木吉に触れる



※黒子


学年が変わり一番最初にやることといったら一つ。
席替えで一番後ろの席を勝ち取った私は授業中寝ることしか考えていなかった。

「隣の人にはこれからたくさんお世話になるんだから、HRは自習ってことで話してなさい」

ずいぶん適当な先生もいるんだなーなんて考えて隣を向いた私は思わず窓に視線を戻した。え、なんかでかい。窓際一番後ろってことで周りを気にしていなかったけど、隣の人でかい。
もう一度ゆっくり顔を向けると、今度は隣の彼もこちらを見ていた。

「えーっと…木吉鉄平です」
「えっ あ、名字なまえです」
「…話してろなんて急に言われてもわかんないよね」

困ったように笑った木吉くんは「どうすっかなー」と話すことを考えてくれている。私も何か話さないとだよね。みんなは何を話しているのかと見てみると、隣の人や前後の人と笑いながらテレビの話や雑誌の話をしていた。わ、私あんまりそういうのわかんない…。コミュニケーション力の低さに絶望していると、何やら紙に書いていた木吉くんが顔を上げた。ニコニコ笑った彼の手にはりんごみたいなものが描かれた紙。…うん?

「絵しりとりしようぜ」
「…うん!」

木吉くんはコミュニケーション力が高いみたいです。木吉くんから紙を受け取りゴリラの絵を描くと、何が面白いのか大爆笑された。え、どうして。ちゃんと描いたのに。

「名字さんって絵上手いんだね」
「…初めて言われた」
「え、マジで?本当にすごい上手いと思うよ」
「あ、ありがと…」

木吉くんが描いている間少し赤くなった顔を冷やそうと手であおいでいると、運悪く腕に消しゴムがあたり私と木吉くんの机の間に落ちた。すぐに気がついた木吉くんが拾ってくれて消しゴムは戻ってきたけれど、私の頭は消しゴムなんかよりも他のものでいっぱいになった。

「…手、大きいね」

男子が女子より手が大きいのは分かるけれど、それでも彼の手は大きい。バスケットボール片手で持てるんじゃない?…さすがに無理かな。

「ん?ああ、だろ?…名字は、小さいな」
「え?私平均的だと思うけど…」
「そうか?」

首を傾げた木吉くんは私の腕を持ち上げた。何がしたいのか分からずそのままにしておくと、自分の手を広げ私に重ねた。比べると、本当に桁違いの大きさ。私の手が子供に見えるよ。「やっぱり小さい」と笑った木吉くんは指を少し曲げて、私の指と絡めた。驚いて何もできない私をよそに、木吉くんは緩く私の手を握る。恋人繋ぎのようなそれに急激に恥ずかしくなった私は思わず払おうとしたものの、木吉くんが手を緩める気はゼロ。一番後ろの席だから誰かに見られることはないけれど…!

「きよしくん…?」
「ん?」
「あの、手」
「小さいんだな」
「うん …じゃなくて、離して」
「…なんで?」
「ええ?」

本当に不思議そうな顔をして、次の瞬間には楽しそうに笑った。何がなんだか分からずにただ木吉くんの手の温かさだけを感じる。…あれ?どうしよう、なんか、離したくない。ぎゅっと握られた手に私も力を入れてみると、木吉くんも少し力を強めた。…なに?なんで私は今日初めて会った人と手繋いでるわけ?よく分からないけれど、私の手は木吉くんの手を離したくないらしい。
優しく笑った木吉くんは「これじゃ絵描けないな」と紙を机の隅において、私の方へ体ごと向けた。私も木吉くんに倣い体を向けると、右手と左手を繋いだ私と木吉くんが至近距離で向き合うという不思議な構図に。どうしよう、今さら緊張してきた。手に汗かいてないかな…。

「…名字」
「っ、はい」
「他の男の手、こうやって繋いだらダメだぞ?」
「…え?」
「なんか名字って危なっかしいな」

ムニムニと手を揉まれて小さく声が出た。な、なに!混乱して動けないどころか目も回ってる気がしてきた。ふわふわと定まらない視界の中で木吉くんが笑っていた。これからずっと隣の席とか、心臓持たないかもしれない。



君に、触れる

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