伊月がときめく



※黒子


好きな人の告白現場なんて見たい奴がいるだろうか。俺は、見たくなかった。

「…あ」

図書室に行こうと廊下を歩いていて、偶然視界に入ってきた中庭の大木。根っこの走る地面の上に名字と男子が立っていた。向かい合って何か話している二人。そういえばあの大木の下で告白すると上手くいく、なんて噂があったな。そのまま二人を見逃すことが俺にはできなかった。開いている窓の側に立ち外を見回す。一点に集中すると相手にも意外と気づかれるもの。さりげなく見るのがポイントだ。俺は鷲の目があるから全く違う方向を向いていても良いわけだけれど、ガン見しないまでも目を逸らしたくなかった。

「…あ、ふられたな」

俯いて走り去った男子を少し不憫に思い、しかしそれ以上にざまあみろと思った。もし名字が告白を受け取ったら、俺はどうするのだろう。実際起こらなかったことを考えても無意味なのは分かっているけれど考えずにはいられない。本来の目的の図書室に向かいながら考えていると、目の前の角から名字が出てきた。いつもなら避けられるけれど考え事をしていて且つ目の前に意中の相手が来たら誰だって反応が遅れるだろう。倒れるように俺にぶつかった名字の肩を抱き留め顔を覗き込んだ。少し赤い頬、濡れた瞳。

「え…好きなやつだったのか?」
「なっ…!?」
「さっき告白されてただろ?」
「…あ、あぁ そのことね」
「それ以外になんかあったのか?」
「なんもない!」

ぎこちなく笑った顔には涙の跡が残っていた。こいつは、名字は、告白されて断る度に泣いているのか?ギュッと胸を締め付けられる感じに顔を歪めた。

「ていうか、私は告白なんて…」
「さっき廊下から見えたんだよ」
「…見たんだ」
「わざとじゃないから それより名字今年に入って何回目?」
「…12回」
「なんでだよ!」

俺より多いじゃん。そんなにモテんのか…敵は多い。指先で涙を拭いてやると一瞬目を見開き、次には照れたように笑っていた。可愛い、とか。頭の中で考えてることなんて誰にも分からないけれどポンと浮かんだその言葉が妙に恥ずかしかった。

「…名字、好きなやつに自分から言うタイプ?」
「はぁ!?な、なに、急に…!」
「なんとなく」
「…そんなの、わかんないよ」

その言葉は好きなやつがいるから出てくるものだろう。好きなやつがいない人はリアルに想像できないから大体はっきりと答える。好きなやつが今いるからこそ、自分は実際どうするだろうと考えて頭の中が混乱する。俺がそうだからな。

「告白、されたい?」
「…それは好きな人からってこと?」
「そう」
「さ、れたい…けど でも無理だよ 私可愛くないもん」

だんだん小さくなる声。不安げに揺れる瞳。抱きしめたいなんて衝動、変態か俺は。あまりに女の子らしい名字を見ていることができなくて視線を逸らした。…いや、見えてるけど、でも逸らしたんだよ。

「…えっと、俺図書室行くから」
「いっ、伊月は、好きな人いないの?!」
「…へ」
「〜っ!!間違えた!違うよ!好きな人いたら告白する?って聞きたくて!…うぅ」
「…多分、できない」
「なんで…?」
「好きな人に好きな人がいるから」
「…え」
「じゃ」

ほんと、いたたまれない。誰だよ告白云々話しはじめたのは、俺だよ。バカだろ…自分で自分の首絞めてどうすんの。赤い顔のままの名字の横を通り過ぎようとすると、腕を引っ張られ窓際に追いやられた。窓が開いていたから頭はぶつけなかったが、結構な勢いだったぞ。驚きつつ見るとほんの30cm先に名字がいる。…え、近い。

「私、伊月が好き」

小声で言われた"好き"の破壊力は底知れない。理解するより先に身体に電気が走り顔が熱くなった。赤い顔を隠すように左手で覆い、窓枠に置いていた右手に力を入れた。チラッと盗み見るように名字を見ると頬が先程より赤に染まってて、告白されたことが更に現実味を増した。…ていうか、女子に告白させるとか!俺バカじゃねえの!

「名字、俺」
「言わないで!…今、ちょっと、泣きそうだから…」
「え…」

改めて名字を見ると、確かに乾いたはずの目がまた少し潤んでいた。見られていることに気づいたのか斜め下に目線を下げて、指で軽く目元を拭った。自分のことでいっぱいいっぱいだったけど、告白した名字の方が緊張してるのは当たり前だよな。一度小さく深呼吸をしてまた右手に力を入れた。

「俺も好き」
「…え」
「名字のこと、好きだよ」
「……う、うそ、だ…」
「嘘じゃない」

へたりこんでしまった名字に合わせて壁に沿ってしゃがむと、濡れた頬を拭くこともせずに名字が俺の目を真っ直ぐ見た。

「伊月、私」
「付き合ってください」
「…好き」

今度こそ言われる前に、と名字の言葉を遮ると再び"好き"の言葉と共に、名字の手が俺の手に触れた。控えめなその行動に心を打ち抜かれた。廊下ということも忘れキスをすると、真っ赤になった名字は離れた瞬間に立ち上がって走って行ってしまった。そんな反応も可愛くてにやける頬を押さえた。…ていうか、

「腰抜けた…立てねぇ」

昼休み終了のチャイムを聞きながら今起きたことを振り返る。試合後みたいに速く動く心臓。呼吸ができなくなりそうなんて実際にあるんだな。



君に、ときめく

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