ないまぜ。 | ナノ
「君の赤色、綺麗だね」
昔、自分の眼を見てそう言った妖がいた
「本当に綺麗…」
「そうか?そんな事言ったヤツはあんたが初めてだ」
「そうなの?変ね、こんなにも綺麗な赤なのに」
ふわり、優しく笑った妖は人の形をしていて、桜の枝に腰を掛けているのも様になっていて…上から差す日の光もあってか、思わずその姿に見惚れてしまった
「キミ、名前は?」
「しょうえい」
「…いい名前ね」
「あんたは?」
「私?私はね、―――――」
それは遠い遠い昔の記憶
だからこそ桜の木の女がその後なんて答えたかなんて、随分時を経た今ではもう思い出せないけれど…琴の音のように澄んだ、綺麗な声をしていたと思う
「あ、また来たんだね」
「っ…来ちゃ悪いかよ」
「ううん。全然悪くないよ」
「ふんっ」
あいつはクスクスと上品に笑んだ
俺にはそれが、まるで子どもだと馬鹿にされているような気がしてよく不貞腐れたけど、それでも変わらないあいつの顔を見て、どこか心が暖かくなるのを感じていた
今思えば、あの頃の俺はガキ扱いされるのが嫌だったんだろう
それは、早く大人に成りたがった小さな子どもの粋がりと…無自覚だったけれど確かにあった、小さな淡い初恋で
毎日毎日その桜の所へ行っては真っ先にあいつを捜していた
「んでよ、親父がさぁ…―――」
「しょうえいは本当にお父さんと仲がいいんだね」
「はぁぁ!?あんた何言ってんだ、んなワケあるかよっ」
そして俺は、今日どんな事があった、親父はいつもこうだ、部下がどうした…身の回りの話をネタに話しかけ続けた
あいつは自分から話を振ることが滅多になかったから
「なぁ、」
「どうかした?しょうえい」
「もう直ぐで桜…散るんだろ?」
「そうだね。これから葉が出て、秋にはまた散って、冬には丸裸になって…」
「あんたは」
それでもずっと其処にいるのか?
出掛かった言葉は彼女の表情を見た途端に何事もなかったように消えていった
「桜はね、」
舞っている時が一番綺麗なんだよ
そう言った彼女は今までで一番綺麗な笑顔をしていた
***
あれから何年何十年と経ち、いつの日からだったか…人の世で生きようとした俺は、必然的にあいつと会うことはなくなった
そう、俺が会いに行かなければ決して会うことのない彼女
あいつは今、どうしているだろう
「今度…」
会いに行こう
彼女は俺を憶えているだろうか?
彼女は其処に…今もまだ居るのだろうか?
追憶
(あの時の子どもはもう居ない)
20120206
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