隣の席の国見くん




新しい制服を着て鏡の前に立つ。中学の頃は結ばなくてはいけなかった長い髪は下ろしてしっかりアイロンで整え、前髪も少し伸ばして斜めに流して…。ちょっと慣れるまで恥ずかしいな。多分お化粧をしている子も多いんだろうけど私には色つきのリップが精一杯。徐々にレベルアップしていけば良いんだよ、うん。
遅刻するよー、とお母さんに声をかけられて鞄を持って部屋を出た。リビングに行くとお父さんもお母さんも私を見て幸せそうに笑うから、恥ずかしくてすぐに俯いてしまった。
行ってきますと言ってから家を出て学校までの道のりを一人歩く。緊張で死にそう。新しい学校ってこともそうなんだけど、なにより、クラス分けが不安で。

「なまえおはよー、クラス見た?」
「花ちゃん、お、おはよ、まだ見てない」
「私はもう見た〜」
「言わないでね!?自分で見るから!」
「んふふ、分かってるって」
にこにこと楽しそうな笑顔の花ちゃんは北川第一中の頃から仲良し。中学校の時は二つ結びで可愛らしかったけれど、今はふわふわと巻いた髪と控えめなお化粧でとても綺麗で実はびっくりした。
でも花ちゃんが出した"クラス"というワードで、今はびっくりよりもドキドキが勝っている。この楽しそうな様子を見ると、多分花ちゃんと同じクラスにはなれたんだろう。嬉しい。なによりも心強い。…あと一人、私が気にしている人がいるんだけどね。そっちのせいでこんなに心臓バクバクなんだけどね…。

「…う、あ、…花ちゃん、キセキ、起きた…」
「おめでと、四年連続ね」
「うわぁ、すごい嬉しい、良かった、うう…」
「もう、泣かないでよー?ほら教室行こ、もう来てるかもよ」
「うん」
クラス分けの紙には、私と同じ枠の中に"国見 英"の文字。私が、中学の頃からずっと恋している相手の名前。

教室に入るとまだクラスの半分も集まっていなかった。席自由だったら隣に座ろう、なんて話してたけど黒板に席表が貼ってある。一番前の列に名前が書かれていた花ちゃんはガクリと肩を落としていた。私はというと、席表を見つめたまま固まって動けなくなってしまった。
「なまえ?…え、ちょ、あんた」
「ど、ど、どうしよう…!?」
「国見の隣じゃん…!」
「私もしかして明日死ぬ…?」
「冷静になって!?」
花ちゃんが自分の席に荷物を置いて私の席まで私を引っ張っていく。すでに登校していたクラスメイトに不思議そうな目で見られてるけど、なんか、この席に座ったら、死にそうで。必死な抵抗も虚しく自分の席にたどり着き、花ちゃんによってしっかりと椅子に座らされる。まだ主が来ていないらしい私の前の席に座った花ちゃんは、ニコニコではなくニヤニヤと私を見て笑っている。意地悪だ。
「良かったじゃん。多分すぐには席替えしないだろうから、しばらく隣だね?」
「私死ぬからね」
「さっきから死ぬしか言ってないよ」
「死ぬんだもん…無理…心臓もたない…」
「んふふ、可愛いなぁなまえは!」
「可愛くないっ」
「大丈夫大丈夫、なまえはいいこだから、きっと国見とも仲良くなれるよ」
「仲良くなれたらなれたで死ぬよ…」
「でも全く話せなくても寂しくない?」
「…だから、私はもう死ぬ運命なんだよ」
両手で顔を覆って死ぬ死ぬ言う私の頭を花ちゃんが優しく撫でながら慰めてくれる。けどね、どう頑張っても死ぬ未来しかないよ…?国見くんと話せたら幸せで死ぬし、国見くんに完全無視されても涙に溺れて死ぬ。ね、だから、席、せめて一つ離して…!?
「あ、国見だ、おはよ」
「…おはよ、なにしてんの」
「気にしないでー。あ、あんたの席そこ、この子の隣だから、よろしくね」
「…あ、名字?女子って髪型変わるとよく分かんなくなるよね…」
「ひっ…」
「…?おはよう、よろしくね、隣の席」
「……よ、ろしく、お願いします…」
登校してきた国見くんに話しかけた花ちゃんは、国見くんに話しかけられた私の反応を見てクツクツと楽しそうに笑っている。ひどい。私で遊んでる。
国見くんはすぐに席について、鞄を枕にして寝始めてしまった。後ろから来ていたらしい金田一くんは呆れた顔をした後黒板まで席を見に行って、私たちのところに戻ってきた。
「そこ、俺の席だって」
「あら、金田一がここ?だってなまえ、良かったね」
「なにが…!?」
「いろいろと?じゃあ私は自分の席に戻ろうかなぁ」
「や、やだ、ここいて」
「金田一、じゃあ後はよろしく」
「はあ?」
どうやら花ちゃんが座っていた、私の前の席が金田一くんだったらしい。花ちゃんは私のお願いを無視して、ヒラっと手を振って自分の席に戻ってしまった。しかしガクリと落ち込む私を見た金田一くんが椅子を横に向けて私に構ってくれる様子だったので頑張って顔を上げる。
「名字、中三の時も同じクラスだったよな」
「あ、うん、だった。覚えてた?」
「一年間クラスメイトやってりゃ覚えるよ。てことは国見も同じクラスだったか。まああいつは覚えてるか分かんないけど」
「俺だってクラスメイトくらい覚えてるよ」
「あ、起きてた」
「うるさくて寝れない」
金田一くんの言葉に不意に反応した国見くん。ばっと顔を向けると目を擦りつつ体を起こしていた。待って、もしかしてこの席、国見くんと金田一くんが話すとき間に挟まれちゃうのでは…!?…あれ、ていうか、今、国見くん、私のこと覚えてるって言った…?言ったよね…?
「名字、でしょ。中三どころか、多分中学全部同じクラスじゃない?…違う?」
「ち、ちがわない、です」
「…一応聞くけど、なんで俺には敬語?」
「う、これは、反射…的な?ちょっと、緊張が、ですね…」
「へぇ…。金田一には、敬語じゃないよね?」
「あ…」
「俺、別に普通だから、普通にしてよ。せっかく隣の席なんだし」
「お前無表情だから怖いんじゃね」
「いやでもそんな簡単に笑えねえし…」
「まあ国見がにこにこしてても怖いけど」
「だろ。だからこれで良いんだよ。あ、名字、名前」
「え!?」
「俺のこと、国見くん、じゃなくて、国見って呼べば?そっちの方が多分敬語使いづらいから良い」
「む、無理です!」
「俺の名前なんか呼びたくないと…」
「!?金田一くん、どうしよう!」
「ええ…ていうか俺もくんいらないから、呼び捨てで良いよ」
「そういう話じゃない!」
国見くんと金田一くんに「ほら、呼び捨てで」と言われて真っ赤になっているだろう頬を押さえて顔を下に向ける。なんなんだ、この状況。逃げ場がない。
「き、きんだ、いち、と、…くに、み…くん」
「おい」
「無理だよー!」
「ワンモアプリーズ」
「金田一くん…!」
「さっきみたいに"くん"はなしじゃないと何にも聞こえませーん」
「ず、ずるい!」
「名字、はい、どーぞ」
「…く、くにみ」
「うん、それでよろしく、ね?」
「はい…」
「俺は?」
「うう…、きんだいち…」
「おう、よろしくな、名字」
「よろしくお願いします…」
どんどん机に沈んで最終的に腕を枕に寝ているような格好になった私を見て、二人は笑い声をあげた。ああ、国見くんの、笑顔、見たい、けど今目を合わせたら死ぬ…。
いつの間にか席はほとんど埋まっていて、前の扉から入ってきた担任の先生が出席とるぞーと声をかけると教室は話し声がやんで静かになった。前に向き直った金田一くんの背中をじっと見て、隣に集中しそうになる意識を必死に逸らした。私授業ちゃんと受けられるのかな…。

- ナノ -