囁く(ささやく)幸村



ふぅーと耳元に息を吹けば面白いほどに驚く彼女。肩を震わせて耳を押さえるなんて、ただ可愛いだけだよ?くすっと笑うとりんごみたいに赤くなった。こんな反応する方が悪いんだ。いじめたくなるじゃないか。

「名字」
「…な、に?」
「ノート提出しておくよ 貸して」
「…!ありがと、幸村」
「いいえ」

少し優しくすると良い人間だと思ってくれる、君が一番良い人間なんだよ。さっきまでの困ったような泣きそうな顔から一転、花のような笑顔を見せた君は無防備に俺の方を向いた。

「えいっ」
「にゃっ」
「あー名字可愛いなぁ」
「あ、ちょっと変なとこ触らないで!」
「変なとこって?」
「やだ、おなかむにむにしないでよ!?」
「ほっそ ちゃんとご飯食べてる?」
「良いから離れてっ」

抱き着いておなかに触れると涙目になった。うん、可愛い。名字から離れると両腕でおなかを押さえて睨んでくる。反抗的な目したらダメだって前に言ったよね?言うこときけない人にはお仕置き…。
おでこに軽くキスをするとすでに赤い顔を更に赤くして目を見開いた。あは、やっぱり可愛い。なんでだろう、名字の前だと可愛いって言葉しか出てこないな。頭を撫でて"可愛いよ"と言うとすごい勢いで教室を出て行った。

「なにしとん幸村」
「あ、仁王 うーん、あえて言うなら好きな子いじめ」
「これが毎日なら本当にいじめじゃな クラス中からの呆れた目が痛いぜよ」
「だって可愛いんだもん」
「そんな顔されても… あいつ、泣いとったけど?」
「……え?」

テンポ良く続く会話に聞き過ごせない言葉が出てきた。…泣いていた?きっと、いや絶対、原因は俺だろう。確かに泣き顔を見たいと思ったこともあるけど、実際に泣かれるとどうすれば良いか分からないな…。困ったように首を傾げて仁王を見ると、どうでもよさそうな顔でたった一言、"謝れ"だって。

「…」
「好きな子いじめんのもええけど、いい加減にせんと嫌われるぜよ」
「…分かったよ」

ぶすっとした顔で言うと、相変わらず読めない彼は"俺が慰めといても良いんかのぉ"とわざとらしく言ってくるから、肩を軽く叩いて教室を出た。仁王に助けられるなんて思わなかったな。
彼女のことだから多分人通りのない階段の踊り場辺りにいるだろう。数ヵ所を素早く回ると4ヵ所目で俯く人影を見つけた。
足音を立てないように、って言っても廊下は音を吸収しないからコツコツと響く。なるべく静かに彼女に近付き隣に座った。顔は未だ腕に埋まっている。

「…ごめん」

小さく呟いた声が聞こえたのかゆっくり動き出した彼女。目が合うと涙がぽろりと零れた。ああ、目の周り赤くなっちゃってる。擦らないように涙を拭うと更に泣きそうに顔を歪められた。

「ばか…」
「…うん」
「好きな人に、可愛いとか言われたら、調子乗っちゃうじゃん 幸村モテるのに、私ばっかり構ってくれる気、するし なにしたいのか、わかんないよ…」

紡ぎ出される言葉は数秒遅れて頭の中に入ってきた。理解するのに更に時間がかかり、彼女の言葉から10秒近く経ってから言葉とも分からない声を漏らした。…今、俺、告白されてる?
不安になったのかまた涙を流した彼女をぎゅっと包み込み耳元で言った。

「好きだよ、名字」



君に、囁く

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