菊丸に焦がれる



保健室のベッドは熱い身体に冷たく当たり気持ち良かった。
4時間目が始まる前には普通に座っていることすらできなかった私に友達はすぐに気がついて保健室へ連れて来てくれた。保健医はただの風邪だから大丈夫だよ、とベッドを貸してくれた。風邪なんて、誰からもらってきたんだろう。

「保護者が来れないなら落ち着くまで寝ていて良いから」
「ありがと、ございます…」
「お友達が鞄持ってきてくれるって言ってたから、元気になったらお礼言いなね」

職員会議があるようで、水などを枕元に置いた後保健医はすぐに出て行ってしまった。窓が開いているのか微かに風が入ってくる。目を閉じるとどこかのクラスの笑い声が聴こえて、授業中に授業を受けていない何かに対する優越感が生まれた。しかしすぐに頭痛によってぐらりと世界が揺れる。ダメだ、まともに考えることすらできない。眠気はあるけれど頭痛や身体のほてりで寝るにまで至らない。薬がキライで飲めないのは、こういう時に困る。

「英二…」

不意に口を出た言葉に自分で驚いた。風邪の時は人肌が恋しくなると言うが、もしかして私もそのタイプなのだろうか。今日はまだ会っていない恋人の名前を呟いた途端に何故か寂しくなってきて、一筋の涙が頬に流れた。
涙を流したことで頭の中がスッキリしたのか頭痛が少し弱くなった。寝るチャンスなのかもしれないけれど、今度は頭痛なんかより英二が頭の中を陣取っていて眠れない。会いたいと思ったら止まった涙がまた溢れ出す。なんて自分勝手な涙腺なんだ。

「なまえ、鞄持ってきたよ …大丈夫?」
「ありがと… 携帯ちょうだい」
「うん」

鞄にしまっておいた携帯を取ってもらい滲む画面を見た。見えなくても分かるくらいに何度も開いたその画面までいきボタンを押した。
続くコール音。ああ、そうだよ、授業中じゃん。出れない、か。諦めて切ろうとした時、聞き慣れた声が出た。

『なまえ?どうしたの、授業中でしょ?』
「えーじ…授業、は?」
『…えへ』
「…あのね、熱出ちゃって」
『えっ、保健室?』
「うん …英二に会いたい」
『すぐ行くから、待ってて』

携帯を閉じて手の力を抜く。友達が一度頭を撫でた後に"お邪魔虫は消えるね"と笑いながら出て行った。また静かになった冷たい保健室は、後何秒で温かい空間に変わるのだろうか。



君に、焦がれる

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