傷痕はよく目立った。カイジはいつも不安になるんだと言ってわたしを殴ったりした。いつ負けるかもわからなくて、負けたら終わりで、終わりとは即ち死ぬことで、だけど死にたくなくて、今まで出会った人たちはほとんど死んでしまって、不安で不安で仕方なくて、だからカイジはわたしを殴った。わたしに傷が増える度、きっとカイジの心もこんな風に傷ついているんだ、そう思った。そう思えば、わたしはそんなカイジが可哀想だと感じたし、いとおしさすら感じた。このまま時間が凍ってしまって、カイジの不安も凍ってしまえばいいのにね。何もかもを凍らせてしまいそうなほど冷たい夜は、どうしてもそれを許してはくれなかった。

(120405/このままが永遠に続くとすればなんて残酷な世界でしょう)
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