宮地を追いかける



※黒子


私の好きな人は、まっすぐ上を見つめて進み続ける、そんな人だった。

「宮地、昨日休んでたからノート見せて」
「…友達に頼めよ」
「宮地が一番信頼できるんだもん みんな授業中寝ちゃうから」
「今日中に写せなかったら、轢くぞ」
「わかった」

ありがとう、と笑って言って自分の席まで戻る。チラッと見た宮地は頬杖をついて私を見ていて、目が合うと眉間にシワを寄せて怪訝な顔をしていた。昼休みに写せば間に合うからノートは机の中にしまって、鞄から取り出した本を読み始める。休み時間に本を読むなんて優等生らしくする私を軽々越えて、宮地は問題集をサラサラと解いているけれど。さっき宿題に出されたばかりの数学の課題をもう終わらせるつもりなのか。

「次自習だって!」

跳ねた声でそう言いながら入ってきた男子の言葉にクラスが騒がしくなる。授業の時間勉強をしなくて良いというのは私達高校生にはとてもテンションの上がることなんだ。隣の女子とやったね、と話しながら、机の上にノートを2冊だした。宮地のノートと私のノート、偶然にも色違いのそれが嬉しくて思わず頬が緩んだ。自習課題として配られたプリントは10分で終わらせ、宮地の癖のある字をノートに写していく。宮地の字なら名前書かれてなくても当てられるな、とちょっと気持ち悪いことを考えながら手はどんどん進み、授業時間を半分残して書き終えた。

「宮地、ノートありがと」
「ん、お疲れ」
「…宿題終わったの?それは?」
「おう これは明日の予習 今終わったら自主練の時間長くできるからさっさとやっちまおうと思って」
「ふぅん、偉いね」

一度も顔を上げず手を止めず、でも話も止めないでいてくれる。遠くの席の子のところに話しに行っていて無人の宮地の隣の席に座り、動き続ける宮地の手を見た。私が見た途端止まった手と、睨むような目で顔を上げた宮地に首を傾げる。分からない問題でもあったのかな、私教えてあげられないけど。

「…そこ座んな」
「え、なんで?」
「良いから ここいたいなら自分のイス持ってこい」
「…邪魔じゃない?」
「この五月蝿い教室で勉強できんだぞ 近くに一人や二人いたって変わんねえ」
「すぐくる」

3列前の自分の席からイスを引っ張ってきて、机と机の間の通路に置いた。みんな歩き回っているから迷惑かもしれないけれど、そこはまあ遠回りしてくださいね。再び問題集に目を落とした宮地。最初は手を見て、次に腕、肩ときて横顔。男に言うのは変だけど美人な宮地は、横顔も整っていて思わず見惚れてしまった。私の視線に気がついたのかこちらを見もしないで「なんだよ」と言う宮地に言い訳のように「宮地がかっこいいのがいけないんだ…」と呟いた。ピタッと動きを止めて30秒後また動き始めた宮地の横顔が、なんだかうれしそうに見えた。

「宮地、テスト前勉強教えてね」
「知らねえよ、一人でやってろ」
「えー 宮地は先生より説明上手いから助かるのにー」
「ダッツ2個おごってくれるなら良いけど」
「に、2個はきつい…」
「んじゃ1個で良いよ」
「喜んで買わせていただきます!」

ふっと馬鹿にしたように笑った宮地は、ようやく顔を上げ私を見た。そのまま頭を撫で、赤くなる私を見てまた笑う。

「名字、前回の順位は?」
「…確か34位」
「…勉強できんじゃねえか」
「でも、宮地4位でしょ?」
「なに、俺のこと抜かしたいの?」
「ううん 追いつきたいの、一緒にいたいから」
「……あっそ」

ぷいと顔を逸らして、宮地は「バカじゃねえの…」と言っていた。だって勉強以外じゃ宮地に追いつくの無理そうだから、今まで努力を重ねてきた宮地にそう簡単には追いつけないだろうけど少しでも近くにいきたいから。宮地と同じくらい頑張るのは大変だけど、部活をやっていない私の方が時間はある。宮地が部活でも努力している間に私は勉強を重ねれば、勉強ならどうにか追いつくんじゃないかって。

「俺が教えてやんのに10位以内入んなかったら、轢くからな」
「え、最初からハードル高い」
「がんばれ」

目を見開いて宮地を見るとまた頬杖をついて私を見ていた。初めて聞いた"がんばれ"の言葉に一気にやる気が出てきた現金な私、まあ最初から宮地目当てだから現金なんて今さらだよね。



君を、追いかける

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