紫陽花の視線たどって

苦しそうに笑った君に、一瞬呼吸が止まったんだ。


scene.3


まだ梅雨は明けない。場所がなくて練習できない部活が多く、テニス部もその中の一つだった。今日は2日ぶりに練習場所が取れて基礎練からいつもの数倍の早さで進んでいた。久しぶりの部活なのに飛ばしすぎ…。ついてきているのはレギュラー陣と数人だけ。みんなハアハア荒い息をしていた。

「なんだいお前らだらしないねえ」
「んなこと言ったって、これは飛ばしすぎ…」
「男が文句言ってんじゃないよ せっかく練習場所があるっていうのに、これじゃ他の部活に悪いじゃないの」
「ああーあっつ 水浴びたい…」
「ほぉ…」

うわっ、お前今なんて…。一年の一人があげた言葉に竜崎先生は目敏く反応した。雨降ってるのにそんなこと言ったら。

「外周20周行ってきな その間ここは他の部に貸すから戻ってくんじゃないよ」
「「ええー!?」」

…ほら見ろ。もう1ヶ月以上近くにいるのになんでわかんないのかな…。グダグダ文句を言っても変更になることはない。一番に校門を出て行った手塚の後をおちびもついて行って、それを見たレギュラー陣は次々と外へ飛び出して行く。後輩に負けるわけにはいかないからね。負けず嫌い?もちろん。負けるのが好きなやつなんか、俺達の中にいるわけないだろう。
飛び出したは良いものの、雨脚は思ったより強く数秒で全身びしょ濡れになった。水浴びたいなんて命知らずなこと言ったやつもこれで満足したよな。

「…何してんだ?」
「へ?海堂、なんか言った?」
「こんな雨なのに傘も持ってねえ…」

的を射ない海堂の言葉に首を傾げながら視線を辿ると、海堂の言う通り傘も差さずに立ち止まる人影を見つけた。あれは、多分女の子。男だったら修行かなんかかもしれないから放っておくけど、女の子を雨の中でそのままにしておくわけにはいかない。俺だって傘を持っていないから雨を防ぐことはできないけれど、屋根のあるところに連れていくくらいならできるだろう。列から離れ近づいていけばそれが確実に女の子だと言うことが分かり足を少し速めた。

「あの、大丈夫で……、え」

驚いたのには2つ理由がある。1つは、その女の子が篠宮さんだったから。そしてもう1つは、…彼女の頬を流れるものが雨だけじゃないと気づいたから。何も言えなくなった俺。けれど最初に発した言葉で気がついてしまったのか、篠宮さんは顔を上げて俺を見た。一瞬大きく見開かれた目は、すぐにまた涙でいっぱいになった。眉を下げて泣くのを堪えようとしている姿に、心臓が潰されてるくらいに痛んだ。

「久しぶり、菊丸くん」
「あ…うん えっと、篠宮さん、だよね?」
「…うん なんか、菊丸くんには変なところばっかり見せちゃってるね ごめんね」

涙を拭おうとした手を取り握ると、苦しそうな顔で口を閉じた篠宮さん。俺ってタイミング良いのか悪いのかわかんない。こんな篠宮さん放っておけないけど、きっとそれは彼氏の役目。…でも、こんな時に一緒にいないなんて、それは彼氏失格じゃない?

「話聞くよ?吐き出したら楽になるかも」
「…うん、ごめん ごめんね」

謝り続ける篠宮さんの頭を引き寄せて、ぎゅっと抱きしめても抵抗をしなかった。…あー、俺最低かも。こんなときなのに、篠宮さんに触れられて嬉しいとか思ってる。

部活の途中だけど今はそれどころじゃないから明日手塚に謝ろう。今度は何周走らされるかな。罰を覚悟して篠宮さんの手を取り歩き始めると、やっぱり抵抗もしないでついてきた。この調子じゃ不審者にも簡単に連れて行かれちゃうよ。

この前彼女にあった喫茶店に行くと、店長さんがタオルを貸してくれた。焦ってて気づかなかったけど、篠宮さんはベストも着ていない薄着。思わず目が行きかけた自分を心の中で叱咤して、着ていたジャージを彼女に羽織らせた。びちょびちょだけどないよりはマシだろう。

「風邪引かないようにね?」
「うん、ありがとう」
「…話、聞いても良い?」

ココアを飲んで落ち着いてきた頃に核心に触れてみると、乾いていた目にまた潤いが戻ったけれど零れることはなかった。

「…彼氏と、別れたんだ」
「……え あの、指輪の…?」
「…うん 指輪、なくしたって言ったら、怒っちゃって、…それから、連絡、取れなくなって」

流れはじめた涙を止めることが俺にはできなくて、机の下で握りしめた手はジャージにシワを作った。

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