兵助を恋う(こう)



※rkrn 現パロ





小さい頃から隣に住んでいた男の子。親同士が仲良くて家族間交流が多くて、という現代では珍しい環境で育った私とその男の子は、まるで兄妹のように仲睦まじく育っていった。
そして私が高校一年になった今、彼は高校二年生。たった一つ年が違うだけで、男と女というだけで、いつの間にか関わることが難しくなっていた。
「名字、なに変な顔してるの」
「…綾部には分からない」
「ふーん、ならどうでもいい」
「聞いてよ!!もっと!!興味を持って!!」
「どっちだよ」
「構ってください」
「りょうかいです」
前回の席替えで私の前の席になったのは、いつも無表情で淡々としている綾部喜八郎という男の子。班活動などでどうしても話さなくてはいけない場面が多く、どう接しすればいいのか悩んだけれど、私の予想はハズレ。なんと綾部は当たり前のように私に話しかけてきて、普通に会話をすることができたのだ。表情はほとんど変わらないけど面白いことだって言うし意地悪だって言う。周りにいるクラスの男の子となんら変わりない普通の男の子だった。
そして、なぜかよく後ろを振り返り話しかけてくれるから、いつの間にかクラスの誰よりも綾部と話している時間が長く、仲良くなっていた。
今回も、はぁっとわざとらしくため息をついたらくるっと顔だけ振り返って声をかけてくれて、構ってとはっきり言うと体の向きごと変えてよしよしと私の頭を撫でてくれた。男の子に言うのは失礼なのかもしれないけど、綾部はお姉ちゃんのようでつい甘えてしまう。
「で?どうかした?」
「兵助くんが〜」
「ああ、また久々知先輩か。なに、告白されてるとこでも見ちゃったの?」
「え、告白されてるの!?」
「…いや、知らないけど」
「…あやべ」
「…隣のクラスの人が昨日の放課後、裏庭で。僕は通りかかっただけだから詳しくは知らない」
「うう…告白…彼女…んん…もうやだ…」
「名字もさっさと告白すればいいのに」
「簡単に言わないでよ」
そうか、告白されてたのか。かっこいいもんなぁ、告白なんてされまくりだよなぁ。がっくりと落ち込む私を綾部はまたよしよしと慰めてくれる。
中学まではそれこそ兄妹のように仲が良かったはずなんだけれど、兵助くんが高校に入って部活やバイトを始めると会う機会が減って、それに加えてグンと一気に伸びた身長によって一層距離が遠くなったように感じてしまった。
小さい頃から大好きだった兵助くんは、もう私の知ってる兵助くんじゃないみたいで、見かけても声をかけることができなかった。
「家隣なんでしょ、遊びに行けば良いじゃん」
「…綾部は、例えば好きな女の子が隣に住んでて、突然その家に遊びに行けるの」
「好きな子いないから分かんない」
「もーっ!」
ジタバタしているとチャイムが鳴って前の扉から先生が入ってきた。ぽんぽんと私の頭を叩いて綾部は前を向き、私も姿勢を正して机の上に教科書を出した。この時間の授業は国語だ。今は古典の勉強をしていて、指定されたページを開くと和歌が載っていた。百人一首に入っている有名なものから聞いたことのないようなものまで様々で、ページを捲ると"恋に関する和歌"が纏められていた。
『しのぶやま しのびてかよう みちもがな ひとのこころの おくもみるべく』
パッと目にとまった和歌の解説を読んでみると、『あなたの心の奥へ通じる道を忍んで行きたい。あなたの心の奥を知るために。』というなかなかロマンチックなことが書いてある。うーんこの和歌を詠んだ人とは気が合いそうだ。私も兵助くんの心が知りたい。
昔のことに拘るのはナンセンスだとは思うけれど、小学生の頃は「なまえが一番だいすきだよ!」と言ってくれていたんだ。うん、小学生の時ね。もう言ったことすら覚えてないだろうけど、それよりも前から兵助くんのことが大好きだった私としては忘れられない言葉でして。
今は私のことどう思ってますか、ていうか私のこと忘れてないですか、なんて。
先生が和歌の解説をしている間、恋の和歌の解説を読んでは項垂れるを繰り返していた。
「昔の人はめんどくさいね、なんで好きってそのまま言わないの?」
「綾部は何も分かってない…!好きってそう簡単に言える言葉じゃないんだよ」
「そう?」
「私はきっと和歌を詠むことすらできない…何言ってんだこいつって思われそうで想像しただけで死ぬ…」
「そんな考える必要ないと思うけど」
「だって相手が自分のことなんとも思ってなかったら気持ち悪いだけじゃん…」
「…自分のこと好きって言ってくれる人、嫌いにはならなくない?」
「うっ、それは確かに一理ある」
「てことで告白しちゃえ」
「だから簡単に言うな」
授業が終わって再び振り返った綾部は軽い調子で告白を勧めてくる。まあ毎日のように兵助くんが兵助くんで兵助くんだからと言っていれば、聞いている方は堪らないだろう。でも告白とかちょっと無理です。最近の私は兵助くんに話しかけることすらできていないんだから。
「とりあえず前の距離感に戻るのが目標…」
「名字が避けてるんじゃん」
「避けてないよ、見つけたら陰に隠れて観察してるだけだよ」
「それを人は避けると言います」
「そんなこと言われても…」
「ていうかお昼ご飯買いに行こう」
「あ、忘れてた」
今日は国語で午前中の授業が終了。すでに昼休みに突入していた。私と綾部は基本的に昼ごはんを買って食べるので、二人揃って財布を持って教室を出た。適当な話をしながら学校の外のコンビニに行くために下駄箱で靴を履き替えていると、聞き覚えのある声が聞こえた。
「綾部、やばい」
「え、何?…あ」
「お、綾部となまえちゃんじゃん」
「尾浜先輩、どうも」
「二人もコンビニ?」
「はい、先輩たちもですか?」
「そーそー、せっかくだから一緒に行こうよ」
「はあ、まあ、良いですよ」
「相変わらず愛想ないなあ綾部は!」
綾部の後ろに隠れるようにして、綾部と話す尾浜先輩の隣に立つ兵助くんを見上げた。うわぁ、久しぶりにこんな近くで見た。どうしよう、かっこいい。
ていうか流れで一緒にコンビニに行くことになってるよ、ね?嘘でしょ。
「綾部…!」
「そんな顔されても…。まあ、僕の横にいなよ」
「そうする…」
小声でやりとりして、さっさと歩き出した尾浜先輩と兵助くんの後を追う。尾浜先輩は時折振り返って綾部と私に話しかける。兵助くんは前を向いたまま、こちらを一度も振り返らなかった。
コンビニについてそれぞれ好きなものを買うためにバラけ、私はお茶を取ってからサラダのコーナーに向かった。今日はどのサラダにしようか迷っていると隣に人が立つ気配。チラッと見てサラダに視線を戻してから、次は顔ごと横を向いてしまった。
「…兵助くん、だ」
「…えっと、久しぶり?」
「あ、え、あ、…ひ、久しぶり」
「良かった、忘れられちゃったかと思ってた」
「忘れないよ!?」
「そう?だって、全然会えないからさ」
私の隣に立ってサラダを見ていたのは、ずっと話しかけられずにいた兵助くんだった。思わず名前を呼んでしまうと、兵助くんが私のほうを向いて、困ったように笑った。こんな近い距離で顔をあわせるのなんていつぶりだろう。緊張して、うまく話せない。
「喜八郎と仲良いんだね」
「あ、今、席が前で」
「ああ、そうなんだ。なまえ、小学生の時は男の子苦手で全然話してなかったのになぁって思って、ちょっとびっくりした」
「そうだったっけ?」
「そうだったよ。男の子の中で唯一俺だけはなまえと普通に話したり遊んだりしてたの、嬉しかったのに忘れちゃったのか」
「…え」
「あ、これ美味しそう。俺これにしよう。なまえは?」
「…兵助くん、私、」
「ごめんね急に。…先行ってるから、またね」
豆腐サラダを取ってそのままレジに向かって行く兵助くんになんと言えば良いのか分からず、結局私は綾部が声をかけてくれるまでそこで立ち尽くしていた。
先に買い終わって帰ってしまったかと思った尾浜先輩と兵助くんはコンビニの外で私と綾部を待ってくれていて、せっかくだから一緒に食べようよという尾浜先輩の誘いを断りきれずに一緒にご飯を食べることになった。
行きと同じように尾浜先輩と兵助くんが前を歩いて、私と綾部はそれについていく。学校に入って靴を履き替えると教室がある棟とは別の、部室がたくさん詰まっている棟へ渡り廊下を通って行った。私は家庭科部だから部活はいつも家庭科室で、この棟へ入るのは部活説明会以来だった。
「ちょっと男臭いけど我慢してね、ていうか窓開けよう」
尾浜先輩がそう言って入っていったのは軽音楽部の部室で、確か尾浜先輩も兵助くんも軽音楽部員だったな、と思い出した。
部屋には一目で楽器と分かるものから何に使うのか分からないコードや部品などが散らかっている。キョロキョロと見ていると尾浜先輩に「面白いもんあった?」とニヤニヤしながら聞かれてしまった。
「綾部こっち座ってー、なまえちゃんこっちな」
「え、私こっちが」
「先輩命令です」
「…ワカリマシタ」
教室に置いてある机と同じものが二つ横長になるようにくっつけられていて、椅子が四つ置いてある。窓寄りの席に向かい合うように綾部と尾浜先輩が座り、綾部の隣に私、尾浜先輩の隣に兵助くんが座った。つまり、私と兵助くんが向かい合っているわけで。
無理無理無理こんな緊張するお昼ご飯初めてなんだけど!!ていうか机一個を二人で使ってるから近いし!足伸ばしたら当たりそうですっごい引いてるし!袋からお茶取り出すだけで涙出そうなくらい心臓が動き回る!助けて!!
私の願いは当たり前だけど叶わず、三人はそれぞれご飯を食べ始めた。一人遅れてサラダの蓋を開けてドレッシングをかける。綺麗に食べよう、せめて少しでも印象を良く。
緊張しながら割り箸を割ったら、全然綺麗に割れなくて上のほうが片方に寄ってしまった。情けない声を上げた私を綾部が肩を震わせて笑っていた。
「綾部…!」
「ごめんごめん、ほらこれあげるから」
「食べ物で釣らないでよ!」
「じゃあいらない?」
「…いるけどさぁ!」
綾部からお詫びの品として唐揚げを一つもらった。綾部は笑いの沸点が低い。私がやることがだいたいツボに入るようでよく笑われるから、その度に笑わないでと顔を赤くして注意する。いやまあ、私も綾部が私と同じことしたら多分笑うけど。
「いいなぁ…」
「…え、久々知先輩も唐揚げ食べます?」
「あ、違う違う!大丈夫だから喜八郎が食べな」
ポツリと呟いた兵助くんの言葉に綾部が唐揚げを差し出した。兵助くんはすぐに否定したけれど、それじゃあ、何に対しての"いいなぁ"なんだろう?
首をかしげる私と綾部を見て、尾浜先輩がクスクスと笑っていた。
「それにしてもなまえちゃん久しぶりだね、元気してた?」
「あっはい、めっちゃ元気です」
「綾部と席前後らしいね。いじめられてない?」
「綾部優しいですよ!私の話よく聞いてもらってるし、面白いし」
「二人って何話すの?」
「え、…それ、は…」
「先輩のこととか、ね?名字?」
「綾部!?」
私たちが何を話しているかなんて、そんなのもっぱら私の兵助くん話なんだから内容を言えるわけなくて、どうしようかと必死に目をそらして考えていると綾部が助け舟を出してくれた。と思ったらまさかの罠だった。何言ってくれてんだこいつ。
「先輩?って、俺とか兵助のこと?」
「え、あ、いや、その」
「尾浜先輩というよりかはほとんど久々知先輩のこと、ですかねぇ」
「…え、俺?」
「ねえ綾部ほんと待って」
どういうわけか綾部は私を追い詰めるようなことを言い連ねている。素知らぬ顔をする綾部の腕にすがってこれ以上はやめてくれと懇願するけれど、チラッと私を見見てまた先輩たちに目を向ける。
「名字と久々知先輩は幼馴染なんですよね?」
「あ、うん、そうだよ」
「だから名字からよく久々知先輩のこと聞くんですよ」
「…なまえが、俺のこと」
「私用事思い出したんで失礼します!」
もうダメだこれ以上ここにいられない!バッと立ち上がった私はお昼ご飯は諦めてそこに置いたまま一人部室を飛び出した。…と、かっこよく決めたかったのだが、なぜかドアが開かない。なんで。
「逃げられないんだなぁこれが」
振り返ると尾浜先輩が指でクルクルと回している、鍵。ドアをよく見ると内側からも鍵がかけられるようになっていた。先生、絶対にこの作りは変えたほうがいいです。
「鍵、ください」
「どこいくの?」
「…図書室に、委員会の係りだったの忘れてて」
「あれ?今日は雷蔵が当番だって言ってたけど?」
「くっ…」
「まだ昼休みは長いよ、ゆっくりしていきな」
にんまり笑った尾浜先輩は、鍵を渡す気はないそうだ。もう、窓から飛び出して行ってやろうか。
「名字、座って」
「いやだ」
「なんでよ」
「綾部が余計なこと言うから」
「余計?本当に?」
「…だって、今そんなこと話さなくても」
「名字は一人じゃどんどん先延ばしにして何も言えずに終わるでしょ」
「…言うよ、ちゃんと、自分で言うから」
「そう?じゃあ、僕は先に戻るから、ちゃんと言うんだよ?」
「えっ」
「尾浜先輩、ちょっとお話があるんですが」
「おお、じゃあ廊下で話そうか。あ、兵助はちゃんと飯食えよ」
「え、勘ちゃん…?」
「なまえちゃんも、残しちゃダメだぞ」
キラッと星が出そうなくらいの素敵なウインクをして、尾浜先輩は綾部と一緒に部室を出て行った。ガタンとドアが閉められてしまったら、部室には私と兵助くんの二人だけで。
「…なまえ、とりあえずご飯食べよう?」
「う、うん」
兵助くんに促されるまま、やっと椅子に座ってお昼ご飯を再開した。したはいいけど、全く味がわからない。どうしよう、どういうことだ、なんで二人きりなんだ。尾浜先輩と綾部は、何を考えているんだ。
「ねえ、なまえ」
「は、い…」
「綾部が言ってたこと、本当?」
「…綾部が言ってたことって」
「俺の話、してるの?」
あーもう!綾部!おい綾部!なんかもうバッドエンドしか見えない!何こいつ陰で人の話してんだよって思われる!綾部のせいだ!もう!!
心の中で綾部に全部の責任を押し付けて、兵助くんの顔を見れないままゆっくり頷いた。確かにあなたの話をしています。すみません気持ち悪くて。
「それって、どういうこと?」
「どういうこととは、どういう…?」
「…俺も、勘ちゃんに、なまえの話してるって言ったら、どうする?」
「…え」
兵助くんが私の話を?え?どういうこと?
思わず顔を上げると、兵助くんとバッチリ目が合う。いつもより赤くなった頬と恥ずかしそうな目。多分私のほうが真っ赤になってると思うけど。
「兵助くん…?」
「俺、なまえに忘れられてるかと思ってた」
「ちがっ、さっきも言ったけど、絶対忘れたりしない!」
「うん、それ聞いて本当に安心した。…ねえ、困らせること、言ってもいい?」
「兵助くんが言うことで困ったことなんてないよ」
「はは、なまえは優しいなぁ。ちょっと手貸してね」
とっくに食べるのはやめて机の上に放り出されていた私の手を、兵助くんの手が掴んで包み込む。温かくて大きな手だ、私が大好きな優しい手だ。
「なまえ、ずっと好きだった。昔から変わらず今も、ずっと」
「…え」
「俺と、付き合ってください」
ゆめ、じゃない…?え、これは、妄想とかじゃなく、げんじつ?
兵助くんが、私のこと好きって言って、付き合ってくださいって…え!?
「兵助くん、私、だよ?」
「うん?なまえだよ、なまえのことが、好き」
「…う、うそだぁ」
「信じてくれないの?夢じゃないし、ちゃんと本物だよ」
「わ、私も、兵助くんのこと、ずっと好き」
「え」
「兵助くんだけがずっと好き」
ポロっと抑えられなかった涙が一粒零れた。ちゃんと言えた、好きって伝えられた。二人顔を見合わせたまま数秒か数十秒かたって、それ以上何も言えずにいるとガラッと部室のドアが開いた。
「おっせーよ兵助!」
「もっと自分に素直にならなきゃダメだよ名字」
「勘ちゃん…」
「綾部…」
「ほんっと、世話焼けるよなぁお前らは」
「両思いはさっさとくっつけ、ってんですよ」
パチパチと瞬きをする私たちを見て、尾浜先輩と綾部は楽しそうに笑った。な、え、つまり、はめられた?
「勘ちゃん、どうして…」
「綾部からなまえちゃんのこと聞いてたから、両思いってずっと知ってたし」
「綾部…!?」
「だって名字はいつまで経っても告白する気はなさそうだし。だったら強制的にそうせざるを得ないようにしてしまえばいいと、ね?」
私たち二人の気持ちはこの二人にだだ漏れで、いつのまにか今日の計画が立てられていたということか。なんという策士。座学の成績悪いくせにこういうところは頭が働くらしい。
「でも付き合えたんだからいいでしょ。これでどうどうと会えるし話せるし家にも遊びに行けるじゃん」
「そう、だけど…!」
「ああ、家に遊びに行くのはまだやめたほうが良いぜ。付き合ってすぐで何か起きちゃマズいだろ」
「勘ちゃん!余計なこと言わないで!」
ニヤニヤする尾浜先輩と綾部は逃げるように教室を出て行って、残された私と兵助くんはとりあえず食べよっかと再びお昼ご飯を食べた。さっきまでと違って、ただのコンビニのサラダなのに、この世で一番じゃないかと思うくらい美味しかった。

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