四天宝寺中に入学した時、学校では先生と呼ぶこと、と約束をした。しかし実際学校内でオサムくんはみんなにオサムちゃんって呼ばれていて、誰も先生なんて呼んでいなかった。だから私もいつも通りオサムくんでいいかなって思ったんだけど、みんなと同じ呼び方が嫌で、意地を張って先生って呼び続けていた。そのせいで私はオサムくんのこと嫌いな真面目な生徒ってどの先生にも思われていたみたい。

「やっぱりオサムくんって呼んだ方がいいのかな」
「ん?今さらどうしたん ちゅーか呼ぶとしてもオサムちゃんにしたってや この歳でオサムくんって恥ずいわ」
「それこそ今さらじゃん オサムちゃんもなかなか恥ずかしいと思うけど」
「うう、なまえちゃんが冷たい…」
「あ、ご飯炊けた」

ソファから立ち上がりピーと音のする炊飯器の蓋を開ける。ほかほかと美味しそうなご飯をかまして、味噌汁を温め直す。声をかければ机の上を片して箸やコップを用意してくれる。まだブツブツと文句を言っていたけれど「ご飯いらない?」と笑って聞けば静かになった。
私は、オサムくんと一緒に住んでいる。遠い遠い親戚で、お正月にしか会わないような関係だった。私の両親の離婚が決定してどちらが私を引き取るかで言い争い、まだ小学生だった私は自分で行きたいところを選ぶと独り立ちを望んだ。当たり前だが小学生が一人で暮らせるはずもなく、親戚中で私を引き取ってくれる人を探したらしい。両親はそんなに私のことが嫌いだったのかな、なんて今は思うけれどその時はとにかく両親の怒鳴り声が聞こえないところに行きたいということしか考えていなかった。

「なまえちゃん、ふりかけちょうだーい」
「自分で取ってよ」
「いじわるやなぁ…」

キッチンに入ってきたオサムくんは私の横を通る時ポンと頭を撫でて行った。そういえば小さい時から、オサムくんはよく私の頭を撫でていた。その大きな手に安心できるのは今も変わらないことだ。私を引き取ると名乗り出た時、オサムくんは親戚がたくさんいる前で私と同じ目線にしゃがんで「俺のとこ来るか?」と聞いてくれた。その時も頭に乗せられたオサムくんの手の重さがとても心地よかったな。

「オサムちゃんって呼ぶのは絶対嫌なの」
「え?…ああ、学校の話な なんで?みんなみたいに普通に呼べばいいやん」
「みんなみたいだから嫌なんだよ」

ご飯を咀嚼しながらムスっとした顔をすれば、オサムくんは私が言いたいことが分かったのか照れ臭そうに笑ってまた私の頭を撫でた。子供扱いされるのは構わない。実際まだまだ子供だ。高校生になったらきっともっと大人っぽくなって、オサムくんのことドキドキさせてやるんだから。

「んー、でもま、俺は先生って呼ばれるのも好きやで」
「そうなの?」
「そういうプレイみたいやん?」
「…黙ってよ変態」
「なまえちゃんにはまだ早かったなあ」
「歳の問題じゃないし、オサムくんが変態なのは間違いようのない事実だしっ!」
「うわ、堂々と変態って言いよった!オサムちゃん傷つくわぁ!」

シクシクと泣く真似をしているその口元は楽しそうに弧を描いている。冷めた目で見ればオサムくんは「なーんて」と言って再びご飯を食べ始めた。私は水を一口飲んで、ごちそうさまと言って立ち上がった。食器をシンクに置いて自分の部屋に一度戻る。パジャマと下着を持って部屋を出て脱衣所に放り投げた後、まだご飯を食べているオサムくんの背中をつついた。

「なまえちゃんご飯食べるの早いねん よく噛んで食べへんと大きくならんで」
「ちゃんと噛んでるよ オサムくんが遅いの」
「先お風呂入ってきいや 待っとるから」
「ほんま?っあ、えっと、本当?」
「…なまえちゃん最近大阪に染まってきたなあ」
「オサムくんのがうつっただけだもん!お風呂入ってきます!」
「しっかりあったまらんとあかんでー」
「わかってるー!」



お風呂から上がりリビングに行くと、オサムくんがソファに座りテレビを見ていた。隣に座ると「こっち」とオサムくんの足の間に座らされた。その手にはドライヤーが握られていて、スイッチを入れると私の髪を乾かし始めた。その間ずっと目をつむって温かい風と優しい手の気持ち良さを堪能していた。髪が乾いたのかドライヤーのスイッチを切ったオサムくんは、私の肩に顎をのせて頬をすり寄せてきた。今日は顧問をしている部活動もあったし疲れているのかもしれない。手を伸ばして頭を撫でればぎゅうっと抱きつかれた。

「…ゲームしないの?」
「すまん、ちょっとだけ充電させて」
「疲れてるでしょ、今日はもうお風呂入って寝ちゃいなよ」
「でもなまえちゃんとゲーム」
「明日でもいいから ね?」
「んー」

眠気からかいつもよりも隙だらけのオサムくんが可愛くて笑えば、抱きついている腕の力が強くなった。振り向いて私も抱きつく。オサムくんは顔を見られないように私の首元に埋めていた。

「絶対明日な、なまえ」
「ちゃんを忘れてるよオサムくん」
「今だけ」
「…どうぞお好きなように」
「ごめんな、ありがと、なまえ めっちゃ好きやで」
「私も大好きだよ」

首筋に触れた唇は火傷しそうなほど熱く感じた。

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